港区の坂 その5 最終回 西麻布、六本木-1
2020-5-12, 28, 31
機材はSony alpha7RIII + Zeiss Batis 40mm
又はZujifilm X-T3 + Zeiss touit 32mm
緊急事態宣言も解除されて、6月1日から自然教育園も開園になりました。<港区の坂>は今回で終了します。
何日もかけて散歩し、撮影した絵を出来るだけ盛り込んだドッキング版ですから、あちこち飛んで、分かりにくい事はなはだしい。これで終わりにしようと詰め込んだわけです。
今日は白金通りを出発して、西麻布、六本木の坂をあれこれ回って、帰りは白金高輪まで。
この回で<港区の坂>最終回です。ごちゃごちゃになっているこのあたりの坂をまとめてみます。四角で囲んだ坂は、標識があり当方自身が確認しています。破線で囲んだところは行ってみたのですが、標識が見つからなかった所です。
白金通りで見つけた古きアルファロメオらしき車。いいですね。
かなりすっとばして、前回のJINICHI NAKAHARA の<それいゆ>とカフェ ミケランジェロ 広尾がある南麻布の交差点から始めましょう。
JINICHI NAKAHARA の<それいゆ>
JINICHI NAKAHARA の<それいゆ>
外苑西通りに並行する裏道に入ります。
オーマン・スルタン国大使館
目立つ建物はブリジストングローバル研修センターというらしい。各階にそれぞれ緑の木々が配置されているとっても特徴的。
いつの間にか南麻布から西麻布へ入ります。港区にある”麻布”は現在、麻布台、麻布狸穴町、麻布永坂町、麻布十番、西麻布、東麻布、南麻布、元麻布の8つの町に分かれているらしい。
ネットをみていたら麻布のカースト制度というこんな図がでていました。 まあどうでもいいですが。今回色々歩いてみて、たしかに元麻布は出来上がったセレブ地域という気がします。面白い街という見方をすればこの図とは関係ないですし、元麻布以外は凸凹、ピンキリの住宅やお店が共存しています。
外苑西通りに並行する裏道は広尾ガーデンヒルズ億ション群から降りてくる坂道とぶつかります。
ブティックサロンココ:Boutique Salon Coco 創立者は平田暁夫(Akio HIRATA)
外苑西通りに並行する裏道にはクロスする坂道がいっぱいあります。このあたりは西麻布地区です。
坂上の一光景
こんな坂の一つに牛坂という坂の名前がついています。
この外苑西通りに並行する裏道には近くに駅も人の集まる大きなビルもないのに、なぜか料理屋や飲み屋が密集しています。昔は表通りにディスコがならぶ、一大歓楽地だったようです。現在はいわゆる業界の人の隠れ家的遊び場になっているのでしょう。今は自粛で苦しそう。
自粛解除を待ちきれずにいくつかの店が営業していました。
外苑西通りに並行する裏道が六本木通りに出る地点。
広い通り、六本木通りに出て右折。ここは笄坂という名がついています。
笄川といえば、広尾橋交差点の由来が笄川にかかる広尾橋でした。
笄坂は西麻布交差点で外苑西通りを越して、霞坂に名前を変えます。
どんどん六本木らしくなってきました。
その分、コロナが心配。なにしろこのあたりが東京でもっともコロナ人口が多い所ですから。
すれ違う人々も六本木の匂いが濃厚になり、マスクをしていても、正直早い所ここを逃げ出したいと思うのです。
六本木交差点に入りテレ朝通りに右折します。
少し進んで右に大横丁坂と思われる坂があるのですが。 ここには、大使館がゾロゾロあります。なぜかテレ朝通りにつながる坂名のついた坂にどれも標識がありません。テレ朝通りの出口くらいにある駐日本国中華人民共和国大使館付近に紺屋坂、中坂、内田坂などあるはずのですが、いずれも標識が見つからず。なにか大使館があると標識が引っこ抜かれるのか? テレ朝が悪いのか?
駐日本国中華人民共和国大使館
久しぶりにシトロエンC3に出会う。やぱり、ミニやテスラに比べるとシトロエンはぜんぜん少ないか。
以下、大横丁坂の大使館群
ラオス人民民主共和国大使館
ギリシャ大使館
ルーマニア大使館
この坂で振り返ると六本木ヒルズの森タワーがドーンと見えます。
テレ朝通りに戻ります。
続きはまた明日。 次回で<港区の坂>は本当に終了です。
2020-5-12, 28, 31
機材はSony alpha7RIII + Zeiss Batis 40mm
又はZujifilm X-T3 + Zeiss touit 32mm
緊急事態宣言も解除されて、6月1日から自然教育園も開園になりました。<港区の坂>は今回で終了します。
何日もかけて散歩し、撮影した絵を出来るだけ盛り込んだドッキング版ですから、あちこち飛んで、分かりにくい事はなはだしい。これで終わりにしようと詰め込んだわけです。
今日は白金通りを出発して、西麻布、六本木の坂をあれこれ回って、帰りは白金高輪まで。
この回で<港区の坂>最終回です。ごちゃごちゃになっているこのあたりの坂をまとめてみます。四角で囲んだ坂は、標識があり当方自身が確認しています。破線で囲んだところは行ってみたのですが、標識が見つからなかった所です。
白金通りで見つけた古きアルファロメオらしき車。いいですね。
かなりすっとばして、前回のJINICHI NAKAHARA の<それいゆ>とカフェ ミケランジェロ 広尾がある南麻布の交差点から始めましょう。
JINICHI NAKAHARA の<それいゆ>
JINICHI NAKAHARA の<それいゆ>
外苑西通りに並行する裏道に入ります。
オーマン・スルタン国大使館
目立つ建物はブリジストングローバル研修センターというらしい。各階にそれぞれ緑の木々が配置されているとっても特徴的。
いつの間にか南麻布から西麻布へ入ります。港区にある”麻布”は現在、麻布台、麻布狸穴町、麻布永坂町、麻布十番、西麻布、東麻布、南麻布、元麻布の8つの町に分かれているらしい。
ネットをみていたら麻布のカースト制度というこんな図がでていました。 まあどうでもいいですが。今回色々歩いてみて、たしかに元麻布は出来上がったセレブ地域という気がします。面白い街という見方をすればこの図とは関係ないですし、元麻布以外は凸凹、ピンキリの住宅やお店が共存しています。
外苑西通りに並行する裏道は広尾ガーデンヒルズ億ション群から降りてくる坂道とぶつかります。
ブティックサロンココ:Boutique Salon Coco 創立者は平田暁夫(Akio HIRATA)
外苑西通りに並行する裏道にはクロスする坂道がいっぱいあります。このあたりは西麻布地区です。
坂上の一光景
こんな坂の一つに牛坂という坂の名前がついています。
この外苑西通りに並行する裏道には近くに駅も人の集まる大きなビルもないのに、なぜか料理屋や飲み屋が密集しています。昔は表通りにディスコがならぶ、一大歓楽地だったようです。現在はいわゆる業界の人の隠れ家的遊び場になっているのでしょう。今は自粛で苦しそう。
自粛解除を待ちきれずにいくつかの店が営業していました。
外苑西通りに並行する裏道が六本木通りに出る地点。
広い通り、六本木通りに出て右折。ここは笄坂という名がついています。
笄川といえば、広尾橋交差点の由来が笄川にかかる広尾橋でした。
笄坂は西麻布交差点で外苑西通りを越して、霞坂に名前を変えます。
どんどん六本木らしくなってきました。
その分、コロナが心配。なにしろこのあたりが東京でもっともコロナ人口が多い所ですから。
すれ違う人々も六本木の匂いが濃厚になり、マスクをしていても、正直早い所ここを逃げ出したいと思うのです。
六本木交差点に入りテレ朝通りに右折します。
少し進んで右に大横丁坂と思われる坂があるのですが。 ここには、大使館がゾロゾロあります。なぜかテレ朝通りにつながる坂名のついた坂にどれも標識がありません。テレ朝通りの出口くらいにある駐日本国中華人民共和国大使館付近に紺屋坂、中坂、内田坂などあるはずのですが、いずれも標識が見つからず。なにか大使館があると標識が引っこ抜かれるのか? テレ朝が悪いのか?
駐日本国中華人民共和国大使館
久しぶりにシトロエンC3に出会う。やぱり、ミニやテスラに比べるとシトロエンはぜんぜん少ないか。
以下、大横丁坂の大使館群
ラオス人民民主共和国大使館
ギリシャ大使館
ルーマニア大使館
この坂で振り返ると六本木ヒルズの森タワーがドーンと見えます。
テレ朝通りに戻ります。
続きはまた明日。 次回で<港区の坂>は本当に終了です。