ベルリン・フリー旅行 その15 (最終回) 後記2
以下の問題はベルリンに行く飛行機の中から、そしてベルリンを旅しながら、考えざるを得なかったのです。こんなことブログに書くのはめったにないことで、恥ずかしいし、とってもいやのですが、これがベルリン旅行記の集大成なので、書かないとこれまた心残りになってしまう。
憲法9条改正/安全保障関連法案、集団的自衛権、日本の国防に関する、戦争に関するスタンスに転機が近付いています。
1、最近思うこと、<起承転結>ということばです。当方根っからの研究者ですから、<目的、方法、結果、考察>のレポートを書くことを40年以上やっているわけで、生き方の全てがこの<起承転結>で出来上がっています。一線から大幅に足を引き抜いたこと、年取ったこと、そして現代のSNS時代のことから、<起承転結>の生き方は捨てた方が生きやすいのでは、とまで追い詰められています。世界中を覆っているSNS、たとえばFace BookやTwitterはいってみれば、これまで主婦の間で交わされてきた井戸端会議が世界規模で行われている、<起承転結>の無い会話です。この<起承転結>の無い会話で日常が動いていると思えるのです。ずっと家で仕事をするようになると、家内との会話が増えます。<あなたはなんで、会話に起承転結を求めるのですか?私たちの会話には起承転結はないのです。 あってはいけないのです>というのです。
2、国会の与党さんと野党さんとのやりとりには<起承転結>がないのです。テレビのコメンテーターの発言も<起承転結>がないのです。ほっといたら、当方はこういうたぐいの番組は見ないのですが、なぜか家内はこの手の番組が好きで、<朝までテレビ>などという番組の大ファンです。この番組のコメンテーターも<起承転結>がありません。政治家はマジに<起承転結>をいったらまずいから言わないのだという考え方もあり、確かにそうでしょう。でも、どっかで誰かが真面目に<起承転結>を考えないといかんのです。それが何本かの路線(違う考え方)があって、それは違う、こちらの方が正しいとか真剣に論戦しないとこまるのです。一本の<起承転結>を誰かが作って、あとはうやむやに論戦とはいえない時間つぶしをしているようなのです。この誰かが作った一本の<起承転結>がちゃんとしているか? それすらちゃんとしているとは思えないのです。
3、
1)憲法はアメリカが作ったから気に入らない、改正しなければ日本がない
→ これは感情論で目的がない。井戸端会議のバカ議論だ。
2)現状では、アメリカを支援出来ない、これでは同盟国として申し訳ない。とにかく何とかアメリカさんが最低満足する線を決めて、体裁をつくろう。
→ これは、これまでの現場のフラストレーションを解消することが目的で、国家の目的とその解決手段というまじめな<起承転結>となっていないのだ。高次の目的が無いから、幾つかの建設的案が生まれない。現場フラストレーションを解消の話をああだこうだ聞いたって、国民が解るわけない。丁寧な説明とか、説明不足とか何度叫んだって、意味ない。
3)世界の戦争は抑止力によって抑えられている。これを高め、こぼれ出るテロを封じ込めれば世界は平和になる。
→ 世界平和を達成するということは、まっとうな目的である。その解決法が<抑止力>一本しか示されていないが、それでいいのか? 戦争はしたくないとか、戦争にまきこまえるから怖いというのは感情論で、それは井戸端会議の範疇だ。<抑止力>に具体的対案は無いのか? なければしょうがない。あとは実害をどれだけ抑制できるかという順番になる。
4)アメリカの作った世界平和戦略以外の対案を考えもせずに、一方で、アメリカの言いなりにはならないという<起承転結>がバラバラな方がいっぱいいらっしゃる。
→ アメリカさんのやり方だから否定する必要は無い。いいとことは取り入れて、しかしその上で、日本独自のやり方を作ってきたのが日本である。そこには必死に考えてきた人たちがいるのである。 考えなければならない。
エライ人は上から目線であることに、これが下から見ると滑稽であることに一向に気がつかない。さらに、上から目線の人は、もっと上に盲従する性癖があり、そのことに一向に気が付かない。 目線が上でも下でもいいから、結果的に上手くゆくように誘導できることと、上から目線であることを下から悟られないように出来るエライ人以外は必要ない。安倍内閣は<上から目線の権化の集団>にきまっているのだが、それを下から悟られないようにする努力が急速に減少している。しっかりしてくれ。それを悟られたら、政権は消滅するのだ。
5)自民党に対抗するに、共産党は与党が存在しないと生きて行けない(真っ向から反対しないと成立しない)党であるから、対立するようで結局、同じ船に乗っている。民主党は<起承転結>なし、井戸端会議の集団にすぎない。何でもいいから格差をなくして平等な世界を作りましょうという大義で<起承転結>をつけようとしたが、すでに失敗が明らかになったのである。あとは上げ足をとることにより、自民党に食べさせてもらっているに過ぎない。大阪都市構想は賛成反対が分かれたが、良し悪しは別として<起承転結>はあった。
6)世界平和への日本貢献がお金しかできなかった。これははずかしい。
→本当にそうだろうか? 積極的平和主義のやり方は安倍さんの言うやり方(実体はよく解らないが)しかないのか? これまでの日本の平和主義がいかんと世界中がいっているのだろうか(アメリカはいかんといっているにちがいないが)? 世界は<日本が唯一の世界の希望>と思っているのではないか? もし、世界中が日本の戦争しないことを非難しているなら、しょうがない、戦争するしかない。
アメリカに守ってもらうには、アメリカの言うことを聞くしかないというのは、なにか、悪がきボスににらまれるのが怖いから、川に飛び込ませて、仲間を殺してしまった悪がき集団のシタッパとどこが違うのか?
4、いろいろ文句をいったてまえ、当方の<起承転結>を述べなければなりません。当方はこういう分野には詳しくない、40年間研究生活をしてきた人間です。しかし、なんとか<起承転結>をやってみるしかない。
1)国防に関して、日本だけで日本を守るのは不可能であり、得ではない。日米同盟を中心に置いて、<抑止力>とやらを頼りに、そうならごたごた言わずに徹底してやりましょう。これで、人が死んだり、戦争に巻き込まれたりするかもしれないが、覚悟を決めましょう。 そうならないように最大限の努力をしましょう。
2)専守防衛に徹する。これを逸脱する可能性のあるグレーゾーンはカットである。それが<唯一の世界の希望である日本>の積極的平和主義である。よって憲法9条は変えない。文言や、整合性の不備を直すことは結構であるが。
せっかく人が作ってくれた理想の憲法をなぜ変えるのか。アメリカさんが文句をいっても、お前たちが作った憲法でしょうがと言っていられる間は、その言い訳を最大限に利用しましょう。かっこをつけないで、のらりくらりとやりすごしましょう。もう限界だ、どうしてもだめだというならしょうがない、憲法解釈の変更でやりすごしましょう。
3)世界平和の推進に対する貢献に関しては、アメリカ路線を唯一の方法と考えない。
といって国連や国際司法裁判所に頼ることは意味ないとは言わないが、結局<抑止力>の上に乗っている組織であるから、アメリカ路線と変わりない。
<人は戦争する>→<抑止力で抑える>→<大国が核兵器をもってバランスさせる>これが現在の現実路線であるが、考えてみればこの方向で<滅亡>以外の選択肢があるように思えない。その方向しかないなら<滅亡>もしょうがないと思っている。
<人は戦争しない>→<人の貧困と災害を解消するには>→<日本は何が出来るか>という議論が積極的平和主義のなかで全く伝わってこないということはおかしい。
百歩譲って、アメリカさんや世間がうるさいから、ぎりぎりのところで、戦争のお手伝いする態度を見せようというなら、しょうがない、やるしかない。でもこの逆向きの方向もちゃんとやっているし、もっと積極的にやるのだと言ってほしい。<人は戦争する>→<抑止力で抑える>→<大国が核兵器をもってバランスさせる>路線にしかないというのはどうしても嫌なのだ。意地でもそれ以外に選択肢はあるといいたいのだ。
当方のアイデアは
i) 国際災害救助隊を結成する。日本が音頭をとって、世界規模で作るか、日本独自で作って世界中に派遣する。これは以前にも提案した。おそらく後者から始める方が現実的である。日本では現在戦争で死ぬより災害で死ぬ人の方が圧倒的に多い。世界規模でも災害で死ぬ人は増え続けるであろう。現在の自衛隊や警察のバラバラ派遣ではなくて、現在の派遣人数の10倍以上の規模で、それ専門の国際災害救助隊を結成し、世界に派遣するのである。現在やっている国際災害救助活動は、世界に大きなインパクトを与えていないだ。やっている人は大変であるのだが、現実にはインパクトが足りないのだ。
以前書いたから(2014-9-06たまには違うことも書きましょう)話をすっ飛ばすが、公海の機雷排除は国際災害救助隊の活動範囲に入るのかという議論を展開したいのである。現在の自衛隊の世界規模での活動の容認を議論するより、もともと他国侵略はありえない、国際災害救助隊がどこまでリスクをおって活動できるかという議論の方がましと思うのである。国際災害救助隊のほうが自衛隊より隊員のリスクが少ないと言うことは無い。リスクをとらないで世界に貢献することは無理だ。しかし、そのリスクの意義が違う。
作家あがりの元政治家、今コメンテーターが同じことを言っていた。当方のあまり好みで無い人物であるのが残念であるが、同じ考えのヒトもいるのである。
ついでに、災害増加の一つの大きな原因である温暖化にも真面目に対応するべきだ。
ii) 核エネルギーの今より10~100倍安全な利用法の開発に資源投資する。現状では原発は無理だから、代替エネルギーへ転換する。しかし、核エネルギー技術開発はもっと積極的に行うべし。単に核エネルギーに反対しても上述の<逆向きの流れ>は起きない。ベネフィット/リスクを考えるなら、現状で原発は無理だ。一発の大地震で日本は壊滅してしまう。一発の大地震は近々起きるに違いないのだ。 しかし、ベネフィット/リスクこの比率を上げる努力をしないで核エネルギーを完全否定するのはバカである。核エネルギーでお湯沸かして、電気をつくる、核の捨て場のアイデアは無し、などという原始的技術は笑っちゃうよ。人間はそんなバカなわけはない。
力なくして、世界を救済できるわけはない。技術開発は力だ。テクノロジーの発展が人の生活を阻害するとしたら、それは使い方が間違っているからだ。
この2つは、世界貢献とともに、日本技術の発展と日本経済・貿易の発展、国際発言力の向上を伴うもとがとれる話なのだ。今日のニュースで、災害対応ロボット世界大会で、日本は韓国に惨敗したそうだ。日本はグローバル・ビジネスチャンスを真面目に考えていないのでは。
<起承転結>になっていますか?
目的を自国防衛と世界平和貢献の2つに分断するのです。両方をこちゃごちゃに混ぜない。
それぞれに対する手段を日米同盟と国際救助隊とするのです。双方相反しないのだから、実現可能です。
もう一ついいわすれました。
歴史認識、戦争責任の問題です。これはベルリン旅行で随分と勉強しました。
これはドイツに見ならうべきところがあります。
歴史を、事実を教育する。これが戦争責任として最もやるべきことです。当方は戦後すぐの人間で、戦争に関してもっとも知らされていない世代の人間です。当時、戦争を語ることはタブーだったのです。これはまったくいけません。ちゃんと教育して知らしめないと。いまの若い人はあまりに戦争歴史を知らな過ぎる、これは異常だ。
戦争の歴史だけではありません。古代日本と大陸の関係を、中国、韓国がいかに日本に影響を与えてきたかを、知りうる限りのことは知らしめなければならないし、さらに研究をすすめなければなりません。 日本は大陸からの影響を大きく受けながら、独自の、もしかするとそのルーツより優れた文化を作ったことを、当方は京都での生活からやっとその流れを知ったのです。大陸に対する敬意とそれに並んで日本文化と日本人の優秀性に自信を持つことが出来たのです。人生の終わりになってやっとです。今日は長くなりすぎたので、この京都での人生の転換点に関してはまた後で述べましょう。
歴史を知る。大陸に対する敬意を持つ。日本文化を知りそれに自信を持つ。この3つがないと、中国や韓国との関係はスムースに進まないでしょう。
以下の問題はベルリンに行く飛行機の中から、そしてベルリンを旅しながら、考えざるを得なかったのです。こんなことブログに書くのはめったにないことで、恥ずかしいし、とってもいやのですが、これがベルリン旅行記の集大成なので、書かないとこれまた心残りになってしまう。
憲法9条改正/安全保障関連法案、集団的自衛権、日本の国防に関する、戦争に関するスタンスに転機が近付いています。
1、最近思うこと、<起承転結>ということばです。当方根っからの研究者ですから、<目的、方法、結果、考察>のレポートを書くことを40年以上やっているわけで、生き方の全てがこの<起承転結>で出来上がっています。一線から大幅に足を引き抜いたこと、年取ったこと、そして現代のSNS時代のことから、<起承転結>の生き方は捨てた方が生きやすいのでは、とまで追い詰められています。世界中を覆っているSNS、たとえばFace BookやTwitterはいってみれば、これまで主婦の間で交わされてきた井戸端会議が世界規模で行われている、<起承転結>の無い会話です。この<起承転結>の無い会話で日常が動いていると思えるのです。ずっと家で仕事をするようになると、家内との会話が増えます。<あなたはなんで、会話に起承転結を求めるのですか?私たちの会話には起承転結はないのです。 あってはいけないのです>というのです。
2、国会の与党さんと野党さんとのやりとりには<起承転結>がないのです。テレビのコメンテーターの発言も<起承転結>がないのです。ほっといたら、当方はこういうたぐいの番組は見ないのですが、なぜか家内はこの手の番組が好きで、<朝までテレビ>などという番組の大ファンです。この番組のコメンテーターも<起承転結>がありません。政治家はマジに<起承転結>をいったらまずいから言わないのだという考え方もあり、確かにそうでしょう。でも、どっかで誰かが真面目に<起承転結>を考えないといかんのです。それが何本かの路線(違う考え方)があって、それは違う、こちらの方が正しいとか真剣に論戦しないとこまるのです。一本の<起承転結>を誰かが作って、あとはうやむやに論戦とはいえない時間つぶしをしているようなのです。この誰かが作った一本の<起承転結>がちゃんとしているか? それすらちゃんとしているとは思えないのです。
3、
1)憲法はアメリカが作ったから気に入らない、改正しなければ日本がない
→ これは感情論で目的がない。井戸端会議のバカ議論だ。
2)現状では、アメリカを支援出来ない、これでは同盟国として申し訳ない。とにかく何とかアメリカさんが最低満足する線を決めて、体裁をつくろう。
→ これは、これまでの現場のフラストレーションを解消することが目的で、国家の目的とその解決手段というまじめな<起承転結>となっていないのだ。高次の目的が無いから、幾つかの建設的案が生まれない。現場フラストレーションを解消の話をああだこうだ聞いたって、国民が解るわけない。丁寧な説明とか、説明不足とか何度叫んだって、意味ない。
3)世界の戦争は抑止力によって抑えられている。これを高め、こぼれ出るテロを封じ込めれば世界は平和になる。
→ 世界平和を達成するということは、まっとうな目的である。その解決法が<抑止力>一本しか示されていないが、それでいいのか? 戦争はしたくないとか、戦争にまきこまえるから怖いというのは感情論で、それは井戸端会議の範疇だ。<抑止力>に具体的対案は無いのか? なければしょうがない。あとは実害をどれだけ抑制できるかという順番になる。
4)アメリカの作った世界平和戦略以外の対案を考えもせずに、一方で、アメリカの言いなりにはならないという<起承転結>がバラバラな方がいっぱいいらっしゃる。
→ アメリカさんのやり方だから否定する必要は無い。いいとことは取り入れて、しかしその上で、日本独自のやり方を作ってきたのが日本である。そこには必死に考えてきた人たちがいるのである。 考えなければならない。
エライ人は上から目線であることに、これが下から見ると滑稽であることに一向に気がつかない。さらに、上から目線の人は、もっと上に盲従する性癖があり、そのことに一向に気が付かない。 目線が上でも下でもいいから、結果的に上手くゆくように誘導できることと、上から目線であることを下から悟られないように出来るエライ人以外は必要ない。安倍内閣は<上から目線の権化の集団>にきまっているのだが、それを下から悟られないようにする努力が急速に減少している。しっかりしてくれ。それを悟られたら、政権は消滅するのだ。
5)自民党に対抗するに、共産党は与党が存在しないと生きて行けない(真っ向から反対しないと成立しない)党であるから、対立するようで結局、同じ船に乗っている。民主党は<起承転結>なし、井戸端会議の集団にすぎない。何でもいいから格差をなくして平等な世界を作りましょうという大義で<起承転結>をつけようとしたが、すでに失敗が明らかになったのである。あとは上げ足をとることにより、自民党に食べさせてもらっているに過ぎない。大阪都市構想は賛成反対が分かれたが、良し悪しは別として<起承転結>はあった。
6)世界平和への日本貢献がお金しかできなかった。これははずかしい。
→本当にそうだろうか? 積極的平和主義のやり方は安倍さんの言うやり方(実体はよく解らないが)しかないのか? これまでの日本の平和主義がいかんと世界中がいっているのだろうか(アメリカはいかんといっているにちがいないが)? 世界は<日本が唯一の世界の希望>と思っているのではないか? もし、世界中が日本の戦争しないことを非難しているなら、しょうがない、戦争するしかない。
アメリカに守ってもらうには、アメリカの言うことを聞くしかないというのは、なにか、悪がきボスににらまれるのが怖いから、川に飛び込ませて、仲間を殺してしまった悪がき集団のシタッパとどこが違うのか?
4、いろいろ文句をいったてまえ、当方の<起承転結>を述べなければなりません。当方はこういう分野には詳しくない、40年間研究生活をしてきた人間です。しかし、なんとか<起承転結>をやってみるしかない。
1)国防に関して、日本だけで日本を守るのは不可能であり、得ではない。日米同盟を中心に置いて、<抑止力>とやらを頼りに、そうならごたごた言わずに徹底してやりましょう。これで、人が死んだり、戦争に巻き込まれたりするかもしれないが、覚悟を決めましょう。 そうならないように最大限の努力をしましょう。
2)専守防衛に徹する。これを逸脱する可能性のあるグレーゾーンはカットである。それが<唯一の世界の希望である日本>の積極的平和主義である。よって憲法9条は変えない。文言や、整合性の不備を直すことは結構であるが。
せっかく人が作ってくれた理想の憲法をなぜ変えるのか。アメリカさんが文句をいっても、お前たちが作った憲法でしょうがと言っていられる間は、その言い訳を最大限に利用しましょう。かっこをつけないで、のらりくらりとやりすごしましょう。もう限界だ、どうしてもだめだというならしょうがない、憲法解釈の変更でやりすごしましょう。
3)世界平和の推進に対する貢献に関しては、アメリカ路線を唯一の方法と考えない。
といって国連や国際司法裁判所に頼ることは意味ないとは言わないが、結局<抑止力>の上に乗っている組織であるから、アメリカ路線と変わりない。
<人は戦争する>→<抑止力で抑える>→<大国が核兵器をもってバランスさせる>これが現在の現実路線であるが、考えてみればこの方向で<滅亡>以外の選択肢があるように思えない。その方向しかないなら<滅亡>もしょうがないと思っている。
<人は戦争しない>→<人の貧困と災害を解消するには>→<日本は何が出来るか>という議論が積極的平和主義のなかで全く伝わってこないということはおかしい。
百歩譲って、アメリカさんや世間がうるさいから、ぎりぎりのところで、戦争のお手伝いする態度を見せようというなら、しょうがない、やるしかない。でもこの逆向きの方向もちゃんとやっているし、もっと積極的にやるのだと言ってほしい。<人は戦争する>→<抑止力で抑える>→<大国が核兵器をもってバランスさせる>路線にしかないというのはどうしても嫌なのだ。意地でもそれ以外に選択肢はあるといいたいのだ。
当方のアイデアは
i) 国際災害救助隊を結成する。日本が音頭をとって、世界規模で作るか、日本独自で作って世界中に派遣する。これは以前にも提案した。おそらく後者から始める方が現実的である。日本では現在戦争で死ぬより災害で死ぬ人の方が圧倒的に多い。世界規模でも災害で死ぬ人は増え続けるであろう。現在の自衛隊や警察のバラバラ派遣ではなくて、現在の派遣人数の10倍以上の規模で、それ専門の国際災害救助隊を結成し、世界に派遣するのである。現在やっている国際災害救助活動は、世界に大きなインパクトを与えていないだ。やっている人は大変であるのだが、現実にはインパクトが足りないのだ。
以前書いたから(2014-9-06たまには違うことも書きましょう)話をすっ飛ばすが、公海の機雷排除は国際災害救助隊の活動範囲に入るのかという議論を展開したいのである。現在の自衛隊の世界規模での活動の容認を議論するより、もともと他国侵略はありえない、国際災害救助隊がどこまでリスクをおって活動できるかという議論の方がましと思うのである。国際災害救助隊のほうが自衛隊より隊員のリスクが少ないと言うことは無い。リスクをとらないで世界に貢献することは無理だ。しかし、そのリスクの意義が違う。
作家あがりの元政治家、今コメンテーターが同じことを言っていた。当方のあまり好みで無い人物であるのが残念であるが、同じ考えのヒトもいるのである。
ついでに、災害増加の一つの大きな原因である温暖化にも真面目に対応するべきだ。
ii) 核エネルギーの今より10~100倍安全な利用法の開発に資源投資する。現状では原発は無理だから、代替エネルギーへ転換する。しかし、核エネルギー技術開発はもっと積極的に行うべし。単に核エネルギーに反対しても上述の<逆向きの流れ>は起きない。ベネフィット/リスクを考えるなら、現状で原発は無理だ。一発の大地震で日本は壊滅してしまう。一発の大地震は近々起きるに違いないのだ。 しかし、ベネフィット/リスクこの比率を上げる努力をしないで核エネルギーを完全否定するのはバカである。核エネルギーでお湯沸かして、電気をつくる、核の捨て場のアイデアは無し、などという原始的技術は笑っちゃうよ。人間はそんなバカなわけはない。
力なくして、世界を救済できるわけはない。技術開発は力だ。テクノロジーの発展が人の生活を阻害するとしたら、それは使い方が間違っているからだ。
この2つは、世界貢献とともに、日本技術の発展と日本経済・貿易の発展、国際発言力の向上を伴うもとがとれる話なのだ。今日のニュースで、災害対応ロボット世界大会で、日本は韓国に惨敗したそうだ。日本はグローバル・ビジネスチャンスを真面目に考えていないのでは。
<起承転結>になっていますか?
目的を自国防衛と世界平和貢献の2つに分断するのです。両方をこちゃごちゃに混ぜない。
それぞれに対する手段を日米同盟と国際救助隊とするのです。双方相反しないのだから、実現可能です。
もう一ついいわすれました。
歴史認識、戦争責任の問題です。これはベルリン旅行で随分と勉強しました。
これはドイツに見ならうべきところがあります。
歴史を、事実を教育する。これが戦争責任として最もやるべきことです。当方は戦後すぐの人間で、戦争に関してもっとも知らされていない世代の人間です。当時、戦争を語ることはタブーだったのです。これはまったくいけません。ちゃんと教育して知らしめないと。いまの若い人はあまりに戦争歴史を知らな過ぎる、これは異常だ。
戦争の歴史だけではありません。古代日本と大陸の関係を、中国、韓国がいかに日本に影響を与えてきたかを、知りうる限りのことは知らしめなければならないし、さらに研究をすすめなければなりません。 日本は大陸からの影響を大きく受けながら、独自の、もしかするとそのルーツより優れた文化を作ったことを、当方は京都での生活からやっとその流れを知ったのです。大陸に対する敬意とそれに並んで日本文化と日本人の優秀性に自信を持つことが出来たのです。人生の終わりになってやっとです。今日は長くなりすぎたので、この京都での人生の転換点に関してはまた後で述べましょう。
歴史を知る。大陸に対する敬意を持つ。日本文化を知りそれに自信を持つ。この3つがないと、中国や韓国との関係はスムースに進まないでしょう。
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