南イタリア物語ー27
南イタリア物語 後記その1
南イタリア物語は首の腫瘤ではじまって、首の腫瘤の手術で終わりとなった物語でした。手術の後、正月のテレビでやたらイタリア旅行記のような番組がありました。2011年はイタリア統一150周年なので、イタリアの番組が多かったのでしょう。イタリア観光地の人気投票みたいな番組もありました。当然のようにベネチアが第一位で、私がいった南イタリアの観光地もいっぱい出てきました。なんてまあイタリアは魅力的観光地がいっぱいあるのでしょうか。今回の旅行で、イタリアが好きでたまらないというおじさんがいました。独学でイタリア語を勉強して、ツアーグループの人気者となっていました。もうイタリアがすきでたまらないというその方の気持ちがわかるような気がしてきました。これらの番組から、いくつかのことを教えられました。もっとも印象的だったのは、シシリー島シラクーサの人が、イタリアに統合されたことを単純に喜んでいないと言っていたことです。それぞれの都市が独立都市国家だったわけで、それぞれの文化をもっていて、それを誇りとしているのです。これでシシリー島と本土に橋がなかなかかからないわけがわかったようなきがします。けっして本土と完全に統合されることを望んでいないのです。イタリアでは都市が国家であった。ベニス、ジェノバ、アマルフィ、ピサ、フレンツェというよう交易独立都市国家として独立した長い歴史を持っているという意味が、日本ではまったく理解していなかったことに気付いたのです。ですから観光としては魅力的な所が数多く存在していることになるわけです。
第二に、交易で栄えたわけですから、多様な人種、多様な宗教、多様な文化を受け入れ、それが融合してゆく風土であったということです。そこが、文化的面白さと、寛容な楽天的気質として、とても親しみやすい所以なのです。だから惚れてしまう人がいっぱいいるのでしょう。
第三に、古代ギリシャ、ローマの文化を基盤として、脈々とその伝統のうえに新しい文化を積み重ねている、その連続性です。むろんいろいろな抗争があって、異文化の人に支配されたりしてはいますが、日本からみれば、とっても連続性の上に現在があると思えるのです。崖の上や山の上に家をたてたり、街をつくったりするのはギリシャ時代からの伝統なわけです。第一、都市国家というのがギリシャ時代から連続しているわけだ。このイタリアの文化にくらべると、日本の文化はとてもかなわないとおもえるのですが、そう簡単に負けみとめるわけにはいきません。日本だってすばらしいはずです。なぜ負けた気分になるのでしょうか。金のかかり方が違うという点もありますが、一番の原因は、イタリアがギリシャ時代からの連続性の上にあるのに、日本が不連続だからでしょう。見た目はたんなる山道の熊野古道を平安時代の衣装をきて 歩くシーンがでてきました。その組み合わせによって、景色は一変して、すばらしい日本があらわれるのです。そうです、日本は西洋文明をとりいれて、日本文明を破壊してしまったので、歴史の連続性が分断されてしまっているのです。いくら京都がひとりで頑張っても、西洋文明に寸断されていては、イタリアにかなわない。イタリアだってイスラム文化がはいりこんでいるではないかというかんがえもあるけれと、かれらはそれをルネッサンスとして連続性の中に取り込んでしまっているのです。日本も頑張って、日本文化の連続性を取り戻さなければ。すくなくとも自分で日本文化を破壊するようなまねは絶対にいかん。日本文化の連続性をどうやってとりもどすか、それをどうやって拡大するか。
そうそう、シシリー島の小さな田舎町の映画館をテーマにした有名な映画、ニューシネマパラダイスをDVDを借りてみました。貧しいシシリー島の村で映画撮影をしていた少年がローマにいって映画監督として一旗揚げる話ですが、廃墟のあふれるシシリー島と栄華をほこる本土との対比はこの映画の中にも表れます。いっぽうではイタリア統一、いっぽうでは都市国家を基盤としたそれぞれの街の個性が、なんだかよくわかったきがしました。
さて、次はどこに行こうかな。あくまでノルマンを追いかけて、北欧にいこうか、それともイスラムを追いかけて、モロッコに行こうか。マチスが色に開眼したのはモロッコだという話をきいて、今はがぜんモロッコに行きたくなっています。マチスのブルーヌードのブルーはモロッコのブルーなのです。
さあ、今回の戦利品です。
カプリ島で、はいった陶器のお店では、自分で作っているオジサンが、自分で店で売っていました。何となく気に入っていっぱいかいました。その一つの魚の絵の陶板を陶芸教室の先生にみせたら、お宅の陶板と同じ模様ではないかといいます。なるほど、いわれてみると、バックの模様もそっくり。この模様は仏像の光背からとったパターンです。
右が、私が陶芸教室で最初につくったタイルです。左がカプリ島のおじさんの作。5000円もしたのですよ。
これはみな同じおじさんの作です。
カプリ島のお土産屋さんで買ったレモンチェロとセットのぐい飲みおよびディスカウント陶器
ポンペイの近くのカメオ屋さんで買った陶器、家内はカメオを買いました。
カルタジローネで買った、伝統パターンの陶器とスープ皿用にかったボール。
アルベロベッロで買った、トウルリの模型(右)、左はどこかで買ったトリナクリナ。
なかなかしっかり出来ています。
南イタリア物語 後記その1
南イタリア物語は首の腫瘤ではじまって、首の腫瘤の手術で終わりとなった物語でした。手術の後、正月のテレビでやたらイタリア旅行記のような番組がありました。2011年はイタリア統一150周年なので、イタリアの番組が多かったのでしょう。イタリア観光地の人気投票みたいな番組もありました。当然のようにベネチアが第一位で、私がいった南イタリアの観光地もいっぱい出てきました。なんてまあイタリアは魅力的観光地がいっぱいあるのでしょうか。今回の旅行で、イタリアが好きでたまらないというおじさんがいました。独学でイタリア語を勉強して、ツアーグループの人気者となっていました。もうイタリアがすきでたまらないというその方の気持ちがわかるような気がしてきました。これらの番組から、いくつかのことを教えられました。もっとも印象的だったのは、シシリー島シラクーサの人が、イタリアに統合されたことを単純に喜んでいないと言っていたことです。それぞれの都市が独立都市国家だったわけで、それぞれの文化をもっていて、それを誇りとしているのです。これでシシリー島と本土に橋がなかなかかからないわけがわかったようなきがします。けっして本土と完全に統合されることを望んでいないのです。イタリアでは都市が国家であった。ベニス、ジェノバ、アマルフィ、ピサ、フレンツェというよう交易独立都市国家として独立した長い歴史を持っているという意味が、日本ではまったく理解していなかったことに気付いたのです。ですから観光としては魅力的な所が数多く存在していることになるわけです。
第二に、交易で栄えたわけですから、多様な人種、多様な宗教、多様な文化を受け入れ、それが融合してゆく風土であったということです。そこが、文化的面白さと、寛容な楽天的気質として、とても親しみやすい所以なのです。だから惚れてしまう人がいっぱいいるのでしょう。
第三に、古代ギリシャ、ローマの文化を基盤として、脈々とその伝統のうえに新しい文化を積み重ねている、その連続性です。むろんいろいろな抗争があって、異文化の人に支配されたりしてはいますが、日本からみれば、とっても連続性の上に現在があると思えるのです。崖の上や山の上に家をたてたり、街をつくったりするのはギリシャ時代からの伝統なわけです。第一、都市国家というのがギリシャ時代から連続しているわけだ。このイタリアの文化にくらべると、日本の文化はとてもかなわないとおもえるのですが、そう簡単に負けみとめるわけにはいきません。日本だってすばらしいはずです。なぜ負けた気分になるのでしょうか。金のかかり方が違うという点もありますが、一番の原因は、イタリアがギリシャ時代からの連続性の上にあるのに、日本が不連続だからでしょう。見た目はたんなる山道の熊野古道を平安時代の衣装をきて 歩くシーンがでてきました。その組み合わせによって、景色は一変して、すばらしい日本があらわれるのです。そうです、日本は西洋文明をとりいれて、日本文明を破壊してしまったので、歴史の連続性が分断されてしまっているのです。いくら京都がひとりで頑張っても、西洋文明に寸断されていては、イタリアにかなわない。イタリアだってイスラム文化がはいりこんでいるではないかというかんがえもあるけれと、かれらはそれをルネッサンスとして連続性の中に取り込んでしまっているのです。日本も頑張って、日本文化の連続性を取り戻さなければ。すくなくとも自分で日本文化を破壊するようなまねは絶対にいかん。日本文化の連続性をどうやってとりもどすか、それをどうやって拡大するか。
そうそう、シシリー島の小さな田舎町の映画館をテーマにした有名な映画、ニューシネマパラダイスをDVDを借りてみました。貧しいシシリー島の村で映画撮影をしていた少年がローマにいって映画監督として一旗揚げる話ですが、廃墟のあふれるシシリー島と栄華をほこる本土との対比はこの映画の中にも表れます。いっぽうではイタリア統一、いっぽうでは都市国家を基盤としたそれぞれの街の個性が、なんだかよくわかったきがしました。
さて、次はどこに行こうかな。あくまでノルマンを追いかけて、北欧にいこうか、それともイスラムを追いかけて、モロッコに行こうか。マチスが色に開眼したのはモロッコだという話をきいて、今はがぜんモロッコに行きたくなっています。マチスのブルーヌードのブルーはモロッコのブルーなのです。
さあ、今回の戦利品です。
カプリ島で、はいった陶器のお店では、自分で作っているオジサンが、自分で店で売っていました。何となく気に入っていっぱいかいました。その一つの魚の絵の陶板を陶芸教室の先生にみせたら、お宅の陶板と同じ模様ではないかといいます。なるほど、いわれてみると、バックの模様もそっくり。この模様は仏像の光背からとったパターンです。
右が、私が陶芸教室で最初につくったタイルです。左がカプリ島のおじさんの作。5000円もしたのですよ。
これはみな同じおじさんの作です。
カプリ島のお土産屋さんで買ったレモンチェロとセットのぐい飲みおよびディスカウント陶器
ポンペイの近くのカメオ屋さんで買った陶器、家内はカメオを買いました。
カルタジローネで買った、伝統パターンの陶器とスープ皿用にかったボール。
アルベロベッロで買った、トウルリの模型(右)、左はどこかで買ったトリナクリナ。
なかなかしっかり出来ています。