毎日がちょっとぼうけん

日本に戻り、晴耕雨読の日々を綴ります

「周作人の見た日本」 2013年3月24日(日)No.601

2013-03-24 19:35:46 | 
周作人は、日本人の誰もが知っている魯迅(周樹人)の弟である。
1885年清朝期の中国浙江省紹興出身で、日本に留学し24歳の時日本女性と結婚した。
中日戦争が終わった1945年末、国民党政府に「対日協力者」として逮捕されたが、
1949年、中国共産党により解放出獄し、
1967年文革初期、故魯迅夫人の攻撃の中で亡くなった。
大変な一生だった。

昨日の写真の博堅先生もそのひとりだが、
中国と日本の架け橋的存在の中国人で、20世紀を生きた人は、
何度も地獄をかいくぐった。
周作人が、人生で一番のんびり楽しかったのはいつなのだろう。
案外、留学生活を送った東京時代かも知れない。

ところで、
今でも中国人の中には日本文化を中国文化の亜流と見ている人が少なくない。
日本語学科の学生でもそう信じている子が確かにいた。
しかし、明治末期の五年間、東京で留学生活を過ごした周作人の目に映ったのは、
中国の影響からとっくに抜け出し、独自の文化を満喫している日本庶民の姿だった。

『日本に固有の文明があるといっても何ら差し支えなく、
それは芸術と生活の面において特に顕著である。』
『日本を見届けたければ(中略)・・・、
茶を飲んだり草花をいじったりしているところをみるに限る。
・・・日本の国民性の長所は私見によれば・・・人情細やかなところにあるのだ・・・
このような心情が日本の最大の長所であって、私どもにその文化を親しみ深く
感じさせるところのものだ』
『習俗も・・・好きだ・・・、清潔なこと、礼儀正しいこと、洒脱なこと』
(周作人「日本談義」平凡社東洋文庫)


とまあ、ずいぶん褒めていただいて恐縮ですけど(*´∀`*)
1900年代初頭、周作人が見た東京庶民の姿は、
21世紀の今もほぼ変わっていないのではないか。
そうであってほしいと祈る。
コメント (1)
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