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ア、秋




昼間、ものすごく大きなオニヤンマが家の中に入って来て、どうにもこうにも外に出られなくなっていた。


天窓と折り込み天井のすきまを飛び回り、時々、力を振り絞るようにして天窓のガラスに体当たりするが、それで外へ出られるはずもなく、天窓を開け閉めする長い棒を使ってわたしが外へ誘導しようとするのも虚しく、とうとう力つきたのかサナギのように一番高いところからぶらさがって動かなくなった。

盲滅法一番強い光に向かい、一所懸命外に出ようとしている虫のなんと哀れで愚かでいじらしいことか。
人間に似ていないか。



太宰治の「ア、秋」の最初の方に出て来る
「秋になると、とんぼも、ひ弱く、肉体は死んで、精神だけがふらふら飛んでいる様子」
というのを思い出した。
(「ア、秋」はちくま文庫に入っていますが、青空文庫でも全文が読める短編なので検索してみて下さい)



夕方、外出から戻って来た時もサナギのように同じ場所でぶらぶらぶら下がっていた。
どうしても外に出してやりたくて、また棒でやさしくつついたらじじっと羽音をたてながら落ちて来た。

ティッシュで素早くつかんだ時のその身体のリアルさにぞっとした。
毎日入って来るニュースで見るだけの「死体」にふれたようだった。

庭のテーブルの上にそっと置き、しばらくしたらオニヤンマはいなくなった。


それで夏が完全に飛んで行ったような気がした。


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