THE SAPPORO TRANSIT AUTHORITY (S.T.A)

札幌で活動しているブラスロックバンド、STA(The Sapporo Transit Authority)です。

starfish( EXchicago)

2019-06-09 19:57:08 | CHICAGO

 

ヒトデは、棘皮動物門ヒトデ綱に所属する動物の総称。 星型をした生物で、現在人間が用いている星型や星マークの元となった。 ウィキペディア

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paul mccartney's (give my regards to broad street)

2019-06-09 19:53:33 | free form space

ポール・マッカートニーが、あの忌まわしき大事件で日本の留置場にいる時、考えついたというストーリーをもとに製作された映画「ヤア!ブロード・ストリート」。

内容はしごく単純なのですが、とにかく出演者&プレイヤーが物凄い。

ジョージ・マーティンを筆頭にディブ・エドモンズ、クリス・スペディング、ジョン・ポール・ジョーンズ、エリック・スチュアート、デヴイッド・ギルモア、トレイシー・ウルマンetc・・・・・。

ストーリーがわかりやすい分、その超豪華な顔ぶれを思い切り注視して楽しめますよ。

もちろん主人公ポールの演技やビートルズ、ウィングス、ソロなどの曲もニューアレンジで堪能できるし、新曲も素晴らしい。

天才ベーシスト ルイス・ジョンソンの貴重なシーンですが、幻想的なセットにたたずむバンドメンバー達の一員としての出演。ここでの面子がまた貴重ですよ。ポールと愛妻リンダ、TOTOからはルカサーとジェフ・ポーカル、4人のブラスセクション、右後方にルイス・ジョンソンの総勢9人。さらにダンサーが1人。

彼らは全員が衣装はもとよりメイクも白塗りで全身真っ白。このような特殊メイクを施したのは皆初めてだったそうで、TOTOもルイスも仲間が見てもわからないほどだったとか。
演奏曲はウィングスのヒット曲「心のラブソング(アルバム スピード・オブ・サウンド)」

ルイスの教則ビデオ2で本人がこの曲についてのエピソードを語っています。

「スタジオでTOTOのメンバーとプレイしているとポールが入ってきたんだ。僕は何もいわずにニヤニヤしながらベースであのリフを弾いたんだよ(と、ここでシリー・ラブ・ソングの有名なイントロをファンク調にプレイ)。するとポールが、おいおい、ちょっと待ってよ。それは僕の曲だ!いいねえ、それでいこうよ!!と言ってくれてレコーディングしたんだよ。」なんとも微笑ましいことですね。

この曲は当時、ポールの多くの曲が一部のマスコミ連中に安っぽいラブ・ポップロック・サウンドと揶揄されていたことに対するアンサーソング。

映画では一流ミュージシャン達によって、更なる高度な息吹が注入されて蘇りました。なんといっても肝はポールならではのキャッチーでのりの良いベースライン。それをルイスは独自の解釈でプレイ。後半では不敵な余裕の笑みを浮かべつつもサンダー・サム炸裂のソロも披露(使用ベースはYAMAHA)。

ルカサー、ポーカロも主張していて負けてはいませんが、ここでの軍配は断然ルイスに上がるでしょうね。

映画は109分。

ポールは、この頃、パンクロックの元祖「セックス・ピストルズ」の録音テープが盗難にあったというニュースをヒントに物語を構成。制作から原作にまで手掛けています。

私は1984年ロードショー公開時に新宿の映画館で拝見しました(チケット半券も写真に写っています)

パンフレット、フォトブック、レーザーディスク、LP、CD、EP、12インチも購入しちゃいました。

贅沢なPVロック・ムービーとして屁理屈抜きにリラックスしながら観ちゃってくださいな。しかしリンゴは愛妻でもあるボンドガール、バーバラ・バックとまた共演しながらも風格溢れる名演奏&演技はさすがです。
ただビートルズの曲をスタジオ演奏するシーンではリンゴなりのこだわりで、ドラムセット横にてスティックをバタバタ探していて最終的に見つけるも間に合わず結局は参加できないというオチがついてます。

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chicago LIVE'74 king biscuit flower hour.louisville.KYbroadcast june12

2019-06-09 16:51:11 | CHICAGO

オフィシャルではないけど、クオリティー高いシカゴのライブ音源だから、こそっと紹介しますね(^ ^)。
これは人気があるから数種類出ています。まあ、デビュー直後のトロントライブの比ではありませんが…。
1974、6.12。ケンタッキー ルイスビル コンベンションセンターが会場。
ニューヨークの人気FM放送キング ビスケット フラワーアワー用だから演奏、録音共に素晴らしい。
シカゴⅦ発表後のツアーだから、あのアルバムからも盛り沢山。
直後に正式メンバーとなる元セルジオメンデスのパーカッションプレイヤー、ラウジールディオリベーラも参加。
シカゴ初期のメッセージ色濃厚なるハードなブラスロックから、よりポップ化路線過渡期の頃なのでひじょうに興味深い内容。
シカゴⅥからロバートラムが積極的に導入を図ったシンセサイザー群が随所にフューチャーされています。
オープニングを飾るイントロダクションでは大胆にクラビネットが主張しているし、まさかまさかのプログレ?とファン達が色めき立ったニューヨークのイタリア人ではピコピコキューン、グニグニウィーン!とアバンギャルドな実験を試みてもいます。
まさにシカゴ黄金期、出すアルバムは当たり前のように一位を連続。シングルはヒット連発と脂の乗り切った時期であります。
しかしテリーキャスのギター、ボーカルは別格。まさかこの4年後にあの忌まわしき事件が起こるなんて…。
何度聞いても鳥肌立っちゃうくらいに存在感が半端ではないですね〜。
なんと今年の3月にオリジナル音源にリマスターが施されて、非常に興味深い解説とピクチャーレーベルにてCD発売されました。
ただ、悔やまれるのは、ジャジーで渋いインスト「エアー」と、シカゴブラスロック原点ともいえるビートルズ「ゴットトウゲットユーイントウマイライフ」がカットされていること。
是非ともコンプリート盤リリースをよろしくねー^_^!

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liquid drip( chicago)

2019-06-09 01:07:27 | CHICAGO
  1.  液体を注いだあとに、余分な液体が容器のふちについてたれること。

  1.  塗装の際、多すぎた塗料が塗装面にしずく形にたれること

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LIGHTHOUSE(LP'S)

2019-06-09 01:04:39 | CHICAGO

灯台を意味するLIGHTHOUSE
1968年凍てた土と乾いた草の国、カナダ・オンタリオ州トロントにて結成。
1969年デビューの大型シンフォニック・ブラスロックグループ
シングル「ある晴れた朝(one fine morning)」は4枚目同名アルバム「one fine morning」(1971、80位)からのシングルヒットでもあり彼等の代表曲(1971、24位)。
アルバムリリース時、アメリカでは100位と200位の間を低迷、ところがこのシングルがリリースされるや否やアルバム&シングル共にチャートを急上昇。
ドラム&ベースによりはじまるこの曲、覚えやすいメロディとわかりやすい歌詞、そしてポール・ホッファートの素晴らしいアレンジが見事にマッチしたクールなサウンドを聞く事ができます。
ただし、シングルはイントロ、ソロ、歌、エンディングとかなりをエディットしています。
この曲は、はっきりいってよほどのロック通くらいしか知らないはず。
でも誰もがはじめて聞いた途端に、ぶっ飛ぶ事まちがい無し。
私のお気に入りでもあります。
隠れたブラスロックの至宝。
日本のロックバンド「THEATRE BROOK」もアルバム「TALISMAN」で「one fine morning」をカヴァーしている。

フィルモアにおけるスーパーセッションのドラマーとして一躍名を轟かせたスキップ・プロコップが率いるグループは
13人編成で、当時はカナダのシカゴ、BS&Tと言われた。(スキップはジャニス・ジョプリンの新バンド加入オファーを蹴ってライトハウスを結成)
スタート時のBS&Tでさえ8人編成だったのだからロックバンドしては驚異的。
リズムセクションにセロとエレクトリックヴァイオリンを4人配置するというユニークな試みも一部のマニアでは受け入れられてはいたものの、本格的に認知されたのはこの「ある晴れた朝」のヒットからであろう。
それまでのセルフプロデュースからジミー・イエナーにバトンタッチ、メンバー構成も大幅に改革。
躍動感溢れる贅沢な楽曲、華麗なコーラス、そしてクラシック畑出身のメンバーの影響により数多くのクラシック共同プロジェクトを行っているのも特色。
なんと、あの「ウッドストック」出演依頼は断っている。
1970年、大阪万博会場にて来日公演、その際に出演した日本が誇る伝説のバンド「フラワー・トラヴェリン・バンド」をカナダに呼び、アルバム「メイド・イン・ジャパン」をプロデュース、海外ライブデビューをも手助けした。
同年発表のアルバム、シングルの「南無妙法蓮華経」というタイトルはインパクト絶大でしたなあ。

シカゴ同様「カーネギーホール」のライブアルバム(アナログ2枚組)を発表(もちろん「ある晴れた朝」も収録)。
チェイスでさえ出演が叶わなかったカーネギーホール…。

サックス担当のハワード・ショアは現在、映画音楽の世界で大成功を収めている。
「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズや「フライ」etc・・・

ヴォーカルのボブ・マクブライドは、1973年ドラッグ癖が原因で解雇され、1996年窃盗で逮捕、1998年2月20日51歳で亡くなってしまいましたが、本国カナダにてマイペースで現在もライトハウスは活動中です。
生のライブを観たいなあ…無理だろうなあ…。

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GEAR( chicago)

2019-06-09 00:03:27 | CHICAGO
  1. 機械部品の一種。車の周囲に歯をつけ、そのかみ合わせによって一方の軸から他方の軸に確実に動力を伝える装置。ギア。
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    〜ウィキペディアより〜
     
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Stanley Clarke(CD'S)

2019-06-09 00:01:49 | CHICAGO

1960年代後半からロックというジャンルも、より複雑に枝分かれしてきて、○○○ロック!と肩書き付けてバンドを選別するようになってきたのです。そして70年代を迎えると、今度はロック以外のジャンル…ジャズ、クラシック、ソウルなどの音楽とも互いに接近、合体、合流などをしはじめてアメーバのごとく、より複雑に反応。刺激を繰り返しながら現在も新たな音楽を楽しませてくれています。
そんな中から誕生したものにクロスオーバーなるジャンルもありましたね。
ロック、ジャズ、ソウルをスタジオミュージシャンらが中心となって生み出したひじょうに高度なテクニックを要する音楽。
それが市民権を得て、更に発展していったのがフュージョン。
それまでよほどのマニアしか注目していなかったスタジオミュージシャンらにスポットが当たるキッカケにもなったし、新たなスターも輩出されました。
他のパートと比較しても、地味なイメージだったベースもチョッパー奏法なる強力なる武器をフューチャーしてソロではやんやの喝采を浴びるほどに。
ざっと挙げてみても、
唯一無二の存在ジャコパストリア、雷鳴轟くルイスジョンソン、いぶし銀ゴードンエドワーズなどなど。
日本でも数多くのバンドやミュージシャンが人気を博します。

私の後輩が当時一枚のLPを貸してくれました
「ムラカミさん、ベース弾くんだから、これ絶対にオススメ!」
「何!?スタンリークラーク?スクールディズ?知らないなあ…」
で、一応聞いてみたんだけど、よくわからなかったんだよねー…BGM的に聞き流していた。
後輩が「どうですか?」
「うーむ…」「ベース凄いでしょ?!」もう一度、今度はじっくりと聞いてみた!あーああ!それまでギターソロだと思っていたのが、実はベースだった!これにはビックリ!しかも超絶速弾きを縦横無尽に繰り出していて、思わず唖然としてしまった。
和音弾き、重ね録音、ピッコロベース、ボイスモジュレーターによる演奏などをまんべんなく収録。
音色も個性的で、これは練習して体得できる範疇を軽く超越してる!(大体にして手がデカイ!)
とにかく今まで聞いた事のないベースの世界が、ギッシリと詰まっていてショックの連続。
スタンリークラークでアレンビックなるメーカーを知ったのですが、値段をみて即購入を諦めました(T ^ T)。
まあ、そこから一気にスタンリークラークにハマりまくり、今もフェバリットベーシストの一人です。
元々はリターントウフォーエバーのメンバーとして頭角をあらわした人だけに、テクニックはもとより人脈も豊富。
おかげでスタンリーつながりで、私はスティーブガット、ジョージデューク など凄腕職人のミュージシャン達を知ることになるのです。
とにかくアルバム参加ミュージシャンのクレジットがどれもこれも凄い!
ジャズ界にとどまらず、ロックからもジェフベック、サンタナ、カーマインアピスなどがゲスト参加しています。
ジョージデューク とのプロジェクトも3枚制作。
映画サントラ盤制作。ストーンズのメンバーらとツアーに出たり、夢のような一流ミュージシャンらとバンド結成と、今もアクティブに活動中。
後日知ったのですが、私の山奥の故郷にもコンサートに来たことがあったらしいです。信じられないことだ。ちなみにシカゴのドラマー、トリスインボーデンも参加したアルバムがあります!
何はともあれ、スタンリークラークの最高傑作は「スクールディズ」だと今も頑なに思います。グッとベースワールドの視界を広げてくれたアルバム。

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