Fuu

ある日には山 ある日には畑 自然体で気分良く暮らしています。

富士山に憧れて  かちかち山

2016-02-13 21:01:57 | 旅行記
三つ峠に行くに当たって 色々心配事がありました。
だから 今日は登山口だけを調べようと思ったわけですが
最悪一人で登る事も考えています。 そうすると 厳しい山歩きはとても心配なわけで

山渓の参考書は星三つばかりです。 関東の人を対象に書かれている本でしたので 基本 電車の駅からの登山を書いてあるので余計に星の数が多いようです。

「こんな訳ない」と ネットで調べて見ると三つ峠山のコースが三つ書かれていて かちかち山ロープウェーからの往復コースが載っていました。
最悪これだな。
これも確認しておこう

と言うわけでやってきました。
河口湖畔にロープウェー乗り場があります。
かちかち山 本当の名前は天上山と言うらしいです。

あの 怖い怖い日本民話 かちかち山の舞台です。

兎さんがたぬきさんを懲らしめるために背中に粗朶を背負わせ 火を付けたときに 「かちかち」と音がするのを不審に思って聞かれたので「ここはかちかち山だからかちかち言うんだよ」といったとか

ばばあ汁や タヌキ汁がでてくるばかりか これでもかって言う仕返しになんだか嫌な気分になった人は少なくないでしょうね?

民話の里は こんな美しい場所にあったのです。


河口湖がよく見えます。
山の上の方からリュックを背負った人が降りてきます。
三つ峠から戻っていらした人達かしら?
良いなぁ・・・・ 振り返ってみても山の姿は見えません。
少し登っていたら 三つ峠山見えるかしら?


富士山は・・・・
あらあら 半分ほどお隠れです。
やっぱり 昼になると雲が出てきてしまいます。
それでも大きいことは分ります。
ずっとずっと 長い裾を引いていますから

静岡側から見る富士山に見慣れているので 宝永火山が見えなくて丹精な形をしているのも新鮮でした。



ロープウェーのお姉さんに聞いて見ます。
「三つ峠は見えないの?」
三つ峠は いくつかの山が重なって見えないのだそうで  残念です。
山頂が見えると 頑張れるのにね

三つ峠は花の山だそうですから 何としても行かないといけませんね
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

静かだった底抜池

2016-02-11 21:06:24 | 旅行記
忍野八海のど真ん中に有りながらとても静かな場所がありました。

底抜池です。
ここは広大な敷地を個人で所有していらっしゃると言う事で 入場料が必要です。
中は「はんの木林資料館」として民具などの展示室がありますが それを見る料金と思っていきましょう。

さすがに ここまではチャイニーズが団体でぞろぞろはありません。


とても大きな池の向こうに民家(資料館)が並んでいます。
富士山も競演です。


渡り鳥も沢山飛来していました。
池の向こうに見える建物は 水車小屋 離れ 母屋のようです。
母屋には灯り取りが付いています。
私の父の実家は町屋でしたので 玄関は行って直ぐに吹き抜けの部屋があり そこには大きな灯り取りが付いていました。
私 子供心にもそんな家に憧れていました。
どんな風になっているか興味津々です。


隠居部屋って書いてある。
良いなぁ 隠居部屋
昔は 家督を譲ったら 若い者に任せて隠居は静かに暮らしていた。
私も残りの余生を自分のスタイルで 静かに暮らしたいな・・・
なんて あほなことをかなり本気で考えていたりして


そうそう この灯り取り
このスタイルは信州に来て初めて見たんだよね
甲州も こういう灯り取りなんだ・・・
父の実家の灯り取りは鋸型の工場の様な窓だったと思う。 天井がガラス窓だった気もするけれど・・・・・


面白い物が飾ってある。
忍野八海に入って直ぐ 三角の座布団の様な物を売っていて なんだか美しいとは思えなかったので どうしてこんな物を売っているのか不思議だった。
よく見たら 富士山
ヒイチーと言うらしい。 道祖神御神木飾りだそうで 小正月の行事として行われる道祖神祭りに神様に上納される物だそうです。
それを払い下げてもらって各家庭に飾っておく。
富士と暮らす忍野の人々にとって大事な物だったのですね?

母屋は 典型的な田の字形でした。
とは言え改築されているそうなので 昔の姿は良く解りません。

炉端は席が決まっていて(今でもそうですが)お嫁さんは一番台所に近いです。
とは言え ちゃんと畳もあるし 特に冷遇されているようでも無いようです。


二階へ昇ってみます。
私の母の実家は 飛騨の山奥で農家でしたから 共通する物がいっぱいあります。
なつかし思いで見て回ります。

この家は少し小さい部類に入ると思うのですが 二階は蚕棚を置いたら一杯で 真ん中しか歩けません。
当然生活の場では無いのですが 複雑な高低差を利用して部屋のような物も作られてます。




灯り取りの所まで登れることが分りました。
テンション上がります。

家の ど真ん中です。
簡単に登ってしまいましたが 一番大事な家の要をまたぐわけです。
良いのかぁ?

私が灯り取りと思っていた物は 通気口でもあったようです。
下で囲炉裏を焚くので 部屋に充満した空気は上に 上に・・・
東北の漬け物いぶりがっこはこの煙を利用して作ったと聞きました。
家の害虫をやっつける働きがあると聞いたこともあります。
凄いぞ 囲炉裏のある暮し


長い窓を見てびっくり
マイ富士山では無いですか? 何と羨ましいこと


機能的で素敵な農家の家を後にして 底抜池へ向かいます。


広い池もさることながら 池までも随分広い庭でした。
そういえばこのあたり 随分大きなお屋敷がいっぱいです。
どんないきさつで どんな人がここで暮しを繋いできたんだろう?

宝永年間に この地は幕府の直轄地になったのだそうです。
それでかぁ・・・・


凄いです。
さほど深そうに見えないのですが ここで洗い物をしていてうっかり手を放すと 洗い物が消えてしまうらしいです。
やがて 池の底を通ってお釜池に浮かび上がると・・・・・
どうなっているんでしょうね?
それに こんな綺麗な池ですが 昔は生活の場だったので 洗い物を日常的にしていたのでしょうか?
この言い伝えは そんな人々の暮しを戒める物だったのかもしれません。

入場料300円払いましたが 祖父母を想い 幼い頃を思い出したりして静かで嬉しい時間を過ごすことができました。
次は山中湖の方へ向います。
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする