蛍光灯の光が入って見にくいですが 関門トンネルの構造図です。
大きな円筒が海の中に横倒しになっている・・・・という感じですか?
円筒は 車用の道と 人用の道とが二段になっています。
空気を送る設備とか 水抜きとかが埋め込まれています。 海には柱一本立っていません。
これで 狭い海峡を 船が航行するのに妨げにならないのですね?
思ったより狭い道です。 多少高低差があります。
時々 ご~っと音がします。
車が上を走っているのを感じます。
長く感じました。 たぶん 景色が全く見えないので 楽しくないのです。
ジョギングする人が 何度も行ったり来たり・・・・
足に悪くないのかなぁ?
でも 何度も行き来することで 人に見られると言うことが有り 頑張れるかもしれません。
県境を通ります。
ここぐらいしかテンション上がりませんから
ひょいと出たところはみもすそ川公園でした。
壇ノ浦の戦いで 八艘跳びを果たした義経と もはやこれまでと碇を身体に付けて海に飛び込むばかりの平知盛の銅像が置いてあります。
清盛に愛された知盛 34才の若さで往くというのは胸が詰まる
今ぞ知る みもすそ川の 御ながれ 波の下にも みやこありとは(二位の尼)
すぐそばに 長州砲のレプリカが置いてある。
幕末関門海峡での攘夷戦は 長州と英 米 蘭 仏連合艦隊との6次にわたる戦争で終結した。
これをきっかけに明治維新に向って行った訳ですが この青銅砲は戦利品として外国に持ち去られてしまったとのこと
大砲なのに 青銅で美術品のように綺麗でした。
エッチングのような綺麗で精密な模様が彫り込まれていました。
5個(個で良いのかな?)設置されています。
下関を歩いて見ましょう。 唐と市場のあたりまでは行きたい。
相棒がタクシーで行きたそうですが
門司の町が見えます。
あの変わったマンションが目につきます。
大きな船が通っていきます。
やっぱり狭そうですね
赤間神宮は賑わっていた。
後で安徳延納を祀ってあること 耳なし芳一の舞台であることなどを知ってちょっと残念
でも時間そうはないしね・・・・・
赤間神宮のすぐ横には史跡春帆楼 日清講和記念館があります。その下にそっとある本陣伊藤亭跡
日清講和条約締結の場所で何時博文ともゆかりがあります。
春帆楼の亭主は吉田松陰とも親しかった。 坂本龍馬とおりょうさんはここを生活の拠点として活動していた事もあったとか
次から次へと押し寄せる歴史の情報に頭くらくら
宮本武蔵が巌流島へ行く時の船出の場所もこのあたりだったようですよ
あれ? 巌流島の戦いって史実? お話の世界と思っていたけれど・・・・ま 良いか
下関へ行ったら唐戸市場に行っておかないと と言われていたのですが あれれ お休み
正月旅行は時々そんな事があるのですが がっかり
何年か前に厳島へ行ったときに遠いと言う理由で諦めた場所でしたから
お隣にこんな店がありまして こちらへ行ってみます。
相変わらず食欲ないですが 現地では現地の食文化を・・・・と主義ですから
ふぐを食べようと探してみます。
瓦そばとふぐの店があふれていました。
こんな安い店見つけましたよ
私貧乏性なのか ふぐに何万円もかける勇気はありません。 と言うかあまり味のない魚だなと思っていました。(この瞬間世のグルメ通を敵に回したに違いない)
凄くないですか? これで925円 てっさ てっぴ 唐揚げ アラ煮 味噌汁 ご飯 漬け物
おなかいっぱいの私に 丁度良い量でした。
ごちそうさま。 一番美味しいと感じたのがあら煮というのが申し訳ないですが
亭主は お刺身とふぐの天麩羅定食 身の厚いお刺身が一杯で 大満足だったそうです。
旧秋田商会の見える唐戸桟橋から船に乗ります。
今度は 人道トンネルではなく 船で門司に戻ります。
ひょいと地図を見てみると まだまだ見たいところが一杯。
今日は小倉まで行って新幹線で帰ります。
時間が無いことを本当に残念に思いながら 小倉へ向います。