Fuu

ある日には山 ある日には畑 自然体で気分良く暮らしています。

レトロなバスで回るレトロな町 野口英世青春通り

2010-09-30 11:51:41 | 旅行記

私は会津若松についてほとんど知識が無いことをこの場所に来て知った。東北の盆地にひっそりと佇む古い町ぐらいの認識でいたのに 全然違っていた。 きらびやかな町ではない。

落ち着いていて それでいてモダンな町。 そんな印象の町をハイカラさんバスで回る。

Haikarasan 会津若松を回るバスは三種類 茶色のレトロバス ハイカラさん  赤いバス あかべぇ  黄色いバスエコろん号

回り方はそれぞれに少しずつ違うけれど 500円で乗り降り自由。 チケットを見せると観光施設の割引きもあってこれを使わない手は無い。

ハイカラさん号は町中をほとんど網羅している。 古い町並みはレトロでおしゃれな建物がいっぱいで落ち着いて乗っていられない。

特に七日町通り。藩政時代西の玄関口であったと言うこの通りには 洋館がいっぱい建ち並んでいて とても不思議。 白木屋 レオ氏郷南蛮館 鶴乃江酒造 渋川問屋 駅カフェ

あかん こんなにすてきな建物がいっぱいなのにバスに乗っていては写真さえ撮れない。 降りよ

Kaiyoukan 七日町通りに心を残しながら 降りたのは野口英世青春通り  なんて名前なんだ

これは會陽医院をアンティークなカフェにしている会津一番館  野口英世の手の手術をした病院で その後ここで書生としてここの二階にすみこみで暮らしている。

初恋の山内ヨネさんのおうちもここから近い。 映画遠き落日を見たことがある。 牧瀬里穂さんが綺麗なヨネさんを演じていた。

Kuradukuri 蔵を改装した様子のお店がいっぱいである。 私の家の蔵は白だった 蔵は白いものだと思っていたので黒い蔵はおもしろい。 余計にシックで重厚なかんじがする。 手前は洋食レストラン 奥にそば屋さん

さらに行くと小公園がある。 何にも無いところだけれどね

ここの花壇は東京の会津藩中屋敷の舟入場に気づかれていた石垣を持ってきて作ったそうです。と言うことは東京にはもう無いのでしょうか? せめて二段積むと雰囲気がでるのに・・・・

Isigaki Douzou

野口博士も 人生を決めた青春通りで町を眺めている。

「おなか空いた」と騒ぐ亭主にゆっくり散策ができない。

しょうがない おそばでも食べますか?

とても気になった店があったのだけれど 戻るには遠すぎて蔵造りのおそば屋さんに入る。

Sobaya あ ここは白い蔵だ

大阪屋伊兵衛 ここは江戸末期に旅館として営業していたらしく 宿に残る落書きが売りになっている。

落書きは保護のためにガラスがはめられているのでわかりにくい。

Rakugaki1_2

Rakugaki2  さて おそば おそば

Mizoresoba_2 私はここの一押しらしい みぞれそば

亭主は会津の色んなもの盛り合わせたそば定食

Moriawase 天ぷらは とても美味しい。 

そばの味は?  コメントを避けよう。 好みもあるしね。

この後歩いて会津城に行こうという事になり 地図を上にしたり反対にしたりして歩き出す。

                          9月17日

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まだ福島行ったこと無いからで決まった東北旅行 

2010-09-29 15:23:09 | 旅行記

息子と亭主が今まで行って来た地域を並べて自慢しあっていたとき 「全県制覇と行きたいけれど福島県まだ行ってないなぁ。」と亭主。 息子はとっくに全県制覇どころか全県宿泊も済ませているので悔しくて?仕方ない。

「秋に 福島行こっ!」 そんな計画が決まったのは春だった。 本当言うと亭主は何処へ行ってもさほど憶えていないので この計画はあんまり意味ないんだけれどね。

「私は 何処へ行っても新鮮で楽しいから良いよ」

福島空港へ行く飛行機がなくなってしまって 私の町からは本当の意味で陸の孤島。 お互いにたくさん休み取れないので 新潟空港に行って そこから高速バスで福島へ移動することにする。その先はレンタカーで移動。

Dhc8 Fujisan

くろいプロペラのダッシュエイトや・・・・

狭くて嫌やなぁ

ま 富士山見えたし良いか

搭乗口が遠いので送迎バスか歩き。。。。昔の飛行機みたい

福島への高速道路 一車線対面通行 え~~っ  東明や名神を高速道路と思っていたのでびっくり。 新潟の町を離れると一面の稲田。 前に5月に新潟に下りたとき 水浸しに見えた穀倉地帯は 今は緑一色

Inada Wakamatueki

蔵を意識したのだろうか?

城を意識したのだろうか?

シックな作りの駅。

宿は 寝るだけにしたので 駅横のビジネスホテル。

それでも朝ご飯がついて 別館に 今はやりの大衆浴場がついて5000円以下はうれしい。早いけれどチェックイン済ませて(部屋には入れない)荷物を預けて 会津若松の探索に出発。 

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18切符を握りしめて 楽寿園Ⅱ

2010-09-25 00:29:57 | 旅行記

時間が来ました。 13時半です。

Rakujyukan2 ま ちょっと見た目には 古風な旅館かお屋敷に見えるんですが・・・ここが小松宮彰仁親王の別邸。

小松宮彰仁さんっていったいだれ? 上野公園にある西郷さんの銅像は有名だけれど あそこに馬上の軍人さんの銅像がある。 あの騎乗の軍人さんが親王様だとか

あ~ぁ 見た事あるわ。 

伏見宮家の第八王子  幕末維新の変革が無ければ人味の門跡して全然違う人生を送られたはずの親王 

お坊さんとして暮らして来ていきなり 徳川追討の錦の御旗を掲げられる。そんなどんでん返しの人生が待っていたんだね。幕末の争いについては色んな立場があってあまり意見言えないけれど 博愛社(日本赤十字社)の創設に尽力を尽くされた方だと付け足しておきます。

さて建物の中は撮影禁止です。 一冊の冊子を買ったので 中の美術品を紹介することもできなくは無いですが・・・・・やめときます。

武人の家と言うよりは 実に風流で上品な建物でした。 あまり大きくはないけれど 随所にすてきな工夫がされています。

中庭を一周して楽寿の間を回れるようになっている屋敷は四つの板戸が廊下にしつらえてあって 順番に回ると春夏秋冬の絵が見られるようになっています。

Garasudo 池に面した廊下はガラス戸がはまっています。 ゆらゆら揺れるように見えるガラス戸です。 子どもの頃質が悪いのだと思っていました。 多分そうでしょう。

でも今これを再現することができないのだそうで 割れると 今の透明な丈夫なガラス戸に変わってしまいます。

楽寿の間のふすま絵も 天井絵もすばらしいです。天井絵には この楽寿館で見られる植物が描かれているそうで その絵は優しい色合いで本当にすてきです。 待合の部屋の花は小さく 親王との対面の間は 落ち着かないように(相談事は長引くと困るのだそうな)でかく迫るように書かれている。 これはおかしい。 ふすま絵の千鳥もざわざわと音を立てているようにさえ見える。

床の間の王朝風俗図 とても綺麗です。

親王様には跡継ぎがなく亡くなった後は 李王朝垠殿下の別邸となる。 言ってみれば人質として日本にやってこられた奥様は 梨本方子様 政略結婚です。 

李王朝の別邸となったときにホールが増築されたとか。 これは外からも見えたので少し中を撮せました。

Horu 中は少し段差がある作りで バーカウンターまでしつらえた和洋折衷の部屋です。

そんなわけで 庭には韓国の香りのするものもあります。 韓国の灯籠がいくつかありました。 あまり違いわかりませんが。

Cyousentourou1

これに比べ 日本の灯籠はどうでしょうか?

Kuramatourou 鞍馬石の灯籠だそうで この石の灯籠では最大級 その価値と来たら 昭和27年頃でこのあたりの栃1300坪 100万円の相当したとか。。。。

ぼろぼろになってはがれそうです。

Sagigatatourou 濡鷺型灯籠と書かれている。濡の意味がわからなくて灯籠を見ると 濡の字が書かれている。 ますます 意味がわからない。でも優美な形だ。

Rakujyutourou こんなすてきな 楽寿館も 売りに出された。 李親王が 世界旅行の費用を捻出するためにあろう事かこの屋敷を売ろうとしたらしい。

え~~っ 元々誰のもの何の?って思ってしまうけれど

三島市は当時お金が無く このままだと名園が切り売りされてしまう。それを惜しんで緒明圭造氏が一括購入したおかげで今の楽寿園があるらしい。 ほっ

駅の真ん前にある三島市の宝物。 歴史と共に歩んだと言うべきか 翻弄されたと言うべきか

ここに住んだ人たちと一緒だね。 水は減ってしまって 一番良いときの様子は時々しか見られないらしいけれど これからも大事にされたい庭でした。

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18切符を握りしめて  楽寿園Ⅰ

2010-09-24 15:53:13 | 旅行記

駅からバスに乗って初めてのバス停が楽寿園だった。 老人ホームかしら? 立派な建物だこと。。。。なんて思っていたんだけれど

これが国指定の天然記念物 名勝であることを知って 寄ってみようかな と思った。なので帰りは駅の一つ手前で下りる。

Rakujyukan

6万㎡も有るって言われても 見当が付かない広さだけれど 駅前にこれだけの広さの屋敷があるのはやっぱり凄いんだろうな?

富士山の基底溶岩流の末端にあると言われる溶岩地形は そのしたから地下水が湧出してくるらしい。 それが小浜池になっていてそこに小松宮彰仁親王の別邸が築かれ その後李王世殿下の別邸となったと言う建物も建っている。

その建物と自然の織りなす風景を楽しむべくたくさんの人々が訪れるわけだけれど 一日に何度か楽寿館(小松宮様の別邸)を見せていただく時間があって 何気なく入ったら 1時半に始まるので建物の前で待っていてくださいとのこと。

う~ん 今日はついている。

敷地をおおざっぱに言うなら 小浜池を中心とした庭園が真ん中にあってその周りを散策できるようになっている。 建物は 池の畔に立っていて その北側にも梅御殿が建っているがこれは公開されていない模様。

時間まで池の回りを散策します。

Sansakuro Yaburan

何度も言うけれど ここが三嶋駅の真ん前

それなのになんだろう? この静寂は

Ikoinomatu

Youganryuu こんな溶岩流があちこちにあり富士山の恵みである地下水が湧出してくるのだけれど 最近はその水の量もすっかり減ってしまったのだと

昭和30年半ばから上流の方で水をくみ上げるようになり 小浜池が満水になることはほとんど無いのだそうです。最近では5年に一度満水になれば良いぐらいで なかなか。。。。難しいですね

Kassui だから お庭は枯山水のようにも見えます。

Haikyo 建物が全部保護されているようではなさそうです。 門の跡や 礎石が残っているところを見ると 朽ち果ててしまったのでしょうか?

Ike 池は小浜池だけではありません

お茶水 はやの瀬 中の瀬 せりの瀬 あやめヶ池 みどりヶ池など

ミシマバイカモが咲くらしいのですが 見つかりません。

Baikamo これそうかなぁ? 遠くて良くわかりません。 クレソンのようにも見えます。

Roketi この場所ご存じ?

ドコモのコマーシャルで家族っていうキャンペーンに使われたそうですが。。。。私知りません。

ほぼ一周して楽寿園に戻ります。これで栄案内ほぼ半分です。 残りは動物園やちびっ子広場です。

色んな変遷を経て今は三島市の所有物になっているので こんな使われ方をしています。それでも森は良く保存されていると思います。

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18切符を握りしめて  柿田川湧水公園

2010-09-22 10:58:49 | 旅行記

最後の18切符を何処で使おうか? 最近飛行機での旅行が多くて横着になってきた。 旅の原点を見失っているな。 反省

しかし 途中の連絡を思うと気が重い。 特にJR東日本方面への連絡は最低。 と思っていた。しかし関西はずいぶん行ったしなぁ。 静岡・・・・・ あ 柿田川湧水公園

沼津アルプスや十国峠へ行ったときにそばを通って気になっていた。 ネットで連絡を調べてみる。 いや~ん 7時ちょうどに乗れば浜松で乗り換えるだけで三嶋まで行っちゃうよ。 4時間ほどかかるけどね。

と言うわけで 眠りこけ 時々目を覚ましの連続で11時少し前に三島駅到着。 観光協会に聞くと 11時ちょうどに4番でバスがでるよと。 いや~ なんと運がよい。

奥に美味しい水があります の看板につられて進んだけれど 手水以外に水はなさそう。口に含んだけれど ちょっと鉄くさいような・・・・

190円で湧水公園駅へ到着。 ここで良いのだろうか? すぐ脇には国一が通り 車がびゅうんびゅん 騒音も結構凄い。隣の敷地にはサントムーンという不思議な名前の巨大複合マーケットのようなものがある。 (サントムーン SUN TO MOON ちょっとおもしろいでしょ)

Koueniriguti

Annaizu ちょっと信じられない気持ちを抑えながら公園に侵入。

やっぱりここかぁ

入り口には噴水があって 水が勢いよく噴き出している。

Midori 一歩ふみいれると 道一本でこんなに違うかと驚くような静かな公園だった。緑も深い。 この日も暑かったので緑の中の散策はうれしい。

Midori2

左回りに回ろうと歩いて行くとすぐに第一展望台への階段

柿田川の最上流部だそうだ。

富士山など上流に降った雪や雨が地下水となって国道したから忽然とわき出る。

この不可思議な 目を疑うような光景が見られる場所。

Daiiti あまりに水が透明で綺麗すぎて ここが川かどうかわからないでしょ? 真ん中あたりの砂色の丸い模様は水がわき出ている場所。

Mo 水が綺麗なので 藻も元気よく育ち  カワセミのホバリングや鮎の産卵も見ることができるのだそうで 本当に驚きです。 

全川すべて湧水 湧水量 一日100万トン 湧水口は数十カ所 たった1200メートル 狩野川に注ぐまでのこの柿田川の 驚くべき秘密だった。

Nukegara Ike公園も自然が一杯。

蝉も居心地が良いのか 無防備に抜け殻が鈴なり。

人工池では子どもが大はしゃぎ。 

う うらやましい。

Daini ほんの少し移動しただけなのに 河川の幅が広い。

展望台が二段になっているので下りてみてびっくり。 なんて綺麗なんでしょう? 宝石のように青く光って滾々とわき出ている。

昔 紡績工場が井戸として利用していたと言われる湧水。

Yuusui 一人でやってきたお兄さんも思わずため息とも 歓声ともしれない声をあげ あっちこち角度を変えて見ている。

本当に綺麗なんだよね。

Yuusui2 手が青く染まりそうな水です。

Kifunejinjya  京都の貴船神社から御霊分けをされた神社だそうで とても小さかったけれど水の神様として大事にされているようだった。

ここは戦国時代に北条氏が作った泉頭城の西の丸だったそうだ。 え? ここもお城?

水五訓

1 自ら活動して他を動かすは水なり

1 障害に逢いて厳しくその勢力を倍加するは水なり

1 常に己の進路を求めてやまざるは水なり

1 自ら潔くして他の汚濁を洗ひ而して清濁併せ容るは水なり

1 洋々として大海を充たし発して雲となし雨と変じて凍りては玲瓏たる氷雪と化してその性を失わざるは水なり

なるほど

Yuusuikouen_2 階段を下りて湧水広場に ここでも水遊びを楽しんでいる親子が 良いな こんなところでお弁当広げて

Wakima 通称船着き場      かつて製紙会社が使用していた井戸の後からもこんこんと水が湧いている。冬には鮎の群れも見られるらしい。 それにしても製紙会社が井戸として使用していた割には 今でも美しい水が湧くのは本当に不思議でありがたい宝物。富士山の恵み。

木製の八つ橋を歩きながら柿田川を眺める。 

Kakitagawa2 このあたりが一番川幅の広いところだろうか?みずくさが これ以上大きくなれないよって言うぐらいに元気に育っている。 ミシマバイカモは咲いていないか?

植生保護のため 自然保護のために水際に近づけないので上から身を乗り出すようにして探してみる。

Misimabaikamo 小さな白い花が水面に咲いている。

わっかるかなあ~?

大小数十カ所の湧水口があるこのあたりでは 動植物の宝庫になっているらしい。 見ることはできないけれど大事にしていかないとね。

Yatuhasi 八つ橋を回って湧水広場に戻る。 これで 芝生広場を通って入り口に向かえば一週することになる。

Yaburan

Niji 出口では噴水に虹がかかって きらきら光っていた。

水 それは単純な身の回りにあって当たり前のものだけれど こんなに美しいものだと改めて思う。 すぐ外には国道一号線の車の波 

それでもこんこんと湧きだしている 富士山の恵み。 感謝 感謝です。

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