世界一周タビスト、かじえいせいの『旅が人生の大切なことを教えてくれた』 

世界一周、2度の離婚、事業の失敗、大地震を乗り越え、コロナ禍でもしぶとく生き抜く『老春時代』の処世術

ベトナムの女

2015年12月29日 | 100の力
足掛け9年付き合った女(ひと)と別れた。

彼女はベトナム人。

ハノイに住む。

年に4~5回ベトナムを訪れ共に過ごす。

いわば遠距離恋愛。

やはり長すぎた春だったのだろうか。


彼女のお陰でいろんな経験をさせてもらった。

いろんなところに連れて行ってもらった。

彼女のバイクの後ろで切る風の心地よさは、

時にボクを有頂天にさせてくれた。


店も開き、いろんな事業にも関われたのも彼女の功績が大きい。


おかげで「Miss Hanoi」という小説もできつつある。

もちろん彼女をモチーフにしているが、

この9年間いろんなベトナム女性を知ることもできた。

いつしか、いろんな意味でベトナム通になっていた。


このベトナム通が高じて日本にもベトナムお店を出した。

それも今終焉を迎えようとしている。

こちらは短い夏の思い出といったところか。


ここへきて立て続けにベトナムとの縁が切れかかっている。


これは何を意味するのか。

そろそろ卒業してもいい時期なのかもしれない。

一所に執着しないで

次のステップに進みなさいとでも言っているのか。


ボクはタビストである。

これまで世界一周を含む約60か国を旅してきた。

だが、ここ数年ベトナムに傾倒してきたし、

そうせざるを得なかった。


そこに窮屈さを感じていたことも事実である。

タビストは、ある国(場所)に縛られることを良しとしない。

タビストは自由であらねばならない。


遠距離は、タビストにとってはある意味都合のいい恋愛形態である。

離れている時は自由を満喫できた。

浮気をするといったせこい理由ではない。


その証拠に、彼女以外の女性とは恋愛関係になることを極力避けてきた。

束縛されたくなかったからだ。


タビストは、いついかなる時でも旅に出る態勢を整えておかなければならない。

そしてそれがどこであろうと世界の果てまで飛ぶ覚悟を要求される。


ボクが生活拠点を持たなかったのもそうした理由(わけ)があった。


さて、そろそろベトナムから卒業し解放される時が来たようだ。

そして、本来のタビストに戻るための旅支度を求められている気がする。

古い服は潔く脱ぎ捨てよう。


ただ、生きている限り、どこへ行っても人間関係は付き纏う。

そして、人間には男と女しかいない。


故郷へ帰り、そこで新しい恋人と巡り合う。

それは、

母体に戻り、生まれ変わることを意味しているようにも感じる。

あるいは何度も脱皮を繰り返しているのかもしれない。


タビストは渡り鳥にも例えられる。

北と南を季節ごとに移動するだけではない。

東西南北をいつでも自由自在に飛び回ることのできる渡り鳥。


時に大草原の渡り鳥であったり、

大海原の渡り鳥であったり、

大都会の渡り鳥であったりと変幻自在であり場所を厭わない。


姿を変え、形を変えながら否応なく歳を重ねていく。

すれ違う人の中に、足を止めて見つめ合う人もいる。

行きづりの恋に落ちることもあろう。


だが、留まってはいけない。

常に流れる水のように。

それがタビストの宿命なのだから。