延喜十五年九月二十二日、右大将御六十賀、清和の七宮の御息所のつかうまつりたまひけるとき、屏風料歌四首
春
かぞふれば おぼつかなきを わがやどの うめこそはるの かずはしるらめ
数ふれば おぼつかなきを わが宿の 梅こそ春の 数は知るらめ
延喜十五年(915年)九月二十二日、右大将の六十歳の祝賀を貞辰親王の母が催された際の屏風歌四首
春
ご年齢を数えますに、ご高齢ではっきりとはしませんが、毎春にきちんと花をつける私の家の梅こそが、お歳を知っていることでしょう。
「右大将」は藤原道明(ふじわら の みちあき)、「七宮の御息所」は清和天皇の第七皇子(七宮)である貞辰親王の母藤原佳珠子(ふじわら の かずこ)のこと。自宅の庭の梅になぞらえて貞辰親王の長寿を寿いだ歌ですね。
この歌は、拾遺和歌集(巻十六「雑春」 第1012番)に入集しています。