北の風に吹かれて~独り漫遊記~

町歩きを中心に、日々の出来事を綴ります。 
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「多分」の意味

2007-05-25 20:30:05 | 日々のもろもろ
今日は、今までやっていた案件が一段落したので、来月の研修用のテキスト作成に没頭してた。
自分で言うのもなんだけど、はっきり言って、自分のカラー出しまくりの内容になりつつある。
例えば、ある事務処理の流れについて、想定されるパターンを幾つか列記した資料にのことを、
「想定されるパターンは網羅されています。(多分)」
と書いたんだけど、この「(多分)」を付記するのが、実は私流のやり方。
これには2つ意味があって、1つは、
事務処理というのは、基本的に100%マニュアルどおり行くものではなく、
ちょっと状況が変わっただけでどう転ぶかわからない性質のものなのに、
私にこの資料の作成を指示した上司は、まるで例外は認めないというような調子で、
想定されるパターンを全て列記せよと言ってきたので、それに対するささやかな抵抗という意味合い。
しかし、大きいのはもう1つの理由で、これは、感じているのは私だけかもしれないけれど、
最近の若い職員は、とかく最初から答えを求めがちなので、そうではなく、
「答えは決して1つではない。マニュアルにない事態が起こっても、自分で考えることが大事なんだ」
というメッセージを、「(多分)」という表現に託したつもりでいるということ。
部下を持つ立場上、色々と相談を受けることも多いんだけど、一番困るのが、「どうしたらいいですか?」という相談。
入ったばかりの新人ならいざしらず、入って5年も6年も経つような奴にそう持ちかけられると、
はっきり言って、こっちもどうしたらいいかわからなくなってしまう。
逆に、自分でしっかりと考えて、「こうしたいんだけどどうでしょうか?」と来られると、
例えそれが私の考えと違っていても、明らかに致命的な結果を招く危険性がない限り、
「よし、それでやらせてみよう。ダメならダメでまた考えればいいんだ」
と腹をくくることができる。
もっとも、それで本当にダメだった時はショックもあるけれど、
それでも、若い連中が自分で考えて行動することを覚えてくれたら、それは正に怪我の功名というもの。
そういうことの大切さを「(多分)」という表現に込めたつもりではいる。

研修本番は1ヵ月後。これがしっかりと伝わるか否か、全ては私の力量次第故、
付け焼刃かもしれないけど、精進を重ねねば。

「最近の若い職員は・・・」か。私もそんなこと言う年かあ・・・。(苦笑)
コメント (4)
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