昨日の記事で触れた「桑園碑」のある「知事公館」。
緊急事態宣言やまん延防止措置の関係で、長い間一般公開が中止されていたのだけど、ようやくそれが解かれたので、行ってきました。
旧庄内藩藩士の宿舎があった場所ということは昨日触れましたが、この表示板に書かれていないことを書くと、明治25年(1892年)に、元越後長岡藩士で、明治期の地方官吏、政治家であった「森源三」という人物が購入して邸宅を建て、その邸宅と敷地を「三井合名会社」が買収し、昭和11年(1936年)に、「三井別邸新館」が建設されました。
昭和28年(1953年)に北海道の所有となったとありますが、その前に、敗戦に伴い、アメリカ軍に接収されていた時期もあったそうです。
「村橋久成」という人物のことは全く知りませんでした。
「麦酒醸造所」のことは紹介したことがありましたが、そこでも書いていませんでした。
この広場は、屋外イベントも多く開催されていて、私は小学校の頃、オーケストラの野外コンサートを観に行ったことがあります。
現在の「知事公館」は、近世イギリスの田園住宅を思わせる「ハーフティンバー」と呼ばれる様式の洋風建築で、1階が応接室、ホール、事務室、2回が会議室、書斎、寝室などから構成されています。
同じ形の野外彫刻が二基設置されています。
作られた年次が違うようですが、作者の「流政之」氏は、長崎県出身で、独学で彫刻を学び、昭和38年(1963年)に渡米し、ニューヨーク近代美術館に永久保存作品が収蔵されている、国際的な評価も高い彫刻家です。
「サキモリ」とは、日本史の授業で出てきましたが、古来より命を捨てて国を守った無名の戦士「防人」のことです。
こちらは、札幌市内にも多く作品が見られる「安田侃」氏の作品です(有名なのはこちら)。
「意心帰」とは、「意識、心、意識や心が帰るところ」という意味で、「意識や心は形も象ない、形がないものは象を求める。意識や心は形を求める。その志や意志を形状のある具体化した何か置き換えて表すことを求められる。そうした意識や心も、それがあった処に帰る、命をもつ個人のなかに」という思いが込められているそうです。
緊急事態宣言が明け、週末や休日には多くの人で賑わうようになりましたが、せっかくの広場ですからして、ルールやマナーを守って楽しみたいものですね。