対談 「女性のための『日教組』入門・前編」より
教育評論家 森口朗×ジャーナリスト 田中順子
戦後民主主義の中から生まれた日教組
田中順子(以下、田中) 森口朗先生が昨年末に出された『日教組』というご著書を私も拝読いたしましたが、大変わかりやすく、日教組について理解が深まりました。『実のところ日教組とはどういうものなのか良く知らない』という方は多いと思います。まず、日教組が生まれた背景から教えていただけますか。
森口朗氏(以下、森口) 第二次大戦が終戦を迎えた翌年の1946年5月、GHQの指導の下で、文部省(現・文部科学省)が「新教育指針」という通知を各学校に出しました。その指針の中に、『民主化の一環として教職員組合をつくりなさい」という内容が盛り込まれていたのです。
もちろん、それ以前にも、教員の組合はありましたが小規模なもので、組織が大きくなったのは指針が出されてからです。
田中 日教組は初めから左翼活動をしていたのだと思っていましたが、元々は民主化のための国の方針でもあったのですね。
森口 そうです。ある意味、日教組は、その始まりにおいては無色透明というか、戦後民主主義を正しいと信じる先生方の集団にすぎなかったんですね。その後、組織の離合集散、名称変更などを繰り返しながら、爆発的に拡大していくわけですが、いわゆる“戦う労働組合”的な色合いが強くなっていくのは、1950年代に入ってからです。
日教組が急成長した理由
田中 なぜ、そのようにかわってしまったのでしょうか。
森口 それは、日教組がどんな思想の人も受け入れたことがひとつ。もうひとつは、戦時中に保守系の思想を持っていた人達が、戦後の公職追放令によって教職を追われたことです。その保守系の人達が抜けたところに、GHQによって解放された共産党系の人達が入ってきた(※1)。彼らは民間企業でも労働組合を組織しましたが、教職員組合にも入ってきて、どんどん力を持つようになったんですね。
田中 教職に限らず、あらゆる分野で共産主義者が力を増していった時代があったのですね。その中でなぜ日教組だけが今なお大きな影響力を維持する組織へと成長したのでしょうか
森口 それは、教師という職業の性質に、ひとつ原因があると思います。他の労働組合の場合、思想的な主張とは別に仕事を持っています。工場であれば、物を作るという仕事をしながら、空いた時間で組合活動を行い、その一環として共産思想を学ぶわけです。
ところが、学校の先生は、教える事、教えるために勉強することが仕事です。特に国語や社会のような、『価値観』が大きなウエイトを占める教科になると、共産主義思想について学び、共産主義思想を教えることが仕事そのものになるんですね。
田中 組合活動と日々の仕事が一体化して、定着していったわけですね。
(※1)共産党は天皇制の打倒を目指していたため、戦前・戦中は政府から厳しく弾圧され幹部の多くは刑務所に送られた。それを戦後、GHQが開放した。
勉強会で共産主義思想が浸透
森口 日本共産党が賢かったと思うのは、先生方を“学ぶ集団”としてうまく組織していったことです。元来、先生方というのは向上心が強い人達ですから、敗戦で国家の権威が失われたとき、自分達で自主的に学んでいこうとしたわけです。そして、国語教師の勉強会や、社会科教師の勉強会、理科教師の勉強会などが立ち上がっていきました。その勉強会の中心に共産主義者がいたために、熱心に勉強会に参加する中で、自然と共産主義の主義主張というものが浸透していったのです。
田中 勉強会を通して作られた強い人間関係の中で、共産主義思想が自然かつ継続的に刷り込まれ、一気に力を増していったのですね。ただ、中には保守系、あるいは中立的な思想の先生もいらしたと思うのですが、そうした先生方も、勉強会の中で取り込まれてしまったのでしょうか。
森口 共産主義色が強まるにつれ、保守系の先生方は日教組を離脱していきます。その大きなきっかけとなったのが、『勤評闘争』です。1950年代後半、教師の勤務評定を実施したい政府や自治体と、それに反対する日教組が地域住民を巻き込んで激しく対立したのですが、それをきっかけに、校長や教頭といった管理職や保守系の先生方は、組合と離脱していきました。ただ、彼らは少数派であったので、教育現場への影響力は、依然として日教組のほうが強かったということです。
「組合員30万人」の影響力
田中 今現在、日教組というのは、実質的にどのくらいの力があるのでしょうか。
森口 日教組の組合員は、勤評闘争以降、年々減っています。組織率(※2)は今や30%を割っていますし、人数的にも30万人を割りました。そうした意味では、それほど大きくはないといえば、大きくない。例えば、選挙で30万票といったら、政治的パワーとしては、それほど大きくはありません。ただ、ひとつの業界としてみたとき、あるいは、政治運動員の数としてみたとき、30万人というのは、非常に大きなパワーになるんですね。
田中 教員の政治活動は、教育公務員特例法で禁じられていますが、2009年の衆議院選挙でも、日教組は民主党の協力な集票マシンとして大活躍しましたね。
森口 その通りです。また例えば、日本医師会と日本歯科医師会、日本薬剤師会の3つを合わせて三師会といいますが、三師会のメンバーは合わせて30万人強といわれています(※3)。この30万人強の人達が日本の厚生労働行政に与える影響力というのは、ものすごく大きいんですね。
それと同じことが日教組にも言えます。日本人1憶2千万人の中で、常に教育について考えている人はそうはいません。しかし、日教組の人たちは、日々教育について考え、その考えを政治的に形にしようと思っている。そのパワーが文教行政に与える力というのは、非常に大きいわけです。
特に1995年、長らく対立していた日教組と文部省が村山政権下で手を結び、『歴史的和解』といわれました。実はそれ以前から、裏では手を結んでいたのですが(笑)、村山政権の時に堂々と手を結ぶようになり、日教組的な考え方が文部省の中にも浸透していったんですね。
(※2)全教員の内、日教組に加入している教員の割合い。加入率。
(※3)日本医師会の会員数は約16万6千人。日本歯科医師会は65,077人。日本薬剤師会は約10万人(公式ホームページにより)
本来あるべき『平和教育』とは
田中 日教組といえば、自虐史観に代表される偏向教育の問題も指摘されています。
森口 そこは非常に大きな問題で、「平和教育」「人権教育」「環境教育」に関しては、私は、日教組が日本のガンであると言っていいと思っています。
例えば、学校の先生方は『平和教育とは、第二次世界大戦で日本がいかに悪いことをしたか、第二次世界大戦後にアメリカが行っている戦争がいかに悪いことかを教えることである』と思っていたり、どういうわけか、『米軍基地に反対することが平和教育である』と思っていたりするんですね。しかし一方で、北朝鮮の核兵器の問題や、尖閣諸島に対する中国の挑発的行為といった、まさに今、日本の平和を脅かしている問題については、まったく触れません。
田中 民主主義、自由主義国である日米を攻撃し、反対の思想を持つ中国・北朝鮮を礼賛する偏った教育です。
森口 今、自分達の平和が何に脅かされているのかをしっかり見つめ、そのために何をすべきかを考えるのが、本当の平和教育のはずです。となれば、平和教育のためには軍事的な知識も不可欠なんですね。これは自民党の石橋茂先生も良く仰っている事です。しかし、『軍事的なことを考えること自体、いけないことである』という思想を子供達に植えつけることが、平和教育であると思っている先生があまりに多い。
環境教育でも、『資本主義の大企業がエゴイスティックに活動するから環境が汚れる』という、資本家や資本主義を悪者にする考え方が大前提になっています。
「人権」は信仰心がバックボーンになければ成り立たない
森口 一番ひどいのが人権教育です。前回の対談でもお話しし(※4)、『日教組』の中にも書きましたが、人権というのは、基本的に神が人間に与えたものであり、信仰心と人権はセットなんですよ。ホッブズやロック、ルソーといった初期の人権思想家たちは、無神論者の人権を認めていないくらいです。現代社会でそれは無理だと思いますが、しかし、信仰心がバックボーンになければ、人権思想というのは思想として本来成り立たないものなんですね。
ところが共産主義というのは、ガチガチの無神論です。日本人の多くは誤解しているようですが、共産主義の無神論者というのは、「何となく神様を信じられません」というレベルではないんです。神を信じる人間を弾圧までするんですね(※5)。中国では今、法輪功という新宗教が弾圧され、国際的にも問題視されています。
(※4)Are You Happy 2010年3月号の森口×田中対談「戦後教育の問題点」を掲載。その中で、人権思想についての話題が出た。
(※5)ソビエト共産党の一党独裁国家であったソ連(現・ロシア)では、ロシア正教をはじめ、キリスト教諸宗派やイスラム教も弾圧された。ソ連成立直前の1918年から、スターリンが力を持ってくる1930年代にかけては、4万人以上の聖職者や信徒が処刑されたという。
日本を弱体化する祖国敗北主義
田中 「人権」にしても、『平和』にしても、彼らの基準は、この国の人々を幸福にするためのものとは思えません。しかも、日本だけが永遠に反省を続けなければいけないような教育では、日本を愛する心も育ちませんし、未来への希望が持てません。そのような教育を進める意図はなんでしょうか。
森口 やはり、一握りの確信犯がいるんですね。日本を貶め、弱体化することが正義であると、本気で信じている共産主義者たちがいる。共産主義の思想のひとつに、革命的祖国敗北主義というものがあるんです。戦争で自分の国が負けたほうが革命を起こしやすい、という思想ですね。日本には、それを平時にも適用して、日本が弱体化すようなことばかりを常に主張する、一部の左翼の人達がいるわけです。
そうした人達が、いろいろな教材を作って、勉強会を重ねてきた結果、教育現場全体に“モヤッとした”祖国敗北主義が空気としてあるのだと思います。(つづく)