そろそろ夏も終り、秋の気配に。風も過ごし易く、赤蜻蛉の姿も見つけた。新月が近づいている時期に、台風が接近している。大潮である。旧暦のカレンダーには、或いは暦には、潮の満干潮と、月との関係が記してある。これらを知っていれば、判断の基準にもなろう。
古来の人は、月の満ち欠けを大切にし、幻を担いだ。然し、満更迷信ばかりとも云えぬ。太陽に、月に、地球には、お互いを必要とする因果関係が含まれ、軌道を廻っていく間に、季節の移ろいや気温の変化がもたらされた。これは、地球という惑星の宿命かもしれぬ。
人間は、自分の都合勝手しか考えず、自然と共有するだけでなく、地下に眠る資源を掘り起こした。其処には金銀財宝があった。或いは鉱物が隠されていた。原発に依って、人々の暮らしが豊かになったかに見えたが、事故の悲惨さは先が見えない。
尤も、紙幣の流通が、石器であったなら、とても重いし、運ぶ手間も掛かるから、文明や科学は進んではいないだろう。頭脳明晰な人の考えることは、私のような者には皆目見当もつかないが、便利さが必ず、人間を幸せにするとは限らない。
物々交換なら、必要な物だけで済むが、紙幣なら余分な物まで買う。衣類も、着もしないのに、箪笥に入れたままだ。最近は、出かけたりする度に、着て行くことにしている。不慮の事故があるかもしれぬ。きちんとした格好で死にたい。
新しく買うことは殆んど無い。何十年前のでも、着られればいい。娘など、デザインが古いから。と置いて行く。何処も破れていない。少々派手でも着ている。還暦を済ませば、怖いものは無い。もったいなくて捨てられない。母の形見も同じである。
緑のミニばら。咲き終わったか、と思っていると、蕾をつける。真冬近くまで咲く。