揚羽がいない。蛹になったものと思うが、孵化するのに何処にいるのか?2匹ほどは未だ黒いままで、柚の葉を齧っている。でも、柚の葉自体がない。一体どうやって大きくなるというのか?何しろ木丈が30cmくらいであるから、無理があるというもの。
先日には、揚羽蝶の産卵を見たが、そこまではわからないのか、逃げもせずだった。自然の掟では、約束されているのだろう。そういった命の育みは、人間の愚かしさを悟るように促す、地球の警告にも思えた。戦争へと突き進んでいく、人類の危うさも。
明日は、雨らしいが薔薇園に行く予定。近くの友人との珍道中で、何時もの如くぶらりと出かける。孫の迎えもあり、巻き寿しを作る算段をしている。休みでありながら、じっとできない性格が禍する。然し、転じてよろこんでもらえればいい。自己満足かな。
覚せい剤の所持で捕まった当人、知らなかったでは通るまい。小学生でもわかることを、いい歳をした大人が、言い逃れとは呆れる。芸能界というところの不可思議さでもあるが、有名であることの意味を違えているのだ。人間としての価値は何だろう?
自分を知ることも大切なことだし、逝き方でもあるだろう。栄光を握れるのは、僅かな者でしかない。メダカや雀の学校は、普通であるのがいい。物事を極められる人間になろうとしても、並みの意志ではなれない。神に選ばれし者にしか、与えられない。
昔ならいざ知らず、現在の複雑極まる時代では、考えように依っては、知能犯のことが多い。どんな事件も、最初だけのことで、次からは模倣犯に終わってしまう。人間の頭脳など、たかが知れていようもので、科学が進歩するほど、コピーされていく。
人間には五感があるが、第六感という未知なる感情も存在する。事前に起きることがわかったりする能力で、意識が一瞬途切れる。我に還った時、視たままを話すと、嘘つきと云われるが、幻でもでたらめでもない。数分後か数時間か、必ず起きる。
特殊な能力ではなく、誰もが持っているもので、意思の強さや、感情のコントロールに依って異なる。或いは、信じるかそうでないかにも影響がある。そういった心理に、覚せい剤は浸透して、気づいた時には抜け出せない。十重二十重に縛られている。
自然を知ることは、宇宙を知りこと、神の存在を信じることでもある。森羅万象、ブラフマンの創造の中で繰り広げられる。