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66回目の長崎原爆忌 ・ 平和祈念式典開催

2011年08月09日 22時00分49秒 | 遺族会(各追悼式・戦争証言などを含む)

                   長崎平和祈念式典 平成23年8月9日 (火)  気温


        式典会場 長崎市松山町の平和公園             司会進行を務められた井原恵理さん吉村彰宏君


       「ひまわり」合唱団の皆様の「二度と作らないで わたしたち被爆者を・・・」 の歌で始まった開会式


       この1年間の死没者3288人を 「奉安」           水を求めて亡くなられた犠牲者への 「献水」


                市長・遺族代表による 「献花」                  11時2分 「長崎の鐘」 と共に 「黙祷」


「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が営まれ、被爆者や遺族、菅直人首相ら約6000人が参列し、犠牲者の冥福を祈りました。

田上富久市長は平和宣言で福島第1原発事故に危機感を示した上で、「原子力に代わる再生可能エネルギーの開発を進めることが必要だ」と訴えました。


                 遺族代表 「平和への誓い」 は5人の家族を失った83歳のお方でした


          来賓挨拶 長崎県知事 中村法道様                   来賓代表による 「献花」

 
                       小学生による鎮魂の歌 「子らの み魂よ」 を合唱

 
                                        高校生による鎮魂の歌 「千羽鶴」 を合唱

田上市長さんは宣言で、「被爆国の私たちが、どうして放射線の恐怖におびえることになったのか。人間の制御力を過信していなかったか」と問いかけ、将来的な目標として「より安全な
エネルギーを基盤にする社会への転換」 を呼びかけました。

また、東日本大震災の被災者に対し、廃虚から復興を遂げた被爆地として 「希望を失わないで」 と激励するメッセージを送りました。
この 「宣言文」 ができるまでを報道しておりましたが、学識経験者、被爆者など多方面の10数名の皆様で議論を重ねながら、「原発」 に触れないわけにはいかないと「安全神話の崩壊」
も話されたように思いました。

被爆国がまたしても放射能の恐怖に怯える今日に、新しいエネルギーの開発を望み安心して住める国にしていただきたいと願うばかりです。
1945年8月9日11時2分、恐ろしい原爆投下により、一瞬にして7万人以上のお方が死亡とされ、7万人以上のお方が傷つき、後遺症に苦しみながら亡くなり66年目の原爆忌を迎えました。
今日までに奉安されたお方は15万5546人と報道されました。
以上、写真、文章の表現は  から頂きました。
多くの犠牲者のみ霊のご冥福と今尚、後遺症に苦しむ皆様に心からお見舞を申し上げます。合掌

コメント (4)
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