東京工業大学、株式会社 リコー、産業技術総合研究所の研究グループは、消費電力が極めて低い小型の原子時計を開発した。この原子時計は、構成部品のひとつである周波数シンセサイザの消費電力を大幅に削減し、さらに新たな量子部パッケージを用いることで温度制御の効率を向上させ、60mWの低消費電力と15cm3(内寸33mmx38mmx9mm)という極小サイズを実現している。大型の原子時計とほぼ同等の1日で300万分の1秒以下の精度を達成した。
この研究成果は、大型で消費電力が大きかった原子時計のサイズおよび消費電力を大幅に削減することで、これまで搭載が難しかった自動車やスマートフォン、小型衛星など、様々な機器に原子時計を搭載可能となり、自動運転、高精度な測位、新たな衛星ネットワークの実現を大きく加速させる可能性がある。
研究成果の詳細は、米国サンフランシスコで開催される国際会議ISSCC(IEEE International Solid-State Circuits Conference <国際固体素子回路会議>2019、2月17日から開催)で発表された。
高精度でありながら2mWという超低消費電力な周波数シンセサイザの実現および新たな量子部パッケージによる温度コントロールの効率化で、60mWの超低消費電力な小型原子時計(ULPAC: Ultra-Low-Power Atomic Clock)の開発に成功した。開発した小型原子時計は、消費電力を大幅に削減しながら、大型の原子時計とほぼ同等の1日で300万分の1秒以下の精度を達成した。この原子時計は、電圧制御水晶発振器、周波数シンセサイザ、レーザーのドライバ回路、制御回路、セシウム133原子(用語7)へのレーザー光照射を行う量子部パッケージで構成される。
CPT(Coherent Population Trapping)を利用した原子時計では、セシウム133原子に2つの周波数のレーザー光を照射する。この2つのレーザー光の周波数差がセシウム133原子に固有の共鳴周波数(9,192,631,770 Hz)に一致したときに、検出される光強度が最大となる。これを利用して電圧制御水晶発振器を校正し、原子時計の基準となる非常に安定した周波数を作りだしている。
周波数シンセサイザは、レーザー光の周波数差を0.3mHz以下の非常に細かい周波数ステップで変えるために用いられ、従来、原子時計の構成要素において50mW以上の大きな電力を占める構成部位だった。開発した原子時計は、周波数シンセサイザをCMOS集積回路で作りこむことで、消費電力を25分の1以下まで削減することに成功、2mWの消費電力を達成した。
さらに、新たな量子部パッケージの構造を採用し、ヒーターによる温度制御の際に、外部の温度が伝わりにくくなるような隔離機構を設けるとともに、パッケージ内部を金でコーティングした。温度制御の効率を向上させることで、電力を消費しがちなヒーターの消費電力を9mWまで削減した。高安定レーザードライバ回路および高精度温度制御回路により長期間での周波数安定性も改善した。
従来の周波数標準器では、消費電力と周波数安定度はトレードオフの関係にあったが、開発した原子時計(ULPAC)は、良好な周波数安定度と低い消費電力を両立しており、サイズも15cm3と非常に小型である。今回、10^5秒(約1日)の平均化時間で2.2×10-12の長期周波数安定度を達成した。一般的な水晶発振器を搭載した時計と比べ、約10万倍も正確な時計を実現した。
今後は、非常に小型で消費電力も小さいため、自動車、スマートフォン、小型衛星等、様々な機器への組み込みが可能である。従来は搭載できなかった様々な機器で高精度な原子時計が搭載可能となり、自動運転やGPSの代替、高精度計測など、政府が進めるIoTが支えるソサエティ5.0(超スマート社会)の実現 に貢献すると期待できる。
この開発品は、5年後を目途に販売開始を目指す。
◆用語
〇原子時計
原子と電磁波の共鳴現象と、一般的な時計に利用される水晶発振器の周波数をリンクさせている時計。そのため、一般的な時計より精度の高い時計装置の実現が可能である。マイクロ波領域の電磁波を利用した原子時計では、セシウム(Cs)原子やルビジウム(Rb)原子が装置内に封入される。
〇周波数シンセサイザ
1つの発振器デバイスの信号を基準として種々の異なる周波数をもつ信号を発生させる回路、あるいはその回路を含む装置。 〇量子部パッケージ
ヒーターと測温素子からなる温度制御機構と、面発光レーザー素子(VCSEL:Vertical Cavity Surface Emitting Laser)、偏光光学素子、セシウム原子を封入したガスセル、受光素子からなる原子時計の心臓部に当たるデバイスで、原子共鳴信号の検出機構を小型のパッケージに集積化した。小さい電力で一定温度の安定性を実現するために、外部へ熱が伝わる経路を可能な限り遮断する隔離機構と、パッケージ内部を高真空で封止した断熱構造となっている。
〇衛星コンステレーション
低軌道衛星は数時間周期で地球を周回しており、全世界をカバーするために、多数の衛星を軌道投入し協調動作をさせる。そのようなシステムを衛星コンステレーションと呼ぶ。
〇コヒーレントポピュレーショントラッピング(CPT)
原子と電磁波の共鳴現象の一種。セシウム原子に光を照射すると、通常であれば吸収が起きて透過光量は減少する。そこに2種類の周波数をもつ光を照射するとセシウム内で特殊な状態が生成され光の吸収量が減少し、すなわち透過光量が増加、共鳴現象が観測される。これまではセシウムとマイクロ波(波長3cm)の直接相互作用となる共鳴現象を利用するしかなかった。このCPTを利用すれば光の波長程度(約900nm)の領域でも、原子と電磁波の共鳴現象の発現が可能となる。
〇電圧制御水晶発振器
制御電圧を変えることにより出力周波数を調整できる水晶発振器。
〇セシウム133
安定同位体:原子セシウム原子の同位体の中で、放射線を出さず、自然界で唯一安定して存在する原子である。
原子番号55の元素。アルカリ金属。融点は28.44 ℃で、常温付近で液体状態をとる5つの金属元素のうちの一つ。
この研究成果は、大型で消費電力が大きかった原子時計のサイズおよび消費電力を大幅に削減することで、これまで搭載が難しかった自動車やスマートフォン、小型衛星など、様々な機器に原子時計を搭載可能となり、自動運転、高精度な測位、新たな衛星ネットワークの実現を大きく加速させる可能性がある。
研究成果の詳細は、米国サンフランシスコで開催される国際会議ISSCC(IEEE International Solid-State Circuits Conference <国際固体素子回路会議>2019、2月17日から開催)で発表された。
高精度でありながら2mWという超低消費電力な周波数シンセサイザの実現および新たな量子部パッケージによる温度コントロールの効率化で、60mWの超低消費電力な小型原子時計(ULPAC: Ultra-Low-Power Atomic Clock)の開発に成功した。開発した小型原子時計は、消費電力を大幅に削減しながら、大型の原子時計とほぼ同等の1日で300万分の1秒以下の精度を達成した。この原子時計は、電圧制御水晶発振器、周波数シンセサイザ、レーザーのドライバ回路、制御回路、セシウム133原子(用語7)へのレーザー光照射を行う量子部パッケージで構成される。
CPT(Coherent Population Trapping)を利用した原子時計では、セシウム133原子に2つの周波数のレーザー光を照射する。この2つのレーザー光の周波数差がセシウム133原子に固有の共鳴周波数(9,192,631,770 Hz)に一致したときに、検出される光強度が最大となる。これを利用して電圧制御水晶発振器を校正し、原子時計の基準となる非常に安定した周波数を作りだしている。
周波数シンセサイザは、レーザー光の周波数差を0.3mHz以下の非常に細かい周波数ステップで変えるために用いられ、従来、原子時計の構成要素において50mW以上の大きな電力を占める構成部位だった。開発した原子時計は、周波数シンセサイザをCMOS集積回路で作りこむことで、消費電力を25分の1以下まで削減することに成功、2mWの消費電力を達成した。
さらに、新たな量子部パッケージの構造を採用し、ヒーターによる温度制御の際に、外部の温度が伝わりにくくなるような隔離機構を設けるとともに、パッケージ内部を金でコーティングした。温度制御の効率を向上させることで、電力を消費しがちなヒーターの消費電力を9mWまで削減した。高安定レーザードライバ回路および高精度温度制御回路により長期間での周波数安定性も改善した。
従来の周波数標準器では、消費電力と周波数安定度はトレードオフの関係にあったが、開発した原子時計(ULPAC)は、良好な周波数安定度と低い消費電力を両立しており、サイズも15cm3と非常に小型である。今回、10^5秒(約1日)の平均化時間で2.2×10-12の長期周波数安定度を達成した。一般的な水晶発振器を搭載した時計と比べ、約10万倍も正確な時計を実現した。
今後は、非常に小型で消費電力も小さいため、自動車、スマートフォン、小型衛星等、様々な機器への組み込みが可能である。従来は搭載できなかった様々な機器で高精度な原子時計が搭載可能となり、自動運転やGPSの代替、高精度計測など、政府が進めるIoTが支えるソサエティ5.0(超スマート社会)の実現 に貢献すると期待できる。
この開発品は、5年後を目途に販売開始を目指す。
◆用語
〇原子時計
原子と電磁波の共鳴現象と、一般的な時計に利用される水晶発振器の周波数をリンクさせている時計。そのため、一般的な時計より精度の高い時計装置の実現が可能である。マイクロ波領域の電磁波を利用した原子時計では、セシウム(Cs)原子やルビジウム(Rb)原子が装置内に封入される。
〇周波数シンセサイザ
1つの発振器デバイスの信号を基準として種々の異なる周波数をもつ信号を発生させる回路、あるいはその回路を含む装置。 〇量子部パッケージ
ヒーターと測温素子からなる温度制御機構と、面発光レーザー素子(VCSEL:Vertical Cavity Surface Emitting Laser)、偏光光学素子、セシウム原子を封入したガスセル、受光素子からなる原子時計の心臓部に当たるデバイスで、原子共鳴信号の検出機構を小型のパッケージに集積化した。小さい電力で一定温度の安定性を実現するために、外部へ熱が伝わる経路を可能な限り遮断する隔離機構と、パッケージ内部を高真空で封止した断熱構造となっている。
〇衛星コンステレーション
低軌道衛星は数時間周期で地球を周回しており、全世界をカバーするために、多数の衛星を軌道投入し協調動作をさせる。そのようなシステムを衛星コンステレーションと呼ぶ。
〇コヒーレントポピュレーショントラッピング(CPT)
原子と電磁波の共鳴現象の一種。セシウム原子に光を照射すると、通常であれば吸収が起きて透過光量は減少する。そこに2種類の周波数をもつ光を照射するとセシウム内で特殊な状態が生成され光の吸収量が減少し、すなわち透過光量が増加、共鳴現象が観測される。これまではセシウムとマイクロ波(波長3cm)の直接相互作用となる共鳴現象を利用するしかなかった。このCPTを利用すれば光の波長程度(約900nm)の領域でも、原子と電磁波の共鳴現象の発現が可能となる。
〇電圧制御水晶発振器
制御電圧を変えることにより出力周波数を調整できる水晶発振器。
〇セシウム133
安定同位体:原子セシウム原子の同位体の中で、放射線を出さず、自然界で唯一安定して存在する原子である。
原子番号55の元素。アルカリ金属。融点は28.44 ℃で、常温付近で液体状態をとる5つの金属元素のうちの一つ。
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