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■岸本裕躬 絵画自選展 生への限りなき哀歌1955-2009 (12月20日まで)

2009年12月20日 00時17分50秒 | 展覧会の紹介-絵画、版画、イラスト
(長文です)

 画家の回顧展を見るのが好きだ。
 何十年も費やして描いた中から80点とか百数十点をよりすぐり展示する。その、凝縮された画家の歩みから、ひとりの苦闘する人間の息づかいが伝わってくるからだ。
 今回の、岸本裕躬ひろみさんの個展でも、おなじような感動を受けた。
 札幌市民ギャラリーの1階全室を使い、絵画114点を並べている。
 ただし、一般的な回顧展と、陳列の順番はやや異なる。
 初期から近年へ-という順ではなく、最初の大きな部屋に近作を並べ、若いころの作品は奥の部屋に集まっている。
 最近の作を見てほしいという、画家の意思の表れだろう。

 岸本裕躬さんは1937年、北見生まれ(当時は野付牛町)。
 美術学校の出身ではなく、法政大の美術研究会(美研)で、行動美術の創立会員であった田中忠雄の指導を受け、画家を志した。
 オープニングパーティーで、田中忠雄の子息である文雄さんがあいさつしたところによると、53年ごろ、美研の学生たちが、法大の非常勤講師であった今泉篤男(美術評論家)に指導者を紹介してほしいと頼み、田中忠雄が出向くことになったという。57、58年ごろは、美研から行動展に7、8人が入選を果たした。
 有力団体公募展である行動美術といえど、当時の入選者数は70~80人であったというから、美術学校でもない法政大の学生が入選の1割を占めたというのは、おもしろい話だ。

 岸本さんは63年、行動展の協会賞を、翌64年には全道展の協会賞を受賞。
 66年に全道展の、76年に行動展の会員となる。
 全道展は退会し、行動展の道内移動展も開かれなくなったので、今回は、岸本さんの大作を久々に見られる機会でもある。
 小品は、絵画教室展の賛助出品や、さいとうギャラリーが年2回開いている企画展などで、見ることが多いのだが。
 現在は札幌在住である。

 1955年から最新作に至る作品を、頭の中で時系列に並べ直してみる。
 62年の「(だだっこ)」、66年の「双生児の誕生」といった作品は、まさに戦後のアンフォルメル旋風を反映し、厚塗りで、暴力的なまでに激しいタッチで描かれている。
 やや色はくすんでいるが、神田日勝記念美術館が所蔵する日勝の晩年の作を思わせる。
 筆者はリアルタイムでは知らないのだが、この時代の団体公募展には似たタイプの絵が多かったと聞く。

 したがって、71年の第4回北海道秀作美術展で最高賞を得て道立近代美術館の所蔵作となった「さよなら…母さん」は、岸本さんが、それまでの表現主義的な激しい筆致を踏まえつつも独自の道を歩みだしたとば口に位置する作品だといえそうだ。
 あらためて実作を間近で見ると、ステイニングの技法を用いて赤い絵の具をしみこませていることが分かる。さらに絵の具がキャンバスの表面を、下から上へと垂れ落ちるさまも見て取れる。
 画面の上半分はなにも描かれていないが、そういう工夫が、画面を「もたせて」いるのだ。
 ひつぎを囲む人々は、顔の部分が黒くぬりつぶされている。それがかえって悲哀感を増している。
 この前後、「死する時に」「火葬」といった、死を題材にした重たい作品が多いことも、今回初めて知った。技法的な前進と相まって画家の精神もより深まったのだろう。

 年譜によると岸本さんは72年、パリに留学する。
 この時期、欧洲で手がけた絵が何点か展示されていたが、いずれも小品である。
 これ以降、70年代半ばは出品数が少ない。73-76年は、75年「老人と孫」1点のみだ。
 学生運動の嵐が吹き荒れ、芸術各分野でも激しい動きのあった60年代末~70年の時代が一段落するのと呼応するように、70年代に入って一時的に歩みをゆるめた画家は、ほかにもいる。故赤穴あかな宏さん、北浦晃さんがそうである。
 狂騒から覚めて、小休止に入った時代だったのだといえるかもしれない。それほどまでに、「68年」前後は、世界が激動していたのだ。

 78年から再び作品数が増える。
 以後、90年代ぐらいまでは、表現主義的な強いタッチを生かした人物像が多い。
 ストーブの周囲でだらけている人物を描いた「若者たち」、男の群像「男達の顔」といった作品を見ている限りでは、ゴヤを思わせる皮肉や冷笑の空気が漂うが、といってそればかりではない。「老セールスマン立姿図」「母と四人の子」などには、日々をしっかり生きる市井の人々へのやさしいまなざしが感じられる。
 要するに、人間への絶望でも、単純な人間讃歌でもない。言葉では簡単に割り切れない感情が盛り込まれているからこそ、岸本さんの絵からは目が離せないのだと思う。

 21世紀に入ったあたりから、「藪地粘菌茸群」「原始林曼荼羅」など、自然の営みを微細に見つめた作品が主流になる。
 トンボ、カエルや草、キノコなどが、ダイナミックに、実物よりもかなり大きく描かれる。いや、大きさの整合性などは問題ではない。ふつうの人は目にも留めないような、地面の近くで繰り広げられている生命のドラマに、画家は共感しているのだと思う。


2009年12月16日(水)-20日(日)10:00-6:00(18、19日は-7:00)
札幌市民ギャラリー(中央区南2東6)



・地下鉄東西線「バスセンター前」10番出口から徒歩3分、同「菊水」駅1番出口から徒歩8分
・ジェイアール北海道バス、中央バス、夕鉄バス「サッポロファクトリー前」から徒歩7分(ファクトリー線は徒歩9分)。札幌駅・都心から現金のみ100円
・中央バス「豊平橋」から徒歩11分
 =駐車場ありません

関係するエントリ
行動展北海道地区作家展 (2008年2月)
第62回行動展(2007年)
札幌美術展 (2006年)
-現代人の姿を描く- 岸本裕躬 -人物画展-(2003年)


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