難聴者の生活

難聴者の日々の生活から、人工内耳など難聴者のコミュニケーション、聴覚障害者の制度改革について語る。

福祉と医療、現場と政策をつなぐ「えにし」ネットのHPより 認知症ケアの部屋新設

2011年01月01日 22時15分17秒 | 福祉サービス
今日、認知症の母親を訪問したばかりなので、先ほど届いた「えにしメール」の認知症ケアの部屋を増設を紹介したい。
ラビット 記
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ゆき@福祉と医療/現場と政策・志の縁結び係&小間使い、
あけましておめでとうございます(*^ー^*)
ことし初めての「えにしメール」です。
●○認知症ケアの部屋を増築!!!!!!!ウ●
世界の常識に逆らって、認知症の人々を精神病棟に「収容」する政策が日本で進められようとしています(@_@;)(@o@)(@_@)
認知症になっても、住みなれたまちで穏やかに暮らす方法が日本でも根付き始めているというのに、なんということでしょう(*´д`*)
そこで、「えにし」のみなさまの実践をご紹介する部屋を増築しました。
えにしのHPの目次左側10番目の「認知症ケアの部屋」をクリックしてください。
○認知症の方を地域で支えるための精神科医療/海上寮療養所副院長・上野秀樹さん
の「7.認知症の入院治療はデメリットが多い」で海上寮療養所副院長・上野秀樹さんは、精神病院への入院が症状を悪化させるわけを明快に説明しておられます。
○やすおじいちゃん物語/手医科大学神経内科・老年科准教授・高橋智さん 
は、岩手医科大学神経内科・老年科准教授・高橋智さん 
にいただいたもので、認知症ケアの真髄がイラストで、一目で分かります\(^▽^*)/
やすおじいちゃんのモデルについては、「盛岡市医師会長の臼井康雄先生とは全く関係ありませんし、ましてや、うちの寺山靖夫教授がモデルではないかというのも、大きな誤解!」と弁明しておられますが。。。
詳しくは、『かかりつけ医とケアスタッフのためのBPSD対応マニュアル』南山堂をどうぞ。
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大熊由紀子 yuki%spa.nifty.com (%は半角文字@に)
福祉と医療、現場と政策をつなぐ「えにし」ネットのHP

元旦の実母の見舞い 認知症の高齢難聴者の支援は

2011年01月01日 18時23分03秒 | 日記(つぶやき)
長男の立場と介護見習いの立場が入り交じっていたが前よりは落ち着いて接することが出来た。
人工内耳で話すことが聞き取れていることとやはり介護の基本を学んだからと思う。
ただ、実母が聞き取れない時にえっと耳を傾けることが何回かあった。難聴になりかけている。
急速に聴力が落ちるのか、早い目の補聴器装用が良いのか、どういう補聴器があるのかまでは介護のワークブックにも過去問にも出てこない。

補聴器は医療器具なので、介護支援専門員の判断できず、医師の判断が必要になる。
また認知症の高齢者には耳かけ式や耳穴式の補聴器はどこにしまったか忘れてなくしてしまう。介護用の補聴器が開発されているが要支援1や要介護の福祉用具に入っていない。

ホームまで電車で行き、現地でレンタカーを借りた。
これは体力も消耗せず、効率的に初詣、食事、お茶が出来て正解だった。

いろいろ話しかけてくるが一番多いのが「今日は何曜日だった?」、「お金がないわ、どうしよう」、「悪いわね○○してもらって。」、「ご飯食べに行く?」「え、今日が元日?」、「お昼食べたかしら」
その都度、今日は土曜日だよ、今日が元日だよ。初詣に行こう。じゃあご飯に行こうかと合わせる。
本人は忘れていることを決まり悪く思っているのがわかる。


ラビット 記
※家の前で今日の朝の太陽。初日の出ということになるのか。

難聴者の聞こえの範囲と思考の限界(1)

2011年01月01日 02時32分54秒 | 難聴一般
難聴者は、その聞こえる範囲でしか思考できない。いくら書物や文字情報、視覚情報があったとしても、論理思考の元となる言葉が十二分に脳に入力されないと思考を発展させることができない。

これは、思考が脳への言語的刺激の結果だとするなら音声言語がその一番効率的かつ効果的だからと感じたからだ。

ろう者は手話による会話が脳に十分な言語的刺激を与えているのだろうが、難聴者は脳への情報のインプットチャンネルとして音声の持つ力の大きさを自覚して、できる限り聞くための最大限の努力と聴力の健康管理に注意を払う必要がある。

この1ヶ月電話が聞きにくくなって、片や聞こえないのでもう一度と繰り返し、聞こえている方は話しても通じるかどうかわからないと考え、お互いに電話で話す気持ちが失せてしまった。
ふと思いついてPHSの受話音量を見ると最低になっているのに気が付き、最大にして電話すると隣で話しているかのように聞こえた。声の調子から体調、心境まで読みとれるような気がした。


ラビット 2011年1月1日記
※イトーヨーカ堂のフードコート、ポッポやの新製品、カレーラーメン。

紅白を難聴者が見ると。

2011年01月01日 00時39分35秒 | 日記(つぶやき)
字幕放送が付いているが難聴者が見ると分からないことも多い。

AKBはエーケービーと読む。48はフォーティエイトと読むらしい。しかしいつも48人が出ているわけではない。紅白では最初は20人くらいしかいなかった。なぜ?

EXILEというのは前列の4人と残りの10人との役割がどう違うのか?4人ではなく2人だって?よけいわからん。

松下奈緒というのはなぜ老けていないのか。

細川たかしは年々太っている。生活習慣病ではないのか。

ゲゲゲの鬼太郎の歌は「お化けの学校には試験もなんにもない」という歌詞が含まれている。これは公共の福祉に反しないのか。

家人は酔ってまともに答えてくれない。
難聴者ではなくただのおじさんだという。


ラビット 記 机にある最初の紅白の生字幕の実施を伝える新聞記事。

謹賀新年。難聴者の生活はまだまだ続きます。

2011年01月01日 00時21分00秒 | 日記(つぶやき)
明けましておめでとうございます。

「難聴者の生活」は、一人の難聴者が毎日の生活の中でなにを考え、感じたのかと綴ることで、社会とそして自身の難聴者の理解を深めることが目的だった。

その時々の関心事も出来事もさまざまなので、一貫したテーマがないように見える。しかし、難聴者がその時何を感じたかを発信していることだけは共通している。

DIONのLOVELOGの時代からgoo、はてなのブログへ。いまはTwitterへの同時発信へと発信力を高めてきた。

難聴者の自己理解と社会的認識の深化のためにこれからも続く。そのことが社会の変革に繋がることを信じているからだ。


ラビット 記
※今は見かけなくなった材木屋の新春の飾り。
子供の頃までは見かけたが今はとんと見ない。出勤の帰りに見かけたのでわざわざUターンしてパチリ。