あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

フォークス日記 6

2011-04-30 | 


ふと辺りが明るくなった。
厚かった雲の切れ目から薄日が差し込み氷河の青を照らす。
なんて美しいんだ。
「ほらね晴れたでしょ。笑っちゃうよね。」
いつ雨になってもおかしくない気圧配置で、この晴れ間はボーナスだ。
やはりボクは晴れ男である。行く先々で晴れる。もしくは行動中だけ天気が保つ。
ルートバーンを仕事で歩いていて、雨が降っていてもかろうじてカッパを着ないで歩ける位の雨だったり、歩き終わると同時に雨脚が強くなるなんてのはザラだ。
友達は自称『雨女』なのだそうで、曰く行動中必ず一回は雨が降るそうだ。
こういう人は自分で雨女と言うことで雨を引き寄せてしまう。まあ森にとっては雨はありがたいことなので、こういう人がいると森も嬉しいだろう。
ボクみたいな人ばかりだったら、晴ればかりでコケがカラカラに干からびて森が可哀想だ。



ある場所で人が詰まっていた。何があるんだろう?
人が退くのを待つとその先には氷のトンネル。そこを滑り台のように抜けられる。
なるほどみんなここで写真を取っていたから時間がかかったんだな。
ガイド業はサービス業だ。お客さんが喜ぶ場所で記念写真を撮るのも仕事のうちである。
もちろんボクらも写真を取る。
それにしても氷の形は複雑で同じ物は何一つない。
自然が作り上げる物は人間の想像の範囲を遙かに超える。
その中で人間が入っていける所というのは実にちっぽけなものだ。
その限られた場所の中で、いかに面白いコースを決めるというのがガイドの腕の見せ所だ。
帰ってそのことをタイに話すとヤツは言った。
「そうなんですよね~。ガイドによって道の作り方が違うんです。腕のいいヤツは楽しいコースを造るんだけど、ヘタクソがコースを決めるとただの移動の道になっちゃうんですよ。」
これは氷河ガイドに限らず、山歩きの道もそうだ。
短いショートウォークでも変化に富んだ素晴らしいコースはある。ここは上手く作ったなあ、と感心してしまうような場所もあるし、こんな作り方しかできないのかねえ、とガッカリすることもある。
いいコースの裏には設計した人のセンスが見えるし、さらにその奥には設計者の自然を愛する心が見える。



夕方近くなり1日ツアーの人々もそろそろ帰り始める時間になった。
ぼくらはゆっくり時間を取り、ツアーの人々が去るのを待った。
スキー場の最終パトロールみたいだ。
人気のない氷河の上を生暖かい風が吹き抜ける。
この氷河はどれくらいの時間、生き続けてきたのだろう。
時間と空間は常に同時にある物で、それを切り離して考えることに今の人間の過ちはある。
大きな空間には長い時間が流れ、小さな空間には短い時間がある、とはサダオが言った言葉だ。
なるほどね、上手く言ったものだ。
こういう大きな自然の中に身を置くと、人間の小ささというものについて考えさせられる。
都会にいると、この小ささを人は忘れ自然の大きさを忘れる。
目先の利益に注意が向き、自然の中で住まわせて貰う喜びや畏敬の念をも失ってしまう。
そして自然はある時、人間の予想を越える動きを見せ、人間の生活にダメージを与える。
それをどうとらえるかは、ちっぽけな人間次第だ。
氷河の最終パトロール。
誰もいなくなった氷河をゆっくりと下る。
氷河という生き物の上で今日も1日遊ばせてもらった。
その瞬間ごとに世界はある。いや、その瞬間の中に全てがある。
それを受けとめ、感じ取ることが自分のやることである。
いい1日だ。天気もなんとか最後まで保ってくれた。
山の神に感謝である。



家に帰り、とことん自然の中で遊ばせて貰った日に飲む最初のビールを少しだけ大地にこぼす儀式、通称『大地に』をする。
最近ではこの儀式をすることも少なくなってしまった。
それだけ忙しくなったのだろうか。
『大地に』の後は乾杯である。
共に遊ばせて貰ったマー君、そしてガイドを務めてくれたキミと乾杯をする。
こんなビールが不味いわけがない。
家に帰る頃にパラパラと降ってきた雨が、乾杯をするうちに本降りとなり、あっという間に土砂降りになった。
天気の神様は今日も味方してくれた。
感謝感謝である。
雨を見ながら飲むビールも良い。自分が濡れない場所でという条件つきだが。
雨に煙る西海岸の森に僕は語りかける。
「いやいや、どもども、リム達よ。今日も楽しく遊ばせてもらいました。ありがとね。この場所も昔は氷河だったんだねえ。氷河が溶けて君達が生えてこういう森ができたんだねえ。すごいなあ。」
リムの森に雨の音がただ響く。
そうやっているうちに仕事を終えたタイが帰ってきて、再び乾杯をしフォークスの夜は更けていった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする