あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

ご馳走

2011-12-23 | 
僕の友人というか兄弟分というか、山小屋と呼ばれる男がいる。
北海道でガイドをやっている人なのだが、毎年この時期になるとニュージーランドへやってきて、南島一周、一ヶ月以上かけて自転車でまわる。
今年も11月頭から12月半ばまで、ぐるりと南島を回ってクライストチャーチへ戻ってきた。
彼が帰国する前日、共通の友人であるアキラ家族を招き晩餐会を開いた。
この地の美味い物を集めた夕食は、軽くブログ一回分の話になる。
どれも一品だけでもメインになる実力者を集めた、食のオールスターである。
贅を極めた宴、とくとご覧あれ。



まずは前菜に庭のソラマメ。
冬が来る前に植えたソラマメは背丈以上に育ち、大きなマメをたわわにつけた。今が旬である。
これはシンプルに塩茹で。ビールに良く合う。
アキラ達の末娘ワカがソラマメを喜んで食べる。
子供が健全な食べ物を美味しい美味しいと喜んで食べる姿は、この世の宝だ。
そしてサーモンの刺身。
前回の仕事でクィーンズタウンに行った帰りに1匹買ってきて捌いたものだ。
時間が経って捕れたばかりのコリコリ感はなくなったが、その分肉の旨みが出ている。
皮はパリっと焼いて塩を振り、皮せんべい。
間引きを兼ねて畑で取ったばかりのニンジンはスティックにして、ネルソンの友人、味噌屋ゴーティーの新製品ミソマイトで食べる。
お次は鹿肉のたたき。
表面を焼いて中は生。薄切りにしてニンニク醤油。
ニンニクは今年の初物。庭で取れたばかりのものだ。
鹿肉は火を通しすぎるとパサパサしてしまう。
表面を焼いただけのたたきが一番美味いと僕は思う。
鹿はあまり癖がなく、馬刺しに近い。だが馬とは違う風味がある。
生肉の味に採れたてニンニクのピリッとした辛味が合う。



サラダは庭のレタスのグリーンサラダ。きゅうりとニンジンのスライスを加える。
サラダに使ったレタスは3種類。丸く玉になるお店で売られている種類のレタスに、葉っぱが縦長に伸びるコスと呼ばれるレタス、そして名前は知らないが葉っぱがギザギザのサニーレタス。
ニンジンも庭で採ったばかりのヤツだ。
お好みでひまわりの種を炒ったものをパラパラと振る。
ドレッシングは自家製和風ドレッシングと、味噌屋ゴーティーが作った新製品味噌ドレッシング。
ミソドレッシングは初めて食べたが、酢の酸味と麹が生きてる生ミソの風味がバランス良く合っている。
ゴーティーが作る物はいつもいつも完成度が高い。センスがあるというのはこういうことを言う。
こういう友人を持って幸せだ。

そして本日のメインイベント。ラム肉の焼き物。
ラムラックと呼ばれる骨付き肉は、柔らかく癖がなくジューシーで旨い。
この部位が一番旨く、その分値段も高い。
キロ当たりの値段は牛のヒレ肉よりも高く、ニュージーランドでは一番高い肉だ。
これは食べれば分かるが、高いのは当たり前という味である。
お金をかけなければ味わえないものもある。お金はこういうときの為に使うべきだ。
この肉も焼き過ぎ注意。表面はカリっと薄く焦げ目をつけ中は半生。
下味に塩コショウ。そこに醤油を一滴垂らして食べる。
肉はこれほどまでにと言うほど柔らかく、羊臭さは一切ない。
山小屋の大好物がこれだ。
思えばもう何年前になるか、初めてヤツとクィーンズタウンで会った時、ユースホステルの庭で七輪でこの肉を焼いてご馳走した時から、僕達の繋がりが始まった。
北海道にはジンギスカンという羊料理はあるが、こんなラム肉はないそうだ。



さらに我が家の餃子。
家で取れたシルバービート入りの餃子はニュージーランドで一番美味いと僕は豪語するが、それは女房が作る餃子である。
この日は女房が書いてくれたレシピで僕と山小屋がタネを作ったが、僕達は餃子を包むセンスがない。どうしようもなくヘタクソなのだ。
なので遊びに来たアキラ夫妻に包んでもらい、それを仕事から帰ってきた女房に焼いてもらった。
餃子というのは奥が深く、タネに入る肉と野菜のバランス、皮を包むときのバランス、そして焼き加減。全てのバランスが整い一品が出来上がる。
女房が作るとそれらのバランスが絶妙で、ニュージーランドで一番美味い餃子となるのだが、今回は製作者がバラバラだったため、普通に美味い餃子となった。

そこにアキラが気をきかせて鳥のから揚げなぞも持ってきてくれた。
アキラも自分で色々作る人で、この前は自家製牛タンの味噌漬けをいただいた。彼もなかなかやるのだ。
このから揚げもシンプルに美味くビールがすすんでしまう。
美味い物が所狭しとテーブルに並ぶ。
こんなのは一年に一回あるかないかの大ご馳走である。
ラム肉や鹿肉は確かに美味いが、こんなの毎日食べたら金がかかってしょうがない。
そんな話をしながら食べ初めて、これは話のネタになると気が付いた。
そして全員にストップをかけあわてて写真を撮ったので、皿の料理がみんな中途半端なのだ。
酒はビールから赤ワインへすすみ、また赤ワインがシンプルな肉料理に合ってしまい、箸は止まらず。
アキラ夫妻には6歳と3歳の娘がいるのだが、子供は別テーブル。
深雪がお姉さん気取りで下の娘の面倒を見ているので、大人も落ち着いて飯が食える。実によろしい。
食べ終わった骨付きラム肉の骨は、犬のココアが喜んでしゃぶっている。
美味い物は人を幸せにして、幸せの輪はこの家を包む。



そこにある物で、自分が手に入れられる物で最高の物を出すというのが、和食の真髄である。
闇雲に高い食材を並べればいいというものではない。
安くても美味い物もあるし、高い金を払う価値のある物もある。
庭の野菜達は手間がかかっているが、お金はかかっていない。だが今が旬であり一番旨い物だ。
ラム肉や鹿肉は値段が高いが、この辺りでは一番旨い物だ。
値段が高い安いというのは人間の世界のこと。
仏の前では全て大地の恵みである。
そこで最高の物を出すというのが真のもてなしの姿だ。
特に6週間かけて南島を一人で自転車で一周した友の、ニュージーランド最後の晩餐。
こいつに旨い物を食わせたいという想いからこの日の宴が決まった。
そして人間は色々なものを食いたいものだ。
どんな旨い物でも一品だけを食っていたら飽きてしまう。
人数が集まれば何品も取り分けて楽しめる。
それに飯は大勢で食うほうが美味い。
一人でずーっと旅をしてきた山小屋はこういう食事に餓えていたことだろう。
さらにヤツは帰国の翌日から1週間ぶっ通しでスキーツアーの仕事が入っているという。
ならなおさら美味い物を食わさねば。
それが僕の愛だ。
同時に自分も美味い物を食いたいという気持ちがある。
自分が幸せでなかったら人を幸せにはできない。
そして幸せは少ない人数で味わうより、大人数で味わう方が良いのだ。



デザートは熊本名産 陣太鼓。アキラの奥さんのアイは熊本出身なのだ。
僕はこのお菓子をはじめて食べたがこれも美味い。
ならば静岡の新茶をご馳走せねば。
和菓子と緑茶とは何故こんなにも相性が良いのだろう。
子供達はアイスクリームとブルーベリー、ストロベリー。
そこにある物で最高のものを。
世界にはいろいろな種類の食べ物があるが、素材や調理法や料理の国籍にこだわらず、人をもてなす茶の心。
これこそが日本が誇れる食文化なのだと思う。
そして今宵もまた美味い物、美味い酒、良き友に囲まれて、幸せなのである。
ありがたやありがたや。

コメント (8)
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