あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

トラベルの語源はトラブル

2011-12-29 | ガイドの現場
今回の仕事は同じお客さんを二日続けてのサービス。
1日めは空港到着からハンマースプリングスへ行きホテルへ。
2日めにホテルからテカポへ移動。
両日とも車1台チャーターである。
ハンマースプリングスはクライストチャーチから日帰りで行ける温泉リゾートである。
温泉といっても日本の温泉とは違う。
温水プールにジャグジーといった雰囲気の場所だ。
お客さんがスパに入っている間、ボクも指をくわえて見ているのではつまらない。
久しぶりのハンマースプリングスなのでボクも入ろうと思い、水着とタオルを持って仕事に向かったのだがそうそう上手くはいかないのが世の常である。



オフィスからそろそろ空港へ行こうかなと思った時に大きな地震があった。
この日は女房もボクも仕事なので、娘をボスの家に預けていた。ボスの所には同じ年頃の娘達がいて、深雪も仲良しである。
ボスの家はオフィスを兼ねており、オフィスの中は書類が棚からぼたぼたと落ちる有様だ。
庭で遊んでいた娘達の様子を見ると、暢気にトランポリンで遊んでいる。
地震があったことは気が付いたようだが、怯えることなく遊び続けている。それで良し。
家の中をチェック。水、電気、通信は正常。落ちて壊れたものもない。
空港がどうなっているのか分からないが、飛行機の到着時間なのでとりあえず空港に向かった。
空港はクローズ。空港利用者も空港スタッフも皆、外に出て避難をしていた。
たまたま出会った友達に話を聞くと、滑走路のチェックをしているので1時間ぐらいはかかると言う。
彼女はクリスマスホリデーに家族とオークランドへ行くところだったそうだ。
「でもいい天気で良かったよね」
「ホントホント、これで雨なんていったら目も当てられないよね」
この日のクライストチャーチは抜けるような青空。避難している人も芝生に座ったりしてのんびりとおしゃべりをしている。
地震はあったが天気は人間に味方してくれたようだ。
さて飛行機は着陸できないようだし、ボクがここにいても仕方がない。
オフィスに戻り、情報を仕入れるとどうやら飛行機はダニーデンへ行ってしまったようだ。
国際線なのでダニーデンで入国手続きをするようだ。
そして次の情報が入ってきた。
ダニーデンからのフライトは午後8時20分。
これでハンマースプリングスもなくなった。まあそういうタイミングなのだろう。
夜、空港へ行くと飛行機はさらに遅れ9時半になり、結局お客さんが到着したのは10時近かった。



いつものことながらお客さんと会うまではどんな人が来るのか分からない。
知らされているのはお客さんの名前と到着便だけである。
今回は最初の到着予定より8時間近く遅れての到着だ。
最悪のシナリオは遅れたことに腹を立てたお客さんがガイドに当り散らすことであるが、お客さんのKさん一家はそんなそぶりはみじんも無く、長時間の待ちで疲れているであろうに出迎えたボクをねぎらう言葉までかけてくれた。ありがたやありがたやである。
Kさん夫妻はボクより少し年上だろうか、大学生と中学生の娘さんが二人。聞くとシドニー在住でクリスマスホリデーにニュージーランドに来たという。
「地震の影響はありましたか?」
「はい、ここにもあります」
空港通路には地震で天井が落ちた場所もあり、テープが張り巡らされている。生々しい現場を娘さんが写真に撮る。
荷物の受け取りでは、奥さんと娘さんはスーツケースを持ってきたが、お父さんはバックパックである。山の人かな。
そのお父さんに自己紹介で「聖といいます」と言えば「聖岳の聖ですね」と返ってくる。
以前は山をやっていたと言い、冬山の経験もあるそうな。
こうなると話は早い。すぐにうちとけ、ホテルへ向かう車の中でも話は弾む。
翌日の朝は近くにあるマーケットに寄る約束をして長い1日を終えた。



翌日は朝から快晴である。
朝ホテルを出てすぐ近くのリカトンブッシュマーケットへ行った。
今日の行程はテカポへ行くだけで時間の指定も無い。
お客さんと話して『全て良きにはからえ』というやつだ。アドリブが好きなボクが最も得意なのはこういうツアーだ。
昨日は地震というハプニングでクライストチャーチに着いたのは夜遅くだ。
それならば土曜日の朝にだけ開かれるマーケットを覗くのはベストな選択だろう。
リカトンブッシュのマーケットは売られている物のレベルも高く、美味い物が並ぶ。
行程を考えて、その場その場で最高の選択をしていくのはガイドの腕の見せ所だ。
そこにあるもので最高の物をだしておもてなしをする茶の心に通じていると僕は考える。
案の定、Kさん一家はこのマーケットをたいそう気に入ってくれて、オリーブとかサンドライドトマトなどのおつまみ系を買い込み、スープやパン、コーヒーにクレープといった買い食いを楽しんだ。
奥さんが言った。
「ここの物は美味しいわね。シドニーで売っている物より美味しいわ」
こういう言葉を聞くと嬉しくなってしまう。ニュージーランドに対する最高の誉め言葉だ。
その奥さんが川辺の鴨を見て言う。
「かも、カモーン」
ええええ~?、そんな親父ギャグを言っちゃうの?この人は。
旦那さんも娘さんも何も反応しないところを見ると、この家庭では当たり前なのだろう、きっと。
そんなギャグが出るぐらいリラックスして楽しんでいるということだ。



クライストチャーチを出てからのドライブでも話は弾む。
旦那さんとは山の話で盛り上がるし、奥さんとはお酒の話で盛り上がる。
この奥さんはかなりのお酒好きらしく、こんなことも言い出した。
「聖さん、今日の宿へ行く途中でどこかでお酒を買えないかしら。せっかく美味しいおつまみを買ったのだからワインを買いたいわ。お勧めのワインでも教えてもらえないかしら」
「いいですねえ、それなら途中のスーパーに寄ってワインを買っていきましょう」
こういうリクエストは大歓迎だ。
ボクが逆の立場でもそう考える。それをかなえてあげるのがガイドの仕事だ。
ジェラルディンで昼食。天気も良いのでベーカリーでパンを買いピクニックランチだ。
街外れにはタルボットフォレストという原生林がある。カヒカテアの森だ。
おあつらえ向きにピクニックテーブルがあり、ボクのお気に入りの場所でもある。
カヒカテア、トタラなどの大きな木が低いブッシュの中に点在する。
鳥は多く、鳥の鳴き声がにぎやかだ。
「どうですか?食後にこの森を散歩しませんか?」
「それはいいですねえ、ぜひ行きたいです。」
ボクは森の入り口まで案内して言った。
「この道をずーっとまっすぐ歩いてください。普通に歩いたら5分ぐらいなのでゆっくり歩いてください。僕は反対側の出口で待っています。」
こういうガイドの仕方もある。
距離にしたら数百メートルだが、森の中に身を浸すというのはそれだけで気持ちの良いものだ。
そしてこの国にはこういうショートウォークは山ほどある。
そしてこういう何気ない散歩道の中にこの国の良さがある。
その後ジェラルディン名物、カピティのアイスクリームを皆で食べ、一路テカポへ。



テカポでも晴れ。湖の青さに感動である。
湖畔を散策してホテルチェックイン。来る途中でワインも買い込んできたし、ボクの仕事はここまでだ。
ホテルのテラスから湖が一望できる。
「どうですか?今晩はこの景色をつまみに一杯やってください」
「あら~いいわねえ。聖さんも一緒にやれたらいいのにね」
「ねえ、ボクもそうしたいんですが、なかなかそうもいかないのでね。ボクはここでお別れです。」
「そう。さびしくなるわ」
ありがたいお言葉である。
ボクもこの家族と一緒に旅を続けられたらどんなに楽しいかと思うのが本音だ。
だが全ての出会いに偶然はなく必然であるように、別れも必然である。
ただし出会う前と後で違いは、深い所での心の繋がりである。
短い時間でもそれが出来たと僕は感じる。
今回は地震というハプニングがあり、予定が大幅に狂ったが、自分としては最高の仕事が出来たと思う。
トラベルの語源はトラブルである。
そのトラブルを一つ一つ乗り越え、その状況でのベストの選択をしていけば、どんな旅も楽しいものになる。
そう考えると人生も一つの旅ではなかろうか。
その晩、Kさん一家が湖を見ながらワイングラスを傾けるのを想いながら、僕はビールを飲んだ。

コメント (2)
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