あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

オノさん

2011-12-25 | 
ご馳走の翌日、山小屋と僕はオノさんの所へ向かった。
オノさんは近所に住む整体師で、数年前に運命的な出会いをして以来のつきあいである。
1年に1回か2回、シーズンが始まる前に僕はオノさんにボキボキとやってもらう。
昔スキーパトロールをやっていた時に腰を痛めてしまい、時々腰が痛くなるのだがオノさんにやってもらってからは大分腰の具合も良くなった。
今は体のメンテナンスの意味も含め、オノさんの所へ僕は行く。
オノさんは言う。
「悪くなってから治すのは大変だけど、良い状態で来てくれればちょっとやるだけで良い状態をキープできるからね」
人間は体の調子が悪くなって、初めて健康のありがたさに気づき人に診てもらう。
医者も悪い所だけを診て、それ以外の所は見ない。
だがこれからの世界ではあらかじめ悪くならないよう自分の体と向き合う予防医療というものが必要となるだろう。
そういう意味ではオノさんは一歩進んだ医者と呼べるのではないか。

山小屋は11月の初めから1ヶ月半かけて自転車で南島1週、いったい何千キロになるのか知らないが走ってきた。
体の疲れもピークに達していることだろう。
さらに日本へ帰ってすぐにスキーの仕事が1週間ほどぶっ続けで入っていると言う。
それならば疲れをほぐすのと体のメンテナンスの意味も含めやってもらうタイミングだろう。
僕も新しい仕事が決まったと思ったら、あっという間に忙しくなり夏のシーズンに突入した。
お互いに体が資本の商売である。
というわけで山小屋が帰国の日、オノさんにお願いをして予約を入れてもらった。

朝指定された時間に、僕と山小屋と深雪の3人はオノさんの家へ向かった。
去年までは近くでクリニックを開いていたが、今は自宅でやっている。
オノさんの家へ行くのは初めてだ。
大きな木がある素敵な家だ。その家の一部屋が今クリニックになっている。
「さて、どっちからやるかね?」
「オレはどっちでもいいよ」
「オレも、じゃあじゃんけんで決めよう」
その結果、山小屋からやることになった。
僕はその間、話しをしながら山小屋がううとかああとか呻きながらマッサージをされるのを見ているのだが、その時になって後悔した。
先にやってもらえばよかった。
何回もオノさんにやってもらっているので、手順も分かるしどれが痛いのかも分かる。
その痛いのはこうやってやってるのか、そして次は自分か、などと考えると気が重くなる。
痛さは恐怖である。そして恐怖は待っている間に増していく。
「あ~あ、先にやってもらえばよかったなあ」
「そうそう、バンジージャンプなんかもね先に飛ぶのがいいんだよ。」
山小屋がボキボキやってもらい、次はいよいよ自分の番である。
痛いのが来るぞ、という恐怖はマックスに達していて心の準備も万端である。
そこにオノさんが追い討ちをかける。
「さて今日はもう二人こなして、小野英志朗、ただいま絶好調です。」
「いや、あの、オノさん、そこまで気合入れなくていいです」
「ダメダメ、今日は思いっきりやるからね。さあいくぞ」
背中をグリグリと押され、ボクは歯を食いしばって耐えるのだがすぐに悲鳴をあげる。
「いたたたたたた、痛い痛い」
「そうか痛いか、痛いだろうな、ここ」
「あいたたたたた、そこそこ、そこ痛い」
そして力を抜く。
「はああああ。あの、オノさん、今日はなんか力が入ってないスか?」
「そうか?いやね今日はなんか調子いいんだよね」
そして首の辺りをグリグリ。
「あいたたたたた」
「これは後のお楽しみだな」
「ええええ?そんなあ。」
この人は絶対楽しんでやってる。
その証拠に痛いつぼがあると嬉しそうに言うのだ。
「あ、見いつけた。ここだ。ここ。これは痛いよね」
そしてグリグリ。
この人は絶対Sだ。そして痛いのを承知で喜んで来る僕たちはMなのだろう。
「いたたたた。あのお、オノさん。山小屋の時より押してる時間が長いような気がするんですが・・・」
「そうかあ?最近年を取ると数を数えるのが遅くなってな。若い時はいち、に、さんだったのが、い~ち、に~い、さ~ん、てな」
「あいたたたた、分かったから早く数えてください」
そして観客へのサービスも忘れない。
「ほら深雪ちゃん、パパがやられているところを写真に取ってあげな。こうやってここを押すと足が持ち上がるから」
「いたたたた」
悔しいがオノさんの言うとおりになってしまう。娘が携帯のカメラでパシャパシャと撮っているが、ボクは何もできない。
このころになると、顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃ。体は力が入らなくてぐにゃぐにゃである。
そしてなすがままにボキボキとやられ痛いのは終了。
あとはマッサージチェアでリラックス。
終わったあとのおしっこが気持ちよい。
体の中の老廃物が洗い流される気がする。

この日の仕事はこれでおしまいということで、ビールをふるまってくれた。
庭にはブラックカラント、黒すぐりがたわわになっている。
「それ持っていきなよ。どうせ鳥に食われちゃうんだから。目にいいんだよ」
山小屋とビールを飲みながら黒すぐりを採る。
これでジュースでも作ろうかな。
その後で一緒に近くのパブでお昼を食べる。
シーフードチャウダーが絶品である。
オノさんのマッサージは痛い。痛いが必ずその後に良くなる痛さである。
病気などの先が見えない不安になる痛さではない。
だが全ての人がこれを受けに来るかと言うとそうではないと思う。
やはり痛いのは嫌だという人はいるだろう。
そういう人は別のところへ行けばいいのだ。
道はいくつもあり、こうでなければいけないということはない。
それでもこの痛さを承知で来る人は、自分の体を自分で治そうという強い意思がある。
このブログを読んでオノさんのところへ行った人も何人かいるそうだ。
そのお礼でサービスなのか、オノさんはボクの時にはゆっくりと数を数えながらやってくれる。
喜んでいいのかどうか複雑な心境だ。
山小屋はその晩にすっきりした顔で日本へ帰っていった。
ヤツには雪山が待っている。
ボクも体が軽くなり再び仕事に戻った。
そしてやっぱり今回も締めの言葉はこれだ。

行けば分かるよ。
コメント (2)
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