あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

旨い勉強会

2018-12-06 | 酒人
最近はニュージーランドでもじわじわと日本酒の人気が出てきている。
日本酒について勉強するコースがあるのを聞いたのは、ブロークンリバーのディッキーからだった。
ディッキーはビール職人でブロークンリバー・ラガーも造っている。
ブロークンリバーでの自ビールコンテスト、バーベキュー大会の審判も彼だ。
最近、オークランドで日本酒の勉強をしてきて、日本酒についてもっと知りたいから教えてくれと。
僕は自分が知ってる限りのことを話して聞かせた。
「ふうん、日本酒のコースなんてものもあるんだなあ」と思ったのが数か月前の話だった。
全黒の酒蔵で働き始め、杜氏デイブから「日本酒のコースをクィーンズタウンでやるから受けろ」という指令が出た。
ああ、これがディッキーの話していた日本酒のコースか。
面白い話は色々な所で繋がるものだ。
さらに杜氏は言った。
「当日は色々な試飲があるからバスで来いよ。どうせお前は吐き出したりしないだろ」
酒の試飲もワインと同じで、口でクチュクチュとやりペッと吐き出す人もいる。
そのままゴクリと飲んでしまう人もいる。
当然僕は後者である。



前日に深夜までのバスの運転の仕事があり、僕は寝不足のままバスで会場へ向かった。
会場は街中のホテルで、時間になるとパラパラと人が集まってきた。
酒蔵全黒からは杜氏デイブの妻のヤスコとタンケンツアーズのスタッフでもあるエロル、そして僕の3人。
エロルもタンケンツアーズで働くかたわら全黒も手伝う。
他にワイン関係の女の人が4人。
そしてダニーデンのオタゴ大学で化学かなんかを勉強しているマレーシア人、計8人である。
講師は日本人のフミ。
オークランドで日本食の店を経営しており、時々こうやって日本酒講座の講師をすると言う。
日本酒を世界に広めたいという夢を持っており、ディッキーの事を話したら覚えていて嬉しそうに笑った。
どの世界でもそうなのだが、夢を持っている人は好い顔をしている。
自己紹介の後でワイン畑の人から興味深い質問を受けた。
「あなた達は日本酒を造っているということだけど、作り手のポジティブな考え方が酒の味に影響を及ぼすと思う?例えばお酒のタンクに話しかけたりすると美味しくなるとか?」
そりゃ、あるだろうよ。でもそれは酒に限らず全てに当てはまるんじゃないか。
そんなつもりで大きく頷いたら、エロルが代弁した。
「それはあるでしょ、例えば野菜作りだってそうでしょ?」
彼女は同意し、なごやかな雰囲気で講義が始まった。



講義は先ず日本酒の基本的なことから。
材料は何で、アルコールは何パーセントぐらい、という話から。
このコースはレベル1で全く日本酒の事を知らない人向けなのである。
だが受講者全員が醸造の基礎知識を持っているので、まあ話が早い。
講師の話は時に基礎レベルをすっ飛ばし、専門レベルに入っていく。
受講者からの質問も奥が深いものが多い。
「この話は本当はレベル3でやることなんだけど・・・」
と講師が言うとおり、密度の濃い講習なのである。
酒の造り方、カテゴリー、お米をどうやって炊くか、麹の作り方、醸造、さらには『純米』『大吟醸』などの漢字の読み方まで。
勉強というものがあまり好きでない僕だが、このコースでは色々な学びがあり、あっという間に午前が終わりお昼となった。



昼食後はお待ちかね、試飲が始まる。
先ずは普通酒の代表で久保田の百寿から。
普通酒の試飲で久保田だ、ワンカップ大関ではないところから期待が高まる。
そして純米酒、純米吟醸、純米大銀業の飲み比べ。
フミが出してきた酒を見て驚いた。
テーブルに『上善水の如し』が3本並んだ。
うわあ、上善が出てきたよ、嬉しいな。
試飲は隣の人に酒を注いでいく。
隣のエロルが僕のグラスに酒を注ごうとした時に言った。
「エロル、これは俺の大好きな酒なんだ、ケチケチしないでドバっと注いでくれ。」
ヤツとも20年以上の付き合いだ。遠慮なく好きなことを言える。
普通はワインのテイスティンググラスに4分の1ぐらいだが、グラスに半分以上注がせた。
先ずは純米から。
そうそうこれが新潟の酒だよ。旨いな。
そして純米吟醸。おお、明らかに味が違うな。旨いぞ。
さらに純米大吟醸。わあ、このすっきり感。
純米吟醸と純米大吟醸では酒の味はほとんど同じだが、後味の切れが違う。
まさに水の如し、なのだが水っぽいのとは訳が違う。
清流の水を飲んだような爽快感がある。
きっとこの蔵で使っている水も旨いんだろうな。
みんなはワインをテイスティングするように口でクチュクチュ、ぺッとやっている。
僕は口の中で広げてゴクリと飲む。
赤ワインをのど越しで飲むような男である。
この喉を通る時の味、というのがあると思う。
科学的にはのどは味わう器官ではないのだろうが、そんなことはどうでもいい。
第一こんないい酒を吐いちゃうなんてもったいないではないか。
上善の純米大吟醸なんて次にいつ飲めるか分からない。
できればお代わりをしたいぐらいだ。
もうこれだけでも、来てよかったあ、などと思うのだ。



酒の造り方のところでは火入れをしていない生酒のテイスティングもある。
缶入りの酒は珍しいが、菊水の生である。
おお、これも旨いぞ。
これも新潟の酒だ。
僕はやはり新潟の酒が好きだな。
酒の試飲は僕とは反対側のテーブルから始まり、ぐるっと一周して僕の所で終わる。
自然、僕の席の辺りに、飲み残しの酒が集まる。
瓶なら蓋もできるけど、缶入りの酒なんて取っておけないよな。
それなら空けちゃわなきゃ、もったいない。
どうせ他の人は飲まないんだし。
造ってくれた人に失礼だ。
まことに都合の良い理屈をつけて、手酌で菊水を飲みながら講義を受けた。



最後の方では酒と食べ物の相性なんてこともやる。
講師が皿に塩、チョコレート、レモン、海苔、唐辛子を載せて、それを食べると酒の味がどうなるか試すのだ。
しよっぱさ、甘さ、酸っぱさ、うまみ、辛さを味わうのである。
おお、いいね、そろそろ酒のあてが欲しいと思った頃なんだ。
酒だけを味わうのもいいけど、旨い酒は旨い物と一緒に楽しみたいじゃないか。
グラスに純米酒と純米吟醸が注がれた。
うむ、塩はやっぱり合うぞ。昔の人は塩舐めて酒飲んだって言うしな。
海苔はどうだ、うーむ醤油が欲しいな。
チョコレートは?だめだこりゃ、合わないよ。
レモンの酸っぱさは、・・・良く分かんねえな。
辛さも、・・・ダメだな。
やっぱり塩が一番だな。酒の旨さが引き立つ。
お、なんかチーズも出てきたよ。
チーズをつまみに日本酒を飲んだことはないな。
どれどれ、ふむふむ、まあ悪くないってところだな。
あれ、まだ全部試し終わってないのにグラスが空いちゃったよ。
おかわり欲しいなあ。
でも「お代わりください」って言うのもちょっと恥ずかしいな。
そんなことをしながら、最後にはかなり気持ちよくなってしまった。



だが、へべれけになるわけにはいかない。
1日の終わりにはテストがあるのだ。
テストは選択形式だが100点中70点が合格ライン。
「ここはしっかり覚えておいて。テストに出るよ」
フミが日本の先生のように話すところを、酔っぱらった頭で覚える。
そしてテストを受けて1日終了。
テストの答案はそのまま封をしてロンドンに送りそこで採点をされる。
最後には飲み残しの酒を持って帰っていいぞと。
わーい、おみやげ付きだ。



1日の講習が終わった後は、希望者を募って全黒の酒蔵へ。
机上の講習だけでなく、実際の現場を見るのは最高の勉強だと思う。
デイブはニュージーランドにいる唯一の杜氏だ。
実際に造っている人の話は良い教材でもある。
できることなら毎回、コースの後に酒蔵を見学したい、と講師のフミが言った。
でも今回クィーンズタウンで開催されたのは特別で、普段はオークランドで講義をする。



もちろん試飲もあり。
でも今日は充分に飲んだので、僕は早々に切り上げた。



実はこの話、10月後半の出来事なのである。
ボチボチと文を書いていたが、テストの結果が出るまで発表を控えていたのだ。
まあ十中八九は大丈夫だろうと思っていたのだが、万が一落ちたらシャレにならない。
その場に居合わせた人に「あんなに飲んだから落ちたんだよ」と言われるのは仕方ない。
でも何も知らない人に、わざわざ恥をさらすこともない。
先日、合格証書が送られてきた。
気になる点数は、90点で堂々合格。
講師のフミとも友達になり、「全部飲み干す人はなかなかいません」という有難い言葉をいただいた。



こうして僕はレベル1の酒士?となった。
この話もお蔵入りすることなく、ブログネタとなったわけだ。
めでたしめでたし。
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