あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

蔵開き

2021-03-16 | 酒人


2月の終わりの週末にトウィゼルでサーモン&ワインというイベントがあった。
全黒も出店するというので僕もクライストチャーチからトワイゼルに向かった。
全黒はアルパインサーモンという会社とコラボで店を出した。
酒とサーモンで、サケ&サケというわけだ。
そのサーモン屋さんがシソを欲しいというので、庭のシソをどっさりと持って行った。
温室の中のシソは育ちに育ち、ある程度引っこ抜かないと他の野菜を植えられないぐらいになっていた。
僕のシソはたいそう喜ばれ、余った物はクィーンズタウンへ行き、友達の食卓に並んだ。



このご時世でイベントや祭り事が世界中で中止になっている。
イベントは人間の心をもみほぐすのに必要なものだし、祭り事は神様に捧げる行事だ。
そういったことができない世の中というのは異常であり、憂うことだ。
人間というのは飯食って寝て働いてというのを繰り返してればいいのではない。
何かしら普段とちょっと違う催しは生きるうえでて必要なのだ。
トワイゼルのイベントもみんな待ち望んでいたのだろう、入場のゲートには長蛇の列ができた。
マウントクックからはタイ家族が来て旧交を温めた。
愛娘のアイリがうちのキュウリの大ファンなので、そのためにキュウリもどっさりと持ってきたのだ。
前半はそれほど忙しくなく僕もウロウロと他の店を覗いていたが、中盤になるとお釣りのコインが足りないとか、料理を乗せる紙が足りないという問題もでてくる。
そうなると両替に走ったり、紙を折って皿に並べたり、しまいには盛り付けの手伝いまでと何かと忙しい1日だった。



一度クライストチャーチに戻り仕切り直し、今度はクィーンズタウンのイベントに向かう。
世界で日本酒を広める人を応援する、みたいな企画がありその一環で全黒が主催でイベントを行う。
その名も『蔵開き』地元のソムリエ、ラグビーの選手などを招待して、日本酒をもっと知ってもらう。
お酒の紹介や利き酒、日本酒のカクテルあり、バーベキューあり、子供達のクリケットあり、ライブミュージックあり、それらをビデオに撮って日本に送る。
招待客やスタッフで60名ぐらいと全黒としてはビッグイベントだ。
僕もその為に数日間のクィーンズタウン滞在となり、蔵頭のアキさん宅に世話になった。
催しは日曜日だが準備は金曜日から始まる。
蔵の中の片付けや掃除、バーベキュー台を借りてきたり、まあ雑用である。
久しぶりにアキさんやユーマとバカ話をしながら働くのは楽しいものだ。





お昼には当日お客様にお出しするお酒のチェック。
日本からも何種類かお酒が送られてきていて、その味見。
いやあ、こういう仕事は最高だな。
ゆず酒、梅酒、スパークリング酒、そして純米吟醸。
僕らはこれらを飲んで唸った。
美味いのは当たり前だが、美味いだけではない。
精度が高いという言葉が当てはまるのであろう。
絶妙のバランスの上に成り立っている。
繊細さ、それこそピンポイントのバランス感覚だ。
造り手側の立場にいるが、これらの酒を造った人はすごいなと素直に思った。



イベント当日は何かと忙しい。
蔵開きは1時からで、準備は朝9時から始まった。
まずは会場の設営から。
テントを立ててバーベキューの場所を造って、テーブルなどの設置。
会場ができたら各自の仕事に分かれる。
僕はバーベキュー担当なので料理の下準備にかかる。
この日の献立がすごかった。
前菜にチーズ盛り合わせ、野菜スティック、トマト、ぶどう。
バーベキューはホワイトベイト(白魚)のフリッター、鹿肉ソーセージ、鳥の手羽焼き、牛ヒレわさび風味、ムール貝の酒粕味噌汁、酒粕ラムチョップ、ナスとマッシュルームの炒めもの、豚のバラ肉焼き、エビのニンニク焼き。
これらを僕とクレイグの二人で焼いた。
その横で先週のイベントでも一緒だったサーモン屋のスコットが鮭の刺身のポン酢あえを出す。
そして昔からの友達ヘナレがワカティプ湖で獲って、奴の小僧が作ったウナギの燻製。
最終兵器はブラフオイスター(生ガキ)まで、これでもかというご馳走だ。
ともあれ総勢60名分の量である。
下ごしらえだって時間がかかるが、そこで手を抜いてはいけない、見えない所をしっかりとやるのが本当の仕事だ。
肉を切り、余計な水分や油を拭き取って下味をつける。
野菜もあらかじめ切っておく。
ホワイトベイト用に卵の卵黄と卵白に分け、卵白を泡立てる。
そんなことをやりながら下準備が終わった頃、ボチボチと招待客が来始めて、蔵開きが始まった。





料理が始まると、そこからは忙しい。
とにかく焼くものが多いのだ。
次から次へとぶっ通しで2時間半、水だけ飲んで焼きまくった。
スピーチやら鏡開きやらやっているのを横目で見ながら、ひたすら焼く。
最後の料理エビのガーリック焼きを出し終えて、一段落。
調理場をざっと片付けて、やっと本日初めの一杯を口にした。
その頃になると場も適度に乱れ、招待客と話しをする余裕もでてきた。
サーモン屋のスコットは日本で寿司修行をした本格派。
以前はウェリントンで寿司屋をやっていたと言う。
ちゃんと味が分かる男で、今のニュージーランドでの日本食のあり方で話が合った。
実際に彼が商品として作っているポン酢は旨く、以前買った日本製のポン酢よりも美味かった。
そのスコットが先週のシソのお礼にと、サーモンを一匹くれた。
それもでっかいもので、ゆうに3キロ以上はあるようなものだ。
庭では何を育てているか、ゴボウはやっているか?ミョウガはどうだ?コンニャクは?なんて話しにもなるぐらい日本食通だ。
彼ともこれから親密な付き合いになりそうだ。





場が乱れきる前に、もう一つ仕事がある。
ギター生演奏生歌、ライブミュージックの時間だ。
先ずはハーモニカ付きでボブデュランのナッキングヘブンズドア。
二曲目は誰もが知ってるマオリのポカレカレアナ。
僕が歌っているすぐ脇には、樽があり全黒の無濾過生原酒が入っている。
曲と曲の間のMCの時に「このシステムはいいよねー」などと言いつつ、樽から手酌でコップに酒を注ぐと笑いが起こった。
ちなみにみんなが持っているグラスは試飲用のワイングラスに足がないようなお洒落なグラスだが、僕はコーヒー用のマグカップだ。
料理の時にそれで水を飲みながらやっていて、そのまま中身が酒になった。
取っ手がついているので落とさないという理由だが、誰も信じてくれない。
その酒をグビリと飲んだら、全黒のテーマソング。
この歌は酔っ払って適当に作ったんだが、ここまで歌うことになるとは思わなかったなあ。
そして締めはマオリの神の歌、アウエで終わった。





招待客もあらかた帰ると残ったのは身内で、そのまま打ち上げになった。
まだまだ美味い酒も肴も残っている。
まあいつもの顔ぶれでいつもの飲み会となったのだが、それが妙に心地良い。
蔵開きのイベントは大盛況で、良い仕事をした後の充実感が酒を進ませる。
僕はバーベキューと歌で、やり尽くした感満載。
解放感と久しぶりにみんなと会えた嬉しさも手伝い、ギターを持ち出して即興で何曲かやったらしい。
というのも僕の記憶は後半でプッツリ途絶えている。
そりゃ熱唱してハーモニカを吹いたら、その時点で酔いは回る。
そしてまた美味い酒が飲み放題なんだから酔わないほうがおかしい。
どうやって帰ったかも分からないが、気がついてみるとアキさん宅の居間で二人で水を飲みながら反省会をしていた。
さすがに二人とも、もうこれ以上飲めないというぐらいに飲んだので、ひたすら仕込み水をガブガブと飲んだ。
その水のおかげか翌日は二日酔いにならずにすんだ。
二日酔いにはならなかったが記憶が完全に戻るわけではない。
怖いのはヤバイ曲をやることだ。
僕の作る歌はとても外ではやれない、その人には聞かせられないというものが多い。
宴会芸の域なので洒落ですむぐらいだが、それでもネタになる人には聞かせられない。
酒だけでなく歌も辛口だ。
ある人をちゃかした歌を作り、その人に愛想良く挨拶されて「ああ、この人は俺があんな歌を歌ってるなんて知らないんだなあ」と一瞬だけ反省したこともあった。
アキさん曰く、その日の歌はギリギリセーフだったらしい。
もう一つ気がかりだったのは、最後の片付けの辺りの記憶が完全に飛んでいる。
みんなが片付けしている時に、一人で一升瓶抱えて寝てたらダメじゃん。
アキさんが言うには「なんかパタパタ動いて片付けしてたよ」ということでちょっと安心。
へべれけになっていても、やる時はやるんだ。やるじゃん俺。



宴の次の日はゆっくりスタート。
本来ならもう1日片付けのために滞在を、というところだが用事があってクライストチャーチへ戻る。
別れ際に杜氏のデイビッドがしみじみと言った。
「やっぱみんなが集まって一緒に飲んで食って笑顔になるっていいよね」
全くその通りだ。
そもそも人は美味い物食って旨い酒飲んで、怒れない。
どうしても笑顔になる。
その笑顔がこの腐りきった社会を救う。
クリストチャーチへのお土産はスコットがくれたサーモン。
シソがサーモンに化けて、わらしべ長者みたいだとみんなにはやされた。
わらしべ長者は交換し続けて長者になったが、僕は貰ったサーモンを仲間や友達と一緒に食っちまった。
長者にはなれないが、仲間と一緒に旨い物を食べて笑顔になる。
これこそがライブであり、その瞬間ごとの喜びが財産なのだと思う。
たとえ覚えていなくても‥。

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