■長い長い時間を供に生きてきた妻が死んだ
二人の青春時代は 戦争の真っ只中だった
少ない食べ物を分け合い 必死に生きてきた
平和な時代に子供を授かり 血筋の絶えないことに 幸せを感じた
妻への感謝は 言葉にならなかった
■自分の全てを受け入れてくれた妻が死んだ
自分が悲しい時は 傍にいて妻も悲しんだ
自分の怒りは 妻の怒りでもあった
喜びも二人で分かち合い 希望もそうだった
抱きたいときに妻を抱き お互いに背を向けているときは
自分の世界にいるときだけだった
妻への最期の言葉は
「ありがとう」だった
■いつまでも一緒にいる筈の妻が 幼子を残して死んだ
残された夫は いつでも子供の後ろに妻を見た
子供を育てながら いつも妻といることを思った
時がたち 彼は病院で年老いたその身を横たえていた
そしてその最期を 娘とその息子に看取られながら
想い出の中の妻に「また逢えるね」と言った
■一生を誓う筈の恋人が死んだ
思い出は 美しいままだった
後悔は 鉛の塊を引きずるようだった
女友達は彼を避けるようになった
仲間も遊びに誘うことが無くなった
見えるものはモノクロになり 聞こえるものはただの音だった
そんな彼を心配して 昔からの知り合いがメールをくれた
慰めかと思ったら 遠慮会釈の無い言葉が並んでいた
彼は苦笑いをしながら携帯をしまうと 空に向かって
「もう君を忘れてもいいかい?」とつぶやいた
■世界の多くの人にその名前が知られている妻が死んだ
ニュースは200に近い国を駆け巡り 妻の夫はその妻の死で
自分の名前と素顔が 世界中に流れたことを知った
夫は 100回以上世界のメディアのインタビューを受けて
妻との半世紀の暮らしについて語り
繰り返し妻の業績と偉大さと 妻を支えてくれた 全ての人たちへの感謝を述べた
葬儀の前日 メディアも関係者も引き上げた安置所で 妻の棺に語りかけた言葉は
「やっと二人っきりになれたね」だった
■橋の下で浮浪者の女が死んだ
そばにいた男が その女の顔を抱いたまま大きな声で
「あうっ」「おうっ」と泣き叫んだ
男のそれは 駆けつけた救急隊員に引き離されるまで続いた
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