創作日記&作品集

作品集は左のブックマークから入って下さい。日記には小説、俳句、映画、舞台、読書、など…。そして、枕草子。

「眠っている間に(全)」をUPしました。

2008-09-23 14:53:53 | 創作日記
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眠っている間に 11 最終回

2008-09-23 14:23:36 | 創作日記
 泡

 スーパー浦西で突然私は壊れた。レモンを囓り、バナナを卑猥に食べた。店長が私を事務室に連れて行った。
「どうしたのですか?」
「私は時々壊れる」
「壊れる?」
「前は中学の時、教室で壊れた」
「どうしますか?沢山のお客さんが見ていましたからね」
「すいません、辞めさせていただきます」
「残念ですが。少し待って下さい。精算しますから」
 精算という言葉がおかしかったので笑った。もう娼婦に戻れないし、死のうかなあと思った。太郎も、あの泣いた夜の次の日から帰ってこない。太郎なんていたのだろうか。眠っている間に生まれて、残像が少し残って、また、眠っている間に帰って行く。給料をもらって事務所を出た。店内は今までと違う世界のように見えた。青木さんの背中に頭を下げて、スーパー浦西を出た。もう秋の気配が濃い。嫌な冬も駆け足でやってくるだろう。
 四年ぶりに母が来た。
「よくここが分かったね」
「朱雀が好きそうな町だから」
「そう、浦西は私が好きそうな町。入って」
 私はドアを開けた。
 二人は黙って向かい合いながらビールを飲んだ。
「一人なのね」
「そうよ」
「仕事は?」
「今日辞めた。壊れたから」
「壊れた?」
「うん」
 母は暫く黙ってヒールを飲んでいた。私は冷蔵庫からハムを取り出して切った。それとビールを二本。
「壊れるから、生まれるのよ。崖の上のポニョを観たの」
 母は背中を向けたまま言った。
「お母さん、映画なんて観るの」
 ハムの皿とビールを持った私が言った。
「観るわよ映画ぐらい。子供が一杯だった。ポーニョ ポーニョ ポニョ さかなの子 青い海からやってきた 」
 やっぱり音痴だ。
「映画の中で『みんな泡から生まれる』というセリフがあるの」
「泡から生まれる…」
「パチンと泡がはじけて、もう昨日には戻れない。眠っている間に、また、明日の新しい泡が浮かぶ」
 母はそう言って、新しいビールのふたを開けた。

          2008/09/23     了

眠っている間に 10

2008-09-23 08:46:44 | 創作日記
 青木さん 2

 青木さんの家は四軒つながった長屋の一番左だった。小さな家だ。中は二間。私のアパートと同じだ。スーパー浦西で買ってきた総菜をテーブルに並べた。ガラッと戸が開いて、ごま塩頭の男が顔を出した。
「お帰り」
 男は急いで戸を閉めた。
「夫よ。恥ずかしがり屋なんだ」
 青木さんは携帯電話をかけた。部屋の隅に行って、何か喋っている。
「すぐにうるさくなるよ」
 携帯電話をたたんで青木さんは言った。
ご主人はうつむき気味にテーブルについた。テレビのチャンネルを変えたりしている。三人でビールを一本空けた頃から、ご主人は急に饒舌になった。なるほどうるさくなった。仕事はトラックの運転手。
「お子さんは?」
 と、聞いた。
「高二の男の子。今は塾に行っている」
「鳶が鷹を生んだといきたいところだが、やっぱり鳶は鳶」
 と、ご主人。
「大学は誰でも入れる時代だから、行かせてやりたいね。私は中学しか出ていないからね」
 ご主人はビールから焼酎に変わっている。
「ただいま」
 男の子が帰ってきた。
「お帰り、一緒に食べよう」
「いいよ」
 男の子は机の前に腰掛けた。青木さんは総菜を皿に取り、大きな茶碗にご飯を大盛りにした。
「よく食べるのよ」
 と、青木さんは笑った。

 青木さんの家の話をしたら、急に太郎が泣き出した。泣くようなことは何もないのに、太郎は泣いた。太郎のことを何も知らない私は、一緒に泣くことしかできない。二人はただ泣いていた。

眠っている間に 9

2008-09-22 20:25:04 | 創作日記
 空洞

 太郎との生活にひずみが出来た。太郎は外に出なくなった。風呂にも入らなくなった。私も一日中部屋にいた。二人はにおい出した。太郎がいなくなった。服に血をつけて帰ってきた。
「どうしたの?」
と、私が言うと、
「どうしても」
と、太郎は言った。
 近くで人が殺された。
「あなたじゃないの?」
と、聞くと、
「そうだよ」
と、太郎は答えた。
 目が覚めた。いつもより、30分遅い。トイレにも洗面所にも太郎の名残はない。卓袱台も、キッチンも片付いている。完璧に。誰もいなかったように。夢だった。夢と現実はそれほど違うのだろうか。いつでも振り子のように入れ替わる。

眠っている間に 8

2008-09-22 19:54:41 | 創作日記
 青木さん 1

 娼婦の仕事が急に嫌になった。あの仕事をするぐらいなら死んでもいいと思った。男の匂いがたまらなく嫌になった。でも、働かなくては生きていけない。太郎に食べさせてもらうわけにはいかない。太郎とはそんな関係ではない。新聞のチラシにあった。スーパー浦西。時給700円。私は初めて履歴書を書いた。
 ××短大卒業。職歴なし。
 店長は若い男だった。24才の私とたいして違わないだろう。
「まずレジをお願いします」
 青木さんを紹介された。50才ぐらいのおばさんだった。私は並んでおばさんの仕事を見ていた。しわがれた声。風邪を引いているのかと思ったが地声らしい。バーコードを読み込ませる。物によっては入力する。客からのお金を入力する。釣り銭が自動で出てくる。レシートと釣り銭を客に渡す。例外もある。レジで50%引きなら、レジ打ちが複雑になる。総菜などバーコードがない物は一覧表を見る。青木さんはほとんど見ない、覚えているのだ。バーコードがない商品も結構多い。これは大変だ。私に出来るかしら。私は頭が悪い。
「大丈夫よ。なれだから」私の心の中を見透かしたように青木さんが言った。客が途絶えたとき私がレジに入った。青木さんが横に立つ。青木さんが簡単にこなしていた仕事は私には簡単ではない。バーコードが一度で読めない。焦ると二度読んでしまう。客の怪訝そうな目が私を射るように見る。目を皿のようにしてレシートを見る。主婦ってなんて意地が悪いのだろう。一日が終わるとくたくたになった。でも気持ちがいい。とても。
「ありがとうございました」と言っても、青木さんは黙っていた。青木さんは遅番であと1時間残る。
 一週間経って、一人でレジに立った。気を抜くとあっという間に客が並ぶ。二人以上並ばすながノルマなのに。
「家に遊びに来ない?」
 青木さんが言った。レジに並んでいた時以外ほとんど話すことがなかった。青木さんと言うより、私は店の人とほとんど喋らなかった。昼食は外でパンを食べていた。店員のほとんどが店で買うのに、私はコンビニで買った。変な子だと思われているだろう。でも、娼婦だなんて誰も思わないだろう。でも、娼婦だよ。
 何時もなら断った。でも、青木さんには借りがあった。うなずいてしまった。

眠っている間に 7

2008-09-18 18:50:18 | 創作日記


恐がりの私は滅多に怪我をしないのに、スライス器(正しくはなんて言うのだろう。キュウリをスライスしたり、山芋をすり下ろしたりする調理器具)で親指の先を切ってしまった。血が出て痛かった。テープを貼ると少しましになった。二日目テープを取るとまだ血が出た。痛みもある。四日目には直っていた。傷跡もなかった。私の傷を治したのは私の中にある命だと思う。生命の営みだと思う。私の中で無数の命が動いている。命が私をつくっている。私はうずくまり、私の中で起こっていることを感じようとする。目を閉じると、無数の命が見える。無数の命を感じる。生きているのが怖い。

「風花」 川上弘美著

2008-09-18 09:47:00 | 読書
図書館で長い間順番待ちだった。今も、私の後ろに5人待っている。早く返却しなければ。最初は男性像が、「しょうがの味は熱い」綿矢りさ著(2008年文学界8月号)に似ていると思ったが、作品の後半は全く違っていた。長篇と短篇の違いはあるが、主人公の成長と同時に夫も変わっていくのである。この小説はお互いに向き合うことの大切さを教えてくれているように思った。文章も素晴らしく、構成も巧みだ。

眠っている間に 6

2008-09-16 19:38:47 | 創作日記
扇風機 2

太郎が扇風機の羽根を拭いている。とても丁寧に。終わると二人できれいな風に当たった。耳を澄ますと、秋の虫の声がする。私は太郎にもたれかかって虫の声を聞いた。「あの虫いつまで生きるんだろう」と太郎が言った。「永遠に生きるよ」と私は言った。一日でも永遠。太郎は黙って私の髪を撫でた。死ぬのなんて怖くない。

崖の上のポニョ

2008-09-14 20:05:44 | 映画・舞台
夏休みも終わったウィークディに観てきました。妻「崖の上のポニョ60才以上二人」。私「アホ、シニアと言わんかい」。妻「そんなん急に出てこうへんやん」。前にも書いたが、この映画館は60才以上を証明するものがいらない。この心遣いがとても嬉しい。生ビールを買ってGO。鞄の中には糖質0のビールを一本。映画館の中は5人。感想は、宮崎監督の世界観が、強く出た作品だと思った。子供に分かるかなあ。昨日、孫が来た。 「崖の上のポニョ」 の絵本を買って待っていた。ダブルブッキング。孫たちの感想に驚いた。目を輝かせて、「崖の上のポニョ」を語るのだ。5才の姉と4才の弟。難解だと思う「フジモト」もきっちりと理解している。おじいちゃんは啞然。これは子供に分かる映画なのだ。何とか賞を取れなかったの当たり前。メッセージはきっちりと子供に届いていますよ宮崎監督。次作を孫と一緒に楽しみにしています。次は一緒に観たいなあ。