創作日記&作品集

作品集は左のブックマークから入って下さい。日記には小説、俳句、映画、舞台、読書、など…。そして、枕草子。

眠っている間に 4

2008-08-18 10:05:30 | 創作日記
 リモコン

 私は父親を知らない。一卵性双生児のような母親に育てられた。私が二十歳になった時、当然のように母子は別れた。それから一度も会っていない。
 雨の音で目覚めた。ドアを小さく叩く音がした。ドアを開けると、見知らぬ男が立っていた。右手にリモコンを持っている。私はずいぶん前から男が父親だと知っている。

言魂(第十信 ゆたかな沈黙)  石牟礼道子・多田富雄著

2008-08-17 19:34:17 | 読書
「一石仙人」に関する返信が素晴らしい。作家の想像力は凄いの一語だ。言魂のやりとりは、「何とぞまだ死なないで下さいませ」で閉じられる。だが、この言魂は第一信に帰る。終わることのない魂の交換として。

言魂(第九信 また来ん春)  石牟礼道子・多田富雄著

2008-08-17 16:02:42 | 読書
「能の見える風景」・多田富雄著が届いた。写真も素晴らしい。ゆっくりと読もう。京都東寺への旅は苦難の旅だったと同時に歓喜の旅だった。塔を背景に、多田先生作の奉納野外能「一石仙人」が演じられる。圧倒される文章は、今、目の前で「一石仙人」が演じられているようだ。苦の先に辿り着いた歓喜。以下引用する。「袖を巻き上げた一石仙人が金堂の扉に吸い込まれた瞬間、金堂内陣に灯りが煌々と点き、立体曼荼羅を照らした出しました。宇宙の中心たる大日如来の姿が、劇的に浮かび上がったのです」。

言魂(第八信 花はいずこ)  石牟礼道子・多田富雄著

2008-08-17 09:53:09 | 読書
苦海浄土を少しずつ読み始めている。私にとって二種類の本がある。読み進めるに従って、先細りになって行く本と、読み進めるに従って、広がって行く本である。「言魂」は後者である。分からないから繰り返し読む。「花」とは何だろう。美的願望、芸術的本能、自己哀憐。舞台の花。

言魂(第七信 自分を見つめる力・能の歌と舞の表現)  石牟礼道子・多田富雄著

2008-08-15 10:48:29 | 読書
闘病の記録を二つ読んだ。「あと三ヵ月 死への準備日記」・戸塚洋二(文藝春秋九月号)とこの第七信である。現役の時私は病院薬剤師として注射薬の混合をしていた。化学療法の薬品は最も慎重を要した。プロトコール(薬品の用法用量・投与時間等)は登録制として登録以外のプロトコールは禁じられていた。薬品の混合はクリーンベンチで薬剤師が二人で行い、一人が混合、もう一人が確認をする。ミスは許されない仕事だった。副作用は頭で知っていても、患者の側にいることはなかった。「あと三ヵ月 死への準備日記」で化学療法は死闘であると実感した。第七信も凄まじい闘病の記録である。自分なら狂ってしまうだろう。多田先生には、生きる目的、残しておきたいものがある。極限の自分を見つめるもう一人の自分に気づいたと書いている。

言魂(第六信 いのちのあかり)  石牟礼道子・多田富雄著

2008-08-14 15:56:53 | 読書
「能の見える風景」・多田富雄著をAmazonに注文。能の世界が知りたくなった。節約しなければならない身でも、読書の欲求には負けてしまう。この頃特に生きているということの不思議を感じる。「生物と無生物の間」福岡伸一著、「タンパク質の一生」永田和宏著、「免疫の意味論」多田富雄著等を読んでも、生命の巧妙さに唖然とする。それは神秘的ですらある。この不思議を知れば、自殺や殺人を思い止まるのではないだろうか。一人一人にかけがえのないいのちがある。

時の廻廊(全)」

2008-08-13 09:42:21 | 創作日記
「時の廻廊(全)」をUPしました。感想を聞かせてください。 左のリンクをクリックしてください。左クリックで直接、右クリックでダウンロードできます。もし見られないならここからアクロバットリーダーの最新版をダウンロードしてください。

言魂(第五信 ユタの目と第三の目)  石牟礼道子・多田富雄著

2008-08-13 09:13:03 | 読書
能は素人である。「能」は死者の視点が中心にあるらしい。だから、いつの時代でも、「能」の創作、上演は可能だと思う。戦争、公害、政治、世相、他にも累々と死者が言いたいことがある。言い残したことがある。
「沖縄残月記」は
月は昔から変わること無さめ
変わって行くものや人の心
という琉歌で、謡い舞う。「月」と融合し、芸術に昇華する。

眠っている間に 3

2008-08-12 16:17:45 | 創作日記
 戻れない場所

「ただ乗りはあかんよ」と言うと、男は初めて笑った。
「大丈夫。日当十日分」
「嫌なら帰ってもいいよ」
 男は所定のお金を払った。唇の薄い男だ。細いフレームの眼鏡をかけていた。
「女は知らん。機会がなかった」
 私は応えなかった。男は卑屈な笑いを浮かべた。
「仕事をクビになった。金が尽きたらホームレスよ。他人ばっかりの都会で、僕はよう生きていかん。誰も知らん奴ばっかりや」
「シャワーを使う?」
「そうだね、蒸すね。梅雨入りしたのかなあ」
 リュックサックにナイフが三本入っていた。剥き出しではなくきちんと包装されていた。
 性器が触れ合うこともなく男は果てた。
「もう一度する?」
 男はまた、卑屈な笑みを浮かべて、首を振った。煙草を勧めたが、「吸わない」と言った。「吸ったこともない」
「家には帰れんし、都会の迷路で野垂れ死に」
「誰でもそうよ。一歩先は」
「何で生きているんだろう俺たち」
「俺たちか…」
「ごめん。友達なんて一人もいない。みんなそうだよ。一人一人がバラバラ。不安だから群れているだけ」
 煙草の煙を見上げながら男は言った。
「死んでしまえば」
 私は言った。男は黙って私を見た。そして、私の煙草を取って吸った。激しく咽せた。
 帰り際、「ありがとう」と、男は小さく言った。二度と会わないという約束を忘れた。男とは会うことはないだろ。どこかへ行ってしまう。二度と戻れない場所に。

言魂(第四信 いまわのきわの祈り)  石牟礼道子・多田富雄著

2008-08-12 10:59:47 | 読書
ところかまわず投棄される産業廃棄物。水俣はなおも増殖し続ける。チッソに時効はない。戦争、原爆と人を殺し続ける。それは誰の罪か。素知らぬ顔で投棄する人の罪。利益だけを優先して、毒を垂れ流す企業の罪。戦争を起こす政治の罪。苦海に暮らす人々は、浄土に生きる。半分殺されても生きる。
「さあ、踊って見せようぞ、婆が見本ぞ」と、踊り出す。
舞え舞えかたつぶり
舞わぬものならば 
ほれ、馬の子や牛の子に 
くわえさしょ 
ふませもしょ 
ほれ