創作日記&作品集

作品集は左のブックマークから入って下さい。日記には小説、俳句、映画、舞台、読書、など…。そして、枕草子。

小説 「居酒屋やすらぎ」

2013-08-31 06:43:38 | 創作日記
小説 「居酒屋やすらぎ」をネット公開しました。パブー(Puboo)でも、池窪弘務書店でも読めます。
「定年の帰路、田代順平は路地の奥にある居酒屋に入った。初めて入った店で、そこには、変人の主人と奇妙な客がいた」。様々な人生が行き交う居酒屋。主人公の人生と交錯します。言葉を最小限に切り詰めた新しい文体に挑戦しました。


「文体」そして安部公房

2013-08-30 07:07:27 | 創作日記
「補厳寺参る」を書き終えて、あらためて「文体」を考えました。長い間小説を書いてきて、そのつど意識して文体を変えました。文章は平易になり、難しい漢字(識らないのかも)は出来るだけ使わないように心がけています。漢字はワープロで書いていると難字を使いがちです。次に文章の簡潔さを目指しました。それを試したのが「居酒屋やすらぎ」です。まだネットにUPしてませんでした。近々公開します。今回の「補厳寺参る」はかなり具体的にディテールを書き込んだつもりです。NHKドキュメンタリーで宮崎駿監督が言ってました。「ディテール、ディテールしかないんですよ」。ディテールが集まって一つの作品になる。文体もディテールそのものです。
僕は初めて安部公房の言っていたことが分かったような気がする。

補厳寺(ふがんじ)参る エピローグ

2013-08-29 06:45:35 | 創作日記
薪能から何日か経って、僕は役場に住民票を取りに行った。戸籍住民係のところに、和助さんが座っていた。こちらに向かって、ぺこっと頭を下げた。和助さんは町(ちょう)の公務員だった……。
「住民票ですか?」
僕は頷いた。和助さんは書類を持って、カウンターの中から出てきた。
「こちらにどうぞ」
連れて行かれたのは会議室だった。テーブルが二つ、窓際に白板。
「この書類に必要事項を書いて下さい」
用紙と、ボールペンを差し出した。女の職員が入ってきて、お茶を置いた。特別待遇だなあと思うと、ちょっと、緊張した。
「どうも先日はお疲れ様でした」
書き終わるのを待って、和助さんが言った。そして、電話をした。
「住民票の手続きを頼む。ごめんね」
和助さんは、戸籍住民係で少し偉いのだ。
「免許証か保険証かお持ちですか」
僕は免許証を渡した。和助さんは僕の前に腰掛けた。
女の職員が入ってきて、書類と免許証を持って行った。ノックもせず、無言だった。ちらっと、和助さんを睨んだ。
「補厳寺のことは町(ちょう)の仕事ですか?」
なにもかも仕組まれた演出かもしれない。そんな疑惑が頭をよぎった。
「ええ、そうです」
和助さんは即答した。
「不思議な体験でした」
僕は言った。
「何かあったんですか?」
和助さんは首をかしげた。考えれば、不思議なことが起こった時、和助さんはいなかった。和助さんはなにも見ていないのかもしれない。
「補厳寺の行事には、金を使わないが命令でして。なんせ、町(ちょう)は毎年赤字でして、今度も、私の超過勤務が主な経費でしよう」
和助さんは前と打って変わって饒舌だった。
「超過勤務手当で、家族で焼き肉に行きましたよ。私は和食の方が、好きなんですけれどね。一番下のガキが肉が好きで」
「おこさんは何人ですか?」
僕も愛想の質問をした。
「4人です。貧乏人の子だくさんで」
その時、音もなく女の職員が入ってきて、僕の前に書類と免許証を置いた。僕は席を立った。和助さんは、役所の出口まで送ってくれた。一旦停止の標識でとまると、バックミラーに手を振っている和助さんが見えた。僕もウィンドーを下ろして、手を振った。

                      補厳寺(ふがんじ)参る 了




補厳寺(ふがんじ)参る 第三話 世阿弥舞う5

2013-08-28 07:27:09 | 創作日記
家に帰ると、妻は先に帰っていた。
「阿茶(あちゃ)様とどこへ行ったの?」
「あの子が阿茶(あちゃ)様なの」
僕は頷いた。
「とても楽しそうだった。私も楽しかったなあ。神社に行ったの」
「神社、近くの」
「近くとか、遠くとか、そんなの分からない」
「まあ、いいよ、神社へ行ったの」
「大きな木があって、沢山いたよ」
「何が?」
「分からないわ。でも、子供よ。女の子も男の子も。木の枝に腰掛けたり、葉っぱから葉っぱに飛び回っていた」
「あれは杉の木だね」
「知らない」
「まあ、いいよ、続けて」
「悪いけど、眠たいの」
確かに、妻の目はとても眠そうだった。
「それじゃ、明日聞くよ」
「ごめん、お休みなさい」
妻は2階に上がって行った。子供たちがみんな出て行って、小さな家も広くなった。妻は2階で、僕は一階で寝る。家庭内別居。
次の日、妻は、とても遅く起きてきた。急いで昨日の続きを聞いた。妻は何も覚えていなかった。自分が昨晩話したことも。

補厳寺(ふがんじ)参る 第三話 世阿弥舞う4

2013-08-27 06:33:09 | 創作日記
門の中には、竹で作った舞台が出来ていた。篝火がいくつも燃えていた。舞台の正面に松の絵が掛かっている。
「渡り廊下は、橋掛かりになっております。あそこを通って、あの世からやって来ます」
耳元で、和助さんが囁いた。橋掛かりの先は本堂である。廊下には松の盆栽が3つ置いてあった。鼓の音が鳴り始めると、ざわめきは収まった。謡(うたい)が始まる。さっと、橋掛かりの幕が上がると、童子の面をつけたさっきの老人がしずしずと舞台中央に歩み出る。
「世阿弥様です」
和助さんが言った。そして、パンフレットを渡した。
「それ青陽の春になれば 四季乃節會の事始め
 不老門にて日月の 光を天子乃叡覽にて
 百官卿相に至るまで 袖を連ね踵を接いで
 その數一億百餘人……」
「鶴亀です」
さっぱり分からない。曲の調子が変わった。
「「蝉丸」です。盲目のため帝(みかど)から逢坂山に捨てられた蝉丸と、狂い出た姉の逆髪宮(さかがみのみや)の琵琶の音にひかれての再会の物語です」
蝉丸はうつむき加減で舞う。
「蝉丸は盲目です」
和助さんが言った。
ひとしきり舞って、蝉丸は、橋掛かりに消える。
「逆髪宮(さかがみのみや)です」
次に橋掛かりから女面をつけた世阿弥が現れる。まさに美しい女人が舞い降りた。
「再会の場です」
和助さんは目頭を押さえた。泣いている。調子が速くなる。くるりと舞うと、蝉丸の面になる。逆髪と蝉丸がめまぐるしく変わる。逆髪がゆっくりと、面を上げる。泣いている。僕は、「凄い」と声を出していた。またゆっくりと面を下げる。次に顔を上げると、蝉丸の面に。いや、面ではなく、そこには、再会に歓喜の涙を流す姉と弟の姿があった。次に別れの場面に移る。僕は舞台に引き込まれていた。妻の姿が、目の隅によぎった。振り返ると、少女と手をつなぎ、門に向かって走って行く。阿茶(あちゃ)様だった。妻を追おうと思ったが動けなかった。舞台は、蝉丸の舞いになっていた。正面を向いて、どんと足踏みをした。上から、ゆっくりと翁の面が降りてきた。蝉丸の面を外し、翁につけ替える。
「これやこの 行くも帰るも分かれつつ 知るも知らぬも逢坂の関」
そして、少し足を速めて、橋掛かりに消えた。一瞬に、篝火が消えて、真の闇になった。
「お送りします」
和助さんの声がした。


補厳寺(ふがんじ)参る 第三話 世阿弥舞う3

2013-08-25 06:14:27 | 創作日記
誰かが挨拶を始めた。町長選の時によく聞いた声だ。
「補厳寺は町の宝でありまして」
「よく言うなあ、ほったらかしにしよって」
老人が言った。
「どちらにお住みですか?」
妻が聞いた。
「補厳寺にお世話になっています」
妻は不思議そうな顔をした。補厳寺は無住だと知っていた。
「お一人ですか」
「ほっ、ほっ、沢山といるといえばそうだし、一つだといえば一つですよ」
老人は、奇妙な笑い声を立てた。澄んだ鈴の音みたいだ。妻もつられて笑った。
「お食事も大変でしよう?」
「ほっ、ほっ、娑婆の人は大変だね。私は食べることもない、眠ることもない、しがらみが何もないのです。ほっ、ほっ」
妻は老人が正気でないと思ったのだろう。話を変えた。
「私、能は何にも知らないんですよ。ノー」
「ほっ、ほっ」
親父ギャグが分かっているのだろうか?
「分かるように舞いましよう」
妻は、2,3回ブランコを漕いで、「はっ」と言って飛び降りた。代わりに僕がブランコに座った。挨拶は終わっていた。
「始まりますよ」
僕は言った。
「そろそろ行きましようか」
いつの間にか、能面をつけていた。

子供の面だと分かった。すっと立ち上がった老人は童子になった。
「月光がさしても目に見ることは叶わない。月にうとく、雨の音も聞くことができない藁家の暮らしは本当にわが身ながらもいたわしいことだ」
謡いながら、補厳寺の門に消えた。



補厳寺(ふがんじ)参る 第三話 世阿弥舞う2

2013-08-24 06:00:00 | 創作日記
九月に入ると、一斉に蝉は鳴くのをやめた。死んだ。でも、時々真夏日がある。妻は浴衣を着た。九月も半ばを過ぎたのに、その日も暑かった。
「今頃、浴衣は変かしら」
といいながら浴衣に決めた。
「浴衣の君は ススキのかんざし」
歌うには、年がいきすぎている。吉田拓郎も年がいっただろうなあ。
ー浴衣のばあさんは 枯れススキのかんざしー
ドアホンが鳴った。妻が出た。
「お迎えに参りました」
和助さんの声がした。
外はまだ明るい。和助さんは妻の浴衣姿にどぎまぎしていた。この人はばあさんが好きなのか。いつもの寡黙に輪をかけて、地面を睨んで歩き出した。
「私も行っていいのかしら」
妻は屈託なく話しかける。
「誰でも」
「いいのね?」
「へい」
途中で、同じ団地の奥さんに出会った。団地から出かけるのは国道の方に歩くのが普通なのにと不思議に思ったのだろう。
「味間(あじま)」
妻は答えた。
「へえ、知り合いでもいるの?」
「補厳寺、薪能(たきぎのう)を観に行くの」
「私も行きたい。ちょっと待って。旦那に言ってくるね」
こんな感じで、女は三人になった。姦しくなった。男はその前を黙々と歩いた。薄い墨が空気に混じるみたいに闇が降りてきた。補厳寺のあたりが少し明るい。
橋を渡る。地蔵には蝋燭が燃えていた。秋桜が供えてある。
児童公園に人は集まりつつある。老若男女、子供も多い。

この公園にブランコなんかあったっけ。ブランコに老人が座っていた。「生きる」の志村けん、違った、志村喬(しむらたかし)みたいに。でも、老人は小さく、美しかった。どこかで見たことがある。すぐに、庫裡にいた老人だと思った。妻が隣のブランコに腰掛けていた。いつの間に追い抜いたのだろう。
「月は美しいのお」
老人は空を見上げながらいった。妻は老人の目線を追った。いつの間にか月が出ていた。中秋の名月。小さな村の外れにもあまねくその光は降り注いでいた。

64(ロクヨン)・横山秀夫著

2013-08-23 06:00:00 | 読書
私は国内ミステリーをあまり読まない。嫌いな分野ではないが、読んでよかったと思う本にほとんど出会わないからです。64(ロクヨン)は評判になっていたから、読んでみようと思った。図書館に予約をした。待ち人数は凄かった。いつ順番が回ってくるんだろう。予想通り、三ヶ月以上かかった。まず、本の分厚さにひるんだ。それに、しっかり古本になっている。でも、読み出したら、夢中になった。面白くて、深い。予想出来ない展開。しかし、張り巡らされた伏線は破綻することなく見事につながっている。唸るしかない。素晴らしい一冊に出会った。

風流夢譚・深沢七郎著

2013-08-22 06:34:47 | 読書
朝日新聞に下のような記事が載った。
ー「風流夢譚」電子化で解禁 半世紀前、テロ誘発した作品ー
興味を持ったのは作品の内容と電子書籍という点。作品は深沢七郎(1914~87)の小説「風流夢譚(むたん)」です。作品がテロ(風流夢譚事件)を誘発、作者自らが封印したといういわくつきの作品です。私には、作者が主義主張を振りかざして書いた小説には思われないのですが。世の中が過敏に反応したと……。でも、事の是非は別として、彼の書いたことは今もタブーですね。
また、当時の編集者の一人が志木電子書籍の京谷六二(きょうやむに)代表(51)は当時の編集者の息子であるというのも、作品への思い入れを感じます。
すぐに志木電子書籍のホームページへ。ここから購入は出来ませんでした(立ち読みは出来ます)。思うに、電子書店リンクから書店を選び、購入するシステムらしいです。紀伊國屋BookWebでは該当する本がなく、BookLiveから購入しました。iPadで無料のアプリをインストール。アイコンが出来て読むことが出来ます。
作品の内容については、読者の思想、主義により受けとめ方も異なります。それはともかく、導入部分は見事です。
「私の腕時計は腕に巻いていると時刻は正確にうごくが、腕からはずすと止ってしまうのだ。私は毎晩寝る時は腕からはずして枕許に置くので、針は止って、朝起きて腕につけると針はうごきだすのだ。だから、「この腕時計は、俺が寝ると俺と一緒に寝てしまうよ」と私は言って、なんとなく愛着を感じていたのだった」。思わず引き込まれます。それと、志木電子書籍に注目しました。電子書籍の考え方が私と近いことです。電子本「枕草子」の出版を相談しようと思います。

補厳寺(ふがんじ)参る 第三話 世阿弥舞う1

2013-08-21 06:49:16 | 創作日記
「補厳寺からメールが来ている」
僕の独り言に妻が反応した。
「今度は何?」
「薪能(たきぎのう)だって」
「季節もいいし、きれいだろうな」
「行く?」
「行ってもいいのかしら?」
「別にかまわないんじゃない。でも、何で檀家でもないのにお知らせが来るんだろう?」
「ダイジも違うし」
ダイジとは、大字(おおあざ)のこと。僕の家の住所にもついていた。実際に書いたことはない。僕らは結婚して、この団地にやってきた。村がなくなり、今でも地の人は地域を大字で呼ぶ。妻は地の人間ではないが40年も住んでいれば習慣に染まったのだろう。僕はいつまでたってもなじまなかったけれど。僕は慣れない手つきでiPadを操作してメールを読む。
補厳寺(ふがんじ)参る。九月十九日、午後六時より。薪能(たきぎのう)「世阿弥舞う」。シテ 世阿弥。並びに月見の会。
「お月見もね。中秋の名月は、今年は確か十九日よ」
妻が弾んだ声で言った。