九月に入ると、一斉に蝉は鳴くのをやめた。死んだ。でも、時々真夏日がある。妻は浴衣を着た。九月も半ばを過ぎたのに、その日も暑かった。
「今頃、浴衣は変かしら」
といいながら浴衣に決めた。
「浴衣の君は ススキのかんざし」
歌うには、年がいきすぎている。吉田拓郎も年がいっただろうなあ。
ー浴衣のばあさんは 枯れススキのかんざしー
ドアホンが鳴った。妻が出た。
「お迎えに参りました」
和助さんの声がした。
外はまだ明るい。和助さんは妻の浴衣姿にどぎまぎしていた。この人はばあさんが好きなのか。いつもの寡黙に輪をかけて、地面を睨んで歩き出した。
「私も行っていいのかしら」
妻は屈託なく話しかける。
「誰でも」
「いいのね?」
「へい」
途中で、同じ団地の奥さんに出会った。団地から出かけるのは国道の方に歩くのが普通なのにと不思議に思ったのだろう。
「味間(あじま)」
妻は答えた。
「へえ、知り合いでもいるの?」
「補厳寺、薪能(たきぎのう)を観に行くの」
「私も行きたい。ちょっと待って。旦那に言ってくるね」
こんな感じで、女は三人になった。姦しくなった。男はその前を黙々と歩いた。薄い墨が空気に混じるみたいに闇が降りてきた。補厳寺のあたりが少し明るい。
橋を渡る。地蔵には蝋燭が燃えていた。秋桜が供えてある。
児童公園に人は集まりつつある。老若男女、子供も多い。
この公園にブランコなんかあったっけ。ブランコに老人が座っていた。「生きる」の志村けん、違った、志村喬(しむらたかし)みたいに。でも、老人は小さく、美しかった。どこかで見たことがある。すぐに、庫裡にいた老人だと思った。妻が隣のブランコに腰掛けていた。いつの間に追い抜いたのだろう。
「月は美しいのお」
老人は空を見上げながらいった。妻は老人の目線を追った。いつの間にか月が出ていた。中秋の名月。小さな村の外れにもあまねくその光は降り注いでいた。