創作日記&作品集

作品集は左のブックマークから入って下さい。日記には小説、俳句、映画、舞台、読書、など…。そして、枕草子。

補厳寺(ふがんじ)参る 虎3

2013-07-31 09:31:16 | 創作日記
次に、騒がしい音を立てて、背広姿の男達が入ってきた。年配の男を先頭に、若い男が三人その後に続いた。男達は部屋の奥に向かって横並びに坐わった。一番左の年配の男が口を開いた。
「えらい暑い日にご足労かけます。私、木村均(ひとし)と申します。右に並んでいるのが長男から三男です。他に娘が二人おります。貧乏人の子だくさんで。何してんねん、はよ自己紹介せんかいな」
ぼけっとして坐っていた息子達が順番に名のる。
「私で、庄屋は十八代目らしいですわ。最初は室町時代でっか。家が大きいてええな思うの大間違いでっせ。掃除も大変、マンション住まいが夢なんです。まあ、かなわへんやろけど」
庄屋屋敷は、町の文化財になっている。もちろん、顔を見るのは初めてだった。

「今夜は百年ごとの「虎追い」です。えらい時にあたったなあ。虎は普段は屏風の中で大人しうしてるんやけど、まあ、池の水を飲みに行く程度ですわ。百年に一回は、追い出して、しっかり、捕まえて、屏風に閉じ込めなあかんちゅんが始まりらしいんですわ。せやないと、村中の人間が食い殺される。まあ、伝説やけど。それで、皆さんにお願いしたわけでございます。ええっと」
僕の方を見て言葉につまっている。
「団地の岩田です」
僕は頭を下げた。
「そうそう、岩田はんやった。岩田さんには「虎追い」の見届け人をお願いします」
「何をするんですか?」
僕は聞いた。
「見とったらええんや」
長男が威圧的に言った。
「あほみたいにな」
次男が笑いながら言った。
「お客様に失礼やろ」
そう言いながら、庄屋も笑っている。帰ろうかと思った。
「次は、お嬢ちゃん。虎を追い出すんは、虎が懸想するぐらいの別嬪で十七才以下の生娘と決まってまんねん。十七才以下はようけおんねんけど、生娘がなかなかおらへん。うちの娘もあかん」
庄屋は頭をかいた。
「別嬪ちゅう条件にも当てはまらへんわ」
三男が言った。庄屋は、「それもそや」と、笑っている。
「ほんで、小夜ちゃんにお願いしたんや」
娘は無表情にうなずいた。
「最後は、飛び出してきた虎を捕まえる役や。前回の明治の時は、十市(とういち)村の十両の力士がやったらしい。せやけど、今回は横綱や。八郎君頼むで」
八郎と呼ばれた青年は、体を震わせて、頷いた。そして、小さな声で言った。
「横綱いうても、指相撲の横綱や」

補厳寺(ふがんじ)参る 虎2

2013-07-30 09:00:29 | 創作日記
門は開かれていた。篝火が燃えていて、昼間のように明るかった。石畳を進むと、小さな池があった。その向こうに見えるのは本堂らしい。老婦人が「ない」と言っていた建物が整然とした趣で建っていた。
本堂に隣接した小さな建物があった。本堂と渡り廊下でつながっている。和助さんは、その建物に僕を誘導した。
部屋の隅に先客がいた。やせた小さな男だった。
「ここで、しばらくお待ち下さい」
和助さんは男のとなりの座布団を示した。男は僕の方をちらっと見たが、目を反らした。僕は小さく挨拶をして、隣に腰を下ろした。本心は不安で、来なければよかったと思った。僕は小心者である。男も同じようだ。身を縮めて、時々思い出したように、額をぬぐった。夏の夜なのにあまり暑さを感じない。特にこの部屋は涼しくさえある。部屋を見回したが冷房器具は見当たらなかった。

しばらくすると、人の気配がした。和助さんの後から入ってきたのは、はっとするほどの美女だった。年は二十歳になっていないだろう。最も離れた部屋の隅に坐った。俯いてじっとしている。浴衣を着ていた。紺の生地に朝顔が咲いていた。
和助さんは客の前に湯飲みを置いて、お茶を入れた。何とか焼きだろう、高級そうな湯飲みだ。誰も手を出さない。僕が最初に湯飲みを手に取った。茶の香が心地よかった。
ーこれから何が始まるのだろう?ー。熱い茶を飲みながら思った。

映画「終戦のエンペラー」

2013-07-29 16:39:00 | 映画・舞台
テーマは、近衛文麿(中村雅俊)とボナー・フェラーズ(マシュー・フォックス)との対話にあるのだろう。戦勝国の戦争責任を静かに弾劾する。「日本は、先進国をお手本にしただけだ」と言う。二時間弱の上映時間もありがたい。大体近頃の映画は長すぎると思う。

補厳寺(ふがんじ)参る 虎1

2013-07-28 15:59:45 | 創作日記
お待たせしました。新連載小説です。誰も、待っていない……。とにかく始まります。

補厳寺(ふがんじ)参る 
虎1


多数のコマーシャルメールに紛れるように、「補厳寺参る」という:件名のメールがあった。僕はメールをクリックした。本文は「補厳寺(ふがんじ)参る。八月五日、午後八時より」とある。
補厳寺は川沿いに細い道を辿り、団地から離れること二町ほどの荒れ果てた寺だ。朝のウォーキングで通ることがあるが、入ったことはない。寺は門と鐘楼しかない。中に、庫裏があるらしいが、人の気配はない。一度中に入ろうとして、隣家の犬に吠えられた。それっきり入ろうとも思わない。世阿弥のゆかりの寺だという説明の札があったが、自分は能は門外漢である。寺の前に子供公園がある。妙にリアルな虎とリスの乗り物が二つあって、ジャングルジムと鉄棒、滑り台がある。しかし、子供の姿を見かけたことはない。



七月の終わり、門前を掃く老婦人に声をかけた。彼女は、寺の隣に住む人で、寺の世話をしている。檀家だと言うだけで、特別の縁はなさそうである。話の内容は、寺には誰もいない。本堂もない。夏は草が茂って、大変だと歎いた。八月八日は世阿弥の命日で、昼から参る人がいるらしい。
「門は開くのですか」
 僕は聞いた。
「いいや、開かないよ」
「僕なんかが来てもいいですか」
「いいよ、誰が来ても」
老婦人は答えた。

二回目のメールが来た。「補厳寺参る。八月五日、午後八時より。虎を追い出します」。虎……。少し興味がわいた。何のことだろう。行かなければ永遠に分からない。それはいやだなあ。妻は詩吟の練習で九時まで帰らない。
「ひょっとしたら出かけるかもしれない」
と僕は妻に言った。
「そんな夜中にどこへ行くの」
と妻は聞いた。僕はメールのことを話した。
「団地から外は真っ暗だよ」
と妻は言った。
「たしかに」
と僕は言った。
妻は、押し入れの中から、懐中電灯を取り出した。
「これで、完璧。でも、川に落ちたらいやよ。あなたは泳げないから」。
「気をつける。でも、行かないかも」。
僕は言った。
「多分あなたは行くわ。強迫神経症だから。でも、虎が飛び出してきたら、逃げるのよ。噛まれないでね」
妻は笑いながら言った。
その夜は闇夜だった。団地から出ると、鼻をつままれても分からない闇になった。懐中電灯のスィッチをさぐっていると、身の前がぽっと明るくなった。前を行くのは提灯だった。懐中電灯もいらないほど明るい。GPSより頼りになる。浴衣の裾を端折った年配の男が、僕の足もとを照らすように歩いている。
「暑いこっです。補厳寺の寺男で、和助って言いやす」
男は言った。川の音以外何も聞こえない。男は僕の歩く速さに合わせてくれている。
「虎を追い出しますって?」
僕は聞いた。
「屏風の虎を追い出して、捕まえるのです」
男は答えた。何のことか分からないが、黙って歩くことにした。川面を渡ってくる風が以外に涼しい。もう少し歩くと、二つ目の橋がある。橋を渡りきったところにある地蔵に蝋燭が燃えていた。三つある橋のそばには決まって地蔵があった。地蔵に手を合わせて、庄屋道の石畳に歩を進めた。やがて、子供公園に至る。ほんの10分ほどしか歩いていないのに、ずいぶん遠くへやって来たような気になった。
庄屋道の石畳を行くと、子供公園がある。しじまに沈んでいる。虎とリスの人形の気配を感じる。提灯の明かりが人形に当たった時、二匹は僕たちの方を振り向いたように思った。

その奥が補厳寺だ。




めだか

2013-07-27 15:37:51 | 身辺雑記
めだか

二年前に、ネオンテトラに挑戦、一匹残らず死なせてしまった苦い経験があります。
今回、ハードルをぐっと下げてめだか。温度管理がないので楽です。前の失敗から、水草も、岩もレプリカです。今は、元気に泳ぎ回っています。今度は大丈夫かなあ。

映画「風立ちぬ」・宮崎駿作品

2013-07-25 15:26:47 | 映画・舞台
それはどこかで見た光景だった。「モネだ」。気づいた瞬間、突風が吹いた。「風立ちぬ」である。飛行機の話と、堀辰雄の「風立ちぬ」が見事に融合した瞬間であった。見事な描写だった。気持が映画の世界に飛んでいった。至福の時だった。

水のかたち上・宮本輝著

2013-07-11 12:44:36 | 読書
分かりやすい文章が本を読む時の条件になった。私も小説を書く時、常に心がけている。それは年のせいかもしれない。苦労して本を読むのは楽しくない。当たり前のことかもしれないが、読書は楽しくである。「水のかたち」はとても分かりやすい。一気に読んでしまった。下も読もうと思うが、予約待ちである。ずいぶん待たなければならない。上も沢山の人が待っている。早く返さなければ。今日はお昼に本の中にあるキュウリのサンドイッチを作った。レシピ通り前日にキュウリに塩を振り、しばらくしてから、思い切り絞る。それを平たくして、空気を抜いて、真空パックにして冷蔵庫に保存。今日また思い切り絞って使用。おいしかったですよ。