創作日記&作品集

作品集は左のブックマークから入って下さい。日記には小説、俳句、映画、舞台、読書、など…。そして、枕草子。

三冊

2006-08-26 09:57:02 | 読書
趣の異なる本を三冊読んだ。

一冊目「世界一周恐怖航海記」車谷長吉
「文學界」連載中も楽しく読んだ。一冊の本になると楽しみは倍増した。旅行記には写真が不可欠なんだなあと思う。特に表紙の写真は秀逸だ。私も行きたい。だが、閉所恐怖症の私は、発狂するのではないか。多分、途中で強制送還。
2/24路上でパンツを脱いで糞をする。この部分は連載と少し変わっていたと思う。「順子さんはこの人私と関係がありませんというようなふりをする」→「順子さんは…。紙を出してくれる」。順子さんの抗議で変わったのだろう。ほほえましいけれど、最初の方が抜群に面白い。
圧巻の描写、フィヨルド巡航。ここだけは…。

二冊目「暗渠の宿」西村賢太
読み始めてから直ぐ、読んだことのある作者だと思った。2004年 「けがれなき酒のへど」(文學界 2004年12月 号)。とても小さい活字だった。不当な扱いだなあと思った。自分をとことんさらけだす態度に一種の「いさぎよさ」を感じた。それは「暗渠の宿」にも感じた。お互いの傷を舐め合うような愛である。美男美女の恋ではない。だが、躍動する生命感がある。

三冊目「夜の公園」川上弘美

一方こちらは美男美女の相関図。こんなのありかなあと思いながら半分読んだ。この人の作品は塀の上を歩いているような危うさがある。一歩間違えば通俗の闇に落ちる。図書館の本で、待っている人がいるので、ひとまず返そう。もう一度借りるかどうかは不明。

レッド・バイオリン(THE RED VIOLIN )

2006-08-06 16:34:42 | 映画・舞台
THE RED VIOLIN (1998年 /カナダ/イタリア)。17世紀のイタリアを手っ取り早く調べようという不埒な動機から行き当たった。スケール、音楽、ストーリー、全ての面で傑出した作品である。殆ど予備知識なしで観た。それが幸せ。

物語のかけら⑱

2006-08-06 10:29:56 | 創作日記
時の博物館で起こっている異変を彼女に知らせる。あの人には通じるかも知れない。でも、あの人のいる場所を知らない。名前も知らなかった。いずれにせよ、彼女は旅の途中だろう。
今日も訪れる人はなかった。昨日も。扉の鍵をかけ、札をCLOSEにする。夏の6時過ぎは暑く、まだ、明るい。路地を行く人々に混ざって大通りに出た。人の数は増える。全てが理路整然とした世界だ。何も間違っていない。自動車は信号を守り停車し、動き出す。黙って家路を急ぐ人。語り合う人。寄り添う恋人たち。一人々が異なる自分を生きている。不思議な世界だ。その中で自分の精神は狂い始めている。優はそう思った。
ショットバーに入った。そこにも沢山の男女がいた。こんな場所に入るのは初めての事だった。興味もなかった。
「ご注文は?」
バーテンが聞いた。
「ウィスキー」
「どれに?」
「普通の」
「ロック?水割り?」
「ロック」
優はウィスキーの最初の一口に少しむせた。整然と並ぶ洋酒の瓶。磨き抜かれたグラス。何かが違っている気がした。ふと、この世界の方が異質なのではないかと思った。誰かが精密な線を引いたような世界。そんな世界に自分だけが取り残されている。いつの間にかグラスは氷だけになっていた。
「お代わりは?」
「もういいです」
優はコインを二つカウンターに置いた。
「忘れ物ですよ」
バーテンは言った。そして、棒状の鍵をカウンターに音をたてて置いた。見慣れた鍵だった。なぜそこに突然現れたのか。ポケットを探ると二つの鍵が手に触れた。

外はやっと夕闇が落ちていた。
古い図書館。映画のスクリーンの中にいた。美しい女が優を見ていた。フィン・デル・ムンド。二つの世界の果ては繋がっているのかも知れない。
「6時に閉館?」
「早いと思う」
「ええ」
「遅くなると人が来る」
あの時は気にとめなかった老婦人の言葉が頭をよぎった。優は博物館への道を歩き始めた。
「世界の果ては別の場所にあるのかも知れない」
老婦人はそうも言った。
路地に入ると歌声が聞こえ始めた。札はCLOSEのまま、扉を開けた。電気をつける。いつものフロアーが照らし出された。直ぐ違いに気づいた。時の秤は平行を保って静止し、全ての時計が止まっていた。歌声は徐々に大きくなり、建物全体か歌声に包まれた。優は階段を駆け上がった。ためらわずにもう一つの鍵を差し込んだ。そして、ゆっくりとドアーを押した。
アーチ型の窓から月明かりが漏れていた。古い本に囲まれた図書館がそこにあった。

物語のかけら⑰

2006-08-05 15:59:01 | 創作日記
日曜日に教会でイローナは歌う。司祭のヴァイオリンは美しい花をそよがせる風。
イローナの歌はその風に乗り、遠くの世界へと人々を誘った。城にもイローナの噂は届いた。
「それはもう大変な評判で」
王女の髪を梳かしながらは女官は言った。
「そう」
興味はなかったが退屈していた。歌わせて、無理難題を押しつけるのも面白いかも知れない。
「盲目のヴァイオリン弾き」
「司祭様です」
「神にも歌手にも仕える。物乞い」
女官は黙った。王女の目に怒りの光が浮かんだからだ。

次の日も、女官がイローナの噂をした。
「ローマの教会に呼ばれたそうです」
「ヴァイオリン弾きもか?」
「はい」
「ヴァイオリンってとてもいい音が出るそうよ」
柱の陰から声がした。
「盗み見、盗み聞き、貴女はとても高貴なお方。歌手とヴァイオリン弾きをここへ呼びなさい。ローマへなんか行かせない」