創作日記&作品集

作品集は左のブックマークから入って下さい。日記には小説、俳句、映画、舞台、読書、など…。そして、枕草子。

「わたしなりの枕草子」#302

2012-01-31 07:34:48 | 読書
【本文】
御前にて人々とも、また②
二日ばかりありて、赤衣着たる男、畳を持て来て、「これ」といふ。「あれは誰そ。あらはなり」など、ものはしたなくいへば、さし置きて往ぬ。「いづこよりぞ」と問はすれど、「まかりにけり」とて取り入れたれば、ことさらに御座(ござ)といふ畳のさまにて、高麗など、いと清らなり。心のうちには、さにやあらむなど思へど、なほおぼつかなさに、人々出だして求むれど、失せにけり。あやしがりいへど、使のなければ、いふかひなくて、所違へなどならば、おのづからまた言ひに来なむ。宮の辺(へん)に案内しに参らまほしけれど、さもあらずは、うたてあべしと思へど、なほ誰か、すずろにかかるわざはせむ。仰せごとなめりと、いみじうをかし。

 二日ばかり音もせねば、疑ひなくて、右京の君のもとに、「かかることなむある。さることやけしき見給ひし。忍びてありさまのたまへ。さること見えずは、かう申したりとな散らし給ひそ」と言ひやりたるに、「いみじう隠させ給ひしことなり。ゆめゆめまろが聞こえたると、な口にも」とあれば、さればよと思ふもしるく、をかしうて、文を書きて、またみそかに御前の高欄におかせしものは、まどひけるほどに、やがてかけ落して、御階(みはし)の下に落ちにけり。

【読書ノート】
あらはなり=無遠慮だ。ものはしたなく=つっけんどんに。あべし=あるに違いない。すずろに=思いもおよばない。忍びてありさまのたまへ=コッソリとご様子をお知らせ下さい。な散らし給ひそ=「な」……しないで。まろ=(男女とも用いて)私。思ふもしるく=思った通り。まどひけるほどに=(使いの者が)。

中宮から、紙がおくられ、畳が送られてくる。中宮の「とくまゐれ」の気持と、清少納言の複雑な心境が語られています。でも、これは本当のことでしょうか? 清少納言の夢の中の出来事のように私は思うのですが。
いよいよ、二月から、最も長い段に入ります。ここを過ぎればゴールは近い。

「わたしなりの枕草子」#301

2012-01-30 07:29:47 | 読書
【本文】
二百五十九段
御前にて人々とも、また①
御前にて人々とも、また、もの仰せらるるついでなどにも、「世の中の腹立たしう、むつかしう、片時あるべき心地もせで、ただいづちもいづちも行きもしなばやと思ふに、ただの紙のいと白う清げなるに、よき筆、白き色紙、陸奥国紙など得つれば、こよなうなぐさみて、さはれ、かくてしばしも生きてありぬべかんめりとなむおぼゆる。また、高麗縁(ばし)の筵(むしろ)青うこまやかに厚きが、縁(へり)の紋いとあざやかに、黒う白う見えたるを引きひろげて見れば、何か、なほこの世は、さらにさらにえ思ひ捨つまじと、命さへ惜しくなむなる」と申せば、「いみじくはかなきことにもなぐさむなるかな。『姨捨山の月』は、いかなる人の見けるにか」など笑はせ給ふ。候ふ人も、「いみじうやすき息災の祈りななり」などいふ。

 さてのち、ほど経て、心から思ひみだるることありて里にある頃、めでたき紙二十を包みてたまはせたり。仰せごとには、「とくまゐれ」などのたまはせで、「これは聞こし召しおきたることのありしかばなむ。わろかめれば、寿命経もえ書くまじげにこそ」と仰せられたる、いみじうをかし。思ひ忘れたりつることをおぼしおかせ給へりけるは、なほただ人にてだにをかしかべし。まいて、おろかなるべきことにぞあらぬや。心もみだれて、啓すべきかたもなければ、ただ、
 「かけまくもかしこき神のしるしには鶴の齢(よはひ)となりぬべきかな
あまりにやと啓せさせ給へ」とて参らせつ。台盤所の雑仕ぞ、御使には来たる。青き綾の単衣取らせなどして、まことに、この紙を草子に作りなどもて騒ぐに、むつかしきこともまぎるる心地して、をかしと心のうちにおぼゆ。

【読書ノート】
「世の中~=主語は清少納言。いづちもいづち=(地獄でも)何処へでも行ってしまいたい。高麗縁=畳の縁の一種。さらにさらに=どうして、どうして。『姨捨山の月』=「わが心慰めかねつ」と言った姨捨山の月は、どんな人が見るのか。里にある頃=九九六年秋の頃。→七十九段・百三十六段。これは聞こし召しおきたることのありしかばなむ=代筆の女房の中宮に対する敬語。わろ=上等でない。上記の清少納言の言葉に対する軽口。おろかなるべきことに=あだやおろそかに思っていいことではない。神=紙とかけている。あまりにや=大げさでしょうか。この紙=いただいた紙。清少納言と中宮の交流が描かれています。
百三十六段にあるとおり、中宮にとっても清少納言にとっても大変な時期でした。

このあたりの事情は雅工房様から拝借。
ーこの章段も、とても重要な意味を持っています。中宮定子の父道隆の死去により、定子を取り巻く勢力は一気に力を落とし、定子の兄など周辺の人々が左遷追放される大事件が起き、定子自身も謹慎状態になっていました。その中で、少納言さまは、今や日の出の勢いの道長と親しかったため、定子付きの女房たちから何かと疑いの目で見られ、いや気がさしたのでしょう、宿下がりをしてしまいました。本段は、そのような、少納言さまが敬愛してやまない定子にとっても、また少納言さま自身にとっても大変辛い時期の記録なのです。ー
簡潔明瞭。素晴らしい解説です。

「わたしなりの枕草子」#300

2012-01-29 08:12:48 | 読書
【本文】
うれしきもの②
陸奥国紙(みちのくにがみ)、ただのも、よき得たる。はづかしき人の、歌の本末問ひたるに、ふとおぼえたる、われながらうれし。常におぼえたることも、また人の問ふに、清う忘れてやみぬるをりぞ多かる。
とみにて求むるもの見出でたる。
物合(ものあはせ)、何くれと挑むことに勝ちたる、いかでかうれしからざらむ。また、われはなど思ひてしたり顔なる人謀(はか)り得たる。女どちよりも、男はまさりてうれし。これが答(たふ=仕返し)は必ずせむと思ふらむと、常に心づかひせらるるもをかしきに、いとつれなく、何とも思ひたらぬさまにて、たゆめ過ぐすも、またをかし。にくき者のあしきめ見るも、罪や得らむと思ひながら、またうれし。
ものの折に衣打たせにやりて、いかならむと思ふに、きよらにて得たる。刺櫛(さしぐし)磨(す)らせたるに、をかしげなるもまたうれし。「また」もおほかるものを。
日頃、月頃しるきことありて、悩みわたるが、おこたりぬるもうれし。思ふ人の上は、わが身よりもまさりてうれし。
 御前に人々所もなくゐたるに、今のぼりたるは、少し遠き柱もとなどにゐたるを、とく御覧じつけて、「こち」と仰せらるれば、道あけて、いと近う召し入れられたるこそうれしけれ。

【読書ノート】
ただのも=ただの紙。よき=上等なのを。はづかしき人=立派な人。ふと=とっさに。清う忘れてやみぬる=きれいに忘れてしまっている。物合(ものあはせ)=左右に分かれて、互いにものを出し合ってその優劣を競う遊び。挑むこと=勝負事。つれなく=無関心で。たゆめ過ぐす=油断させたまま(チャンスを狙う)。ものの折=晴れの場。「また」もおほかるもの=「また」の言葉の連用(は恥ずかしい)。しるきこと=ひどい症状があって。

「わたしなりの枕草子」#299

2012-01-28 07:58:42 | 読書
【本文】
二百五十八段
うれしきもの①
うれしきもの まだ見ぬ物語の一(=第一巻)を見て、いみじうゆかしとのみ思ふが、残り見出でたる。さて、心劣りする(=期待外れ)やうもありかし。
人の破(や)り捨てたる文を継ぎて見るに、同じ続きをあまたくだり見続けたる。
いかならむと思ふ夢を見て、恐ろしと胸つぶるるに、ことにもあらず合はせ(=夢判断)なしたる、いとうれし。
よき人の御前に、人々あまた候ふをり、昔ありけることにもあれ、今聞こしめし、世に言ひけることにもあれ、語らせ給ふを、われ(=清少)に御覧じ合はせてのたまはせたる、いとうれし。
遠き所はさらなり、同じ都のうちながらも隔たりて、身にやむごとなく思ふ人のなやむ(=病む)を聞きて、いかにいかにと、おぼつかなきことを嘆くに、おこたりたる由、消息聞くも、いとうれし。
思ふ人の、人にほめられ、やむごとなき人などの、口惜しからぬ者におぼしのたまふ。もののをり、もしは、人と言ひかはしたる歌の聞こえて、打聞(うちぎき)などに書き入れらるる。みづか(=清少自身)らのうへにはまだ知らぬことなれど、なほ思ひやるよ。

 いたううち解けぬ人の言ひたる故(ふる)き言の、知らぬを聞き出でたるもうれし。後(のち)にものの中などにて見出でたるは、ただをかしう、これにこそありけれと、彼(か)の言ひたりし人ぞをかしき。

【読書ノート】
同じ続き=同じ(手紙の)続き。合はせ(=夢判断)なしたる=夢判断してくれる。人々あまた候ふをり=女房が多数控えている時。われ(=清少納言)に御覧じ合はせて=私と目を合わせて。おこたり=病気が良くなる。口惜しからぬ者=しっかり者。聞こえて=評判になって。打聞=聞いたままに書き留めておくこと。思ひやる=想像する。故(ふる)き言=故事、古い詩、古い歌。彼(か)の言ひたりし人=いたううち解けぬ人。聞き出でたる=(他の人から)。最後の文は清少納言の「良いものは良い」の心ですね。あまり親しくない人なので、本人には聞けず、他の人から歌について聞いたり、書き物の中に発見した時の喜び。作者に対する懐かしさ。まさに「枕草子」を読んでいて感じることです。

「わたしなりの枕草子」#298

2012-01-27 07:37:41 | 読書
【本文】
二百五十七段
大蔵卿ばかり
大蔵卿ばかり、耳とき人はなし。まことに、蚊の睫(まつげ)の落つるをも聞きつけ給ひつべうこそありしか。

職の御曹司の西面に住みしころ、大殿の新中将(=成信)宿直にて、ものなど言ひしに、そばにある人の、「この中将に、扇の絵のこと言へ」とささめけば、「今、かの君の立ち給ひなむにを」と、いとみそかに言ひ入るるを、その人だにえ聞きつけで、「何とか、何とか」と耳をかたぶけ来るに、遠くゐて、「にくし。さのたまはば、今日は立たじ」とのたまひしこそ、いかで聞きつけ給ふらむとあさましかりしか。

【読書ノート】
大蔵卿=藤原正光。四十代の初老。「今、かの君の立ち給ひなむにを」=(清少納言が)かの君(藤原正光)が席を立たれるので、(成信様(二十才))に頼もう。その人=女房。あさまし=驚きあきれる。

「わたしなりの枕草子」#297

2012-01-26 07:37:40 | 読書
【本文】
二百五十六段
成信の中将こそ
成信の中将こそ、人の声はいみじうよう聞き知り給ひしか。同じ所の人の声などは、常に聞かぬ人はさらにえ聞き分かず。ことに男は人の声をも手をも、見分き聞き分かぬものを、いみじうみそかなるも、かしこう聞き分き給ひしこそ。

【読書ノート】
成信の中将=九段の権中将。源成信。人=女房達。さらに=全く。みそかなる=ひそひそ話。かしこう=見事に。
二百七十四段に詳しく述べられています。

源成信
生年: 天元2 (979)
没年: 没年不詳
平安中期の官人。従四位上。賜姓源氏。致平親王と左大臣源雅信の娘の子。村上天皇の孫。母の姉妹が藤原道長の妻という関係からおじ道長の猶子となった。『権記』の長保3(1001)年2月4日条によると,権右中将兼備中守であった成信は朝儀を立ち聞きして自分の未熟さを知り,悲観のあまり右大臣藤原顕光の子重家と共に園城寺(三井寺)で出家した。中宮定子をたびたび訪れた様子が『枕草子』に描かれている。清少納言は成信を容貌,気性ともに優美と讃えている。人の声を聞き覚えるのが得意で,同じ部屋の女房の声なども簡単に聞き分けたという。
→朝日日本歴史人物事典の解説

「わたしなりの枕草子」#296

2012-01-25 07:38:51 | 読書
【本文】
二百五十五段
十月十余日の月の
十月十余日の月のいと明かきに、ありきて見むとて、女房十五六人ばかりみな濃き衣を上に着て、引き返しつつありしに、中納言の君の、紅の張りたるを着て、頸より髪をかき越し給へりしが、あたらし。卒塔婆(そとば)に、いとよくも似たりしかな。「ひひなのすけ」とぞ若き人々つけたりし。後(しり)に立ちて笑ふも知らずかし。

【読書ノート】
上に=頭から被って。→枕の草子・石田穣治訳注。引き返しつつありし=裾をはしょって。あたらし=お気の毒。新しは間違い。→萩谷朴校注。訳注によって違います。「ひひなのすけ」=背の低い典侍さん。遠慮がありません。後ろに立って背比べをする。昔からあったのだ。イヤーナ事を思い出しました。

「わたしなりの枕草子」#295

2012-01-24 07:37:58 | 読書
【本文】
二百五十四段
古代の人の指貫着たるこそ
古代(こたい)の人の、指貫着たるこそ、いとたいだいしけれ。前に引き当てて、まづ裾をみな籠め入れて、腰はうち捨てて、衣の前を調(ととの)へはてて、腰をおよびてとるほどに、後ろざまに手をさしやりて、猿の手結はれたるやうにほどき立てるは、とみのことに出でたつべくも見えざめり。

【読書ノート】
古代=古めかしい。ジジくさい人。→桃尻語訳。指貫着たる=指貫をはく時の様子。たいだいし=困ったものだ。チンタラしている。→桃尻語訳。腰=後ろの腰紐。

「わたしなりの枕草子」#294

2012-01-23 07:33:27 | 読書
【本文】
二百五十三段
人の顔に
人の顔に、取り分きてよしと見ゆる所は、たびごとに見れども、あなをかし、めづらし、とこそおぼゆれ。絵など、あまた度(たび)見れば、目も立たずかし。近う立てたる屏風の絵などは、いとめでたけれども、見も入れられず。

 人のかたちはをかしうこそあれ。にくげなる調度(でうど)の中にも、一つよき所のまもらるるよ。みにくきもさこそはあらめと思ふこそわびしけれ。

【読書ノート】
自虐ですか……。清少納言はやっぱり不美人だったのかなあ。まもらる=目を引かれる。

「わたしなりの枕草子」#293

2012-01-22 08:04:03 | 読書
【本文】
二百五十二段
人のうへいふを
人のうへいふを腹立つ人こそいとわりなけれ。いかでか言はではあらむ。わが身をばさしおきて、さばかりもどかしく言はまほしきものやはある。されど、けしからぬやうにもあり、また、おのづから聞きつけて、うらみもぞする、あいなし。
また、思ひはなつまじきあたりは、いとほしなど思ひ解けば、念じて言はぬをや。さだになくば、うち出で、笑ひもしつべし。

【読書ノート】
もどかしく=非難したく。おのづから=当人が自然と。あいなし=不都合だ。まずい。思ひはなつ=見放す。思ひ解けば=了解する。ちょっと恐ろしいですね。だけど、噂話は楽しい。特に人の不幸は。