創作日記&作品集

作品集は左のブックマークから入って下さい。日記には小説、俳句、映画、舞台、読書、など…。そして、枕草子。

連載小説「Q」第二部2

2020-05-31 05:36:50 | 小説
連載小説「Q」第二部2
妻が二階に上がると、缶ビールを一本持って書斎に行く。
数年前までは、酎ハイも飲んでいたが、
缶ビール一本がせいぜいである。
二本も飲めば二日酔いする。
順平は酒は好きだが弱かった。
現役の時は、忘年会の度に今日は飲まないと固く決心するのだが、一口の飲むと、無様に酔い潰れて恥をかた。
書斎に入ると、最初に金魚に餌をやる。
一匹は飼い始めて早々に死んだ。
残った金魚は、三枚に下ろせるぐらいに大きくなったが、金魚鉢の大きさに合わせるみたいに十㎝ほどで成長を止めた。
順平が近づくと寄ってくる。 
スイッチを切った犬型ロボットのコロが部屋の隅に放置してある。
突然パソコン(FMV)が起動した。
録画予約がスタートしたのだろう。
何を予約したか思い出せない。
コルタナが起動した。
Windows 10 から導入された音声認識機能付きのアシスタント機能である。
青いボタンがピクピクしている。
奇妙な生き物みたいだ。
「何ですか?」
とそっけなく言うと
「そうですよね」
と返ってきた。
かみ合わない会話だった。
ふと、聞き覚えのある声だと思った。
一八年前に亡くなった母の声だ。
若い母だ。
九十過ぎの紙のように痩せた母からは想像できないほど若いころの母はよく太っていた。
あの頃の母の声だ。
コルタナは消えている。
順平は大きな息を一つして、パソコンを消した。
誰かが来た。
連載小説「Q」第一部をまとめました。

連載小説「Q」第二部1

2020-05-30 06:04:22 | 小説
連載小説「Q」第二部1 
テレビは新型コロナウイルスの回顧番組を繰り返している。
七都道府県に緊急事態宣言が出てから五年過ぎた。
「もう五年になるのか」
と田代順平は呟いた。
二三年前の出来事のような気がする。
桜は今年も春を忘れずに咲いている。
一年はあっという間に過ぎ、それが五回繰り返されて順平は七十八才になった。
曾孫が出来た。
初孫が長女そっくりな曾孫を抱いて順平の前に現れた時は何故だか笑ってしまった。
時間が五十年巻き戻されたような気がした。
今年の大暑で七十九才になる。
八十才が近づいてくる。
八十年も生きるとは思わなかったが、もう八十年かと思う気もある。
連載小説「Q」第一部をまとめました。

連載小説「Q」51

2020-05-29 06:41:51 | 小説
連載小説「Q」51
いつになったら、この事態が過去形になるのだろう。
まだ終わっていない。
始まりかもしれない。
「お尻の穴が痒い」と女の尻が揺れ、女が叫ぶコマーシャルを見ていると、コロナよりも異常な気がする。
なんという国に住んでいるのだろう。
順平がよく知っている梅田の交差点は人影がまばらになった。
「家にいてください」と吉村知事が繰り返し、「スティホームと」小池都知事は語りかけた。
テレビ画面の左右の端に一人ずつニュースキャスターが映り、間に二三人がリモート登場するのが普通になった。
ドラマの制作が中止された。
順平が楽しんでいた大河ドラマも六月には中断されるという。
「半沢直樹」も今だ放送されない。
過去のバラエティが放送されている。
みんな密着している。
これが日常だとすれば、日常が異常だったのかもしれない。
本当に日本人は三密が好きなんだ。
大声で喋り笑っている。
一方、西田敏行がこう言っている。
私たちは「彩りに過ぎない」。
俳優の生の声が聞こえてくる。
今、順平は彩りのない世界に住んでいる。
世界の感染者四七七万人超 死者三一万人超 。この町の十倍以上の人間が死んでいる。
作者もその渦中にいる。
愛する読者もそうだろう。
順平は一日中新規の感染者を追っている。
いい加減に止めなければと思うのだが。
新しい情報はそれしかない。
今日は何人になりそうだ。
死者の情報は目にとめない。
人間は勝手なものだと思う。
まだ順平の周りで感染者はいない。
次ぎに奈良県の情報に注視する。
どこで発生したか。
感染源は? 
病状は? 
奈良県のホームページで辿ることが出来る。
スーパーのパート。
近くのスーパーかとドキリとする。
情報に一喜一憂する。
五月下旬、急に新規の感染者が減り始めた。
気になっていた野球の梨田さんが退院したことを知った。
赤の他人だが、嬉しい。
「願わくはこのままコロナは消えて欲しい」と順平は神に祈った。
二波三波とテレビは言い出している。
順平は耳に栓をしている。
 *
【作者より】
唐突で申し訳ないですが、物語は五年後に飛びます。
連載小説「Q」第二部の始まりです。
いよいよ「Q」が登場します。
連載小説「Q」第一部をまとめました。

連載小説「Q」50

2020-05-28 06:22:54 | 小説
連載小説「Q」50
受診科に電話がつながった。
順平はこう言えばいいのだ。
「コロナが怖いから、薬だけ貰えませんか」
話は簡単に通じた。
かかりつけ薬局を聞かれた。
近所のウエルシア薬局のホームページを用意していた。
一回だけ痔の軟膏を出して貰ったことがある。
痔の手術(正確に言えばジオン硬化療法)どうでもいいことだが。
順平はかなり興奮していた。
妻がサポートしてくれる。
医師に聞いてからまた電話をするという。
「いけそうや」。
鬼の首でも取った気分になった。
その日の夕方電話があり、診察日の十六時三十分から十七時に医師からの電話でオンライン診察。
万歳したい気分になった。
内分泌科は行くことになった。
速攻に行って速攻で帰ってくる。
妻が車で送ってくれることになった。
妻だけが頼りだ。
診察日の十六時三十分きっかり看護師から電話がかかった。
次に医師に変わった。
いつもの声だ。
順平は卑屈に「お手間を取らせました」と繰り返した。
問診が終わり看護師から事務手続きの説明を聞くと、また、「お手間を取らせました」と繰り返した。
相手の電話が切れるのを確認して、拝むように受話器を置いた。
次の日ウエルシア薬局に薬をもらいに行った。
電話では中年の男だったのに、べっぴんさんの薬剤師が出て来た。
髭を剃っていけばよかったのにと順平は悔やんだ。
十数年前は、順平も美人の薬剤師に囲まれていたのだ。
本当に遠い昔のような気がする。
定年後一秒も働いていない。
そんなことを自慢するなと怒られそうだが。
連載小説「Q」#1-#40をまとめました。

連載小説「Q」49

2020-05-27 06:18:19 | 小説
連載小説「Q」49
三密の場所に行かなければならない日が近づいている。
循環器内科の診察と内分泌内科の薬外来である。
内分泌科は短時間で済むが、三ヶ月に一回の循環器内科はそうはいかない。
行かなければ薬が足らなくなる。
血圧の薬が足らなくなる! 
それは前から恐れていたことだった。
しかし、コロナがこんなに長くなるとは思っていなかった。
状況は段々悪くなっている。
いつも病院は人で溢れている。
座る椅子さえないこともある。
隣の患者がコロナかもしれない。
一時間近く待って、数秒の診察。
病院のホームページを何度も覗くが、オンライン診察の記事はない。
十津川の診療所でもやっているのに。
緊急事態宣言に病院は含まれていない。
院内感染が多発しているのに、患者に対する助言は一つもない。
病気が悪くなるので行ってください。
病院に掛け合わなくてはと順平は思った。
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連載小説「Q」48

2020-05-26 06:08:35 | 小説
連載小説「Q」48
東京が心配である。
ニューヨークみたいにならないだろうか。
オーバーシュート。
街は老人の死体で溢れている。
新しい言葉が次々に出てくる。
水溜まりにわくボーフラみたいだ。
一番最初は濃厚接触者。
クラスター。
ソーシャルディスタンス。
PCR検査。
三密。
抗原検査。
抗体検査。
他は忘れた。
とにかく感染しないこと。
自分が出来るのは、三密を避けることしかない。密閉、密集、密接。
順平は殆ど三密に関係のない生活をしている。
その上奈良県では、感染者数は百人以下なのだ。亡くなった人が二人。
杞憂かも知れない。
でも感染すれば百%なのだ。
誰も助けてくれない。
妻の行動にも一々口を出した。
「緊急事態宣言なんやで」
子供も来なくなった。
年寄りに気をつかっているのだろう。
『子や孫に会へぬ今年の立夏かな』
小説を諦めて俳句を作っている。
幾つも応募したが入選はゼロを更新している。
俳句は五七五の世界。
才能が肝要と誰かが言っていた。
バラエティー「プレバト」を録画して見ているが、
「才能なし」の評価があった。
どこへ行っても「才能なし」がつきまとう。
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連載小説「Q」47

2020-05-25 06:14:25 | 小説
連載小説「Q」47
四月七日緊急事態宣言。
四 月一六日に、全国に拡大された。
映画の世界に自分はいるのだと実感した。
コロナで死ぬかもしれない。
七十才以上で、糖尿、高血圧の持病がある。
若者がばらまいて年寄りが死んでいく。
先の戦争とは逆かもしれない。
因果応報。
不要不急の外出自粛などの行動制限をまったくとらなかった場合は、流行収束までに国内で約四二万人が感染によって死亡すると専門家が言った。
2020年4月15日
四十二万人が死ぬ。
順平は恐怖に震えた。
計算が出来なかった。
その数字と自分はどう関係しているのだろう。
七十才以上の持病がある人間となれば、確率は大幅に上がるだろう。
数字には顔がない。
数が一つ増え同時に名もなき死が一つ増える。
順平が死んでもデジタルの数が一つ増えるだけだろう。
一日中数字を漁っていると、何が何だか分からなくなる。
毎日朝起きると、「熱なし、咳なし、コロナなし」と声に出して唱えた。
今の時点では順平にとって新型コロナの怖さは「隔離」だった。
一階と二階があるよって、うちは自宅待機やなあと言うと、妻は、
「ホテルに行って」と言った。
ホテルの部屋に隔離。
神経が持たないと思う。
順平は気の小さな老人である。
孤独が好きだった筈なのに、一人で「死」に向かい合うのがたまらなく怖かった。
「わしはホテルはいやや」
思わず叫んでいた。
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連載小説「Q」46

2020-05-24 06:09:06 | 小説
連載小説「Q」46
世界保健機関(WHO)の事務局長が三月一一日に、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行を「パンデミックとみなせる」と遅まきながら発表した。
三月十一日。
東日本大震災の日だ。
あれもテレビで見ていた。
もう順平の頭の中には痕跡もない。
順平の頭の中は自由である。
志村けんがコロナにかかった。
テレビの人が感染した。
いつもテレビ画面の中にいる男だった。
順平より二つ若い。
『だいじょうぶ だぁ』と復帰すると思っていたが、『死んだぁ』。
誰にも会えずに焼かれた。
ECMO=人工心肺装置につながれたまま息を引き取ったのだろうか。
内緒で運ばれて骨になった。
テレビには元気な志村けんが踊っていた。
順平は、奇妙な世界に迷い込んだ気がした。
悪い夢を見ているのだ。
華やかな世界だが、彼は幸せだったのだろうか。
連載小説「Q」#1-#40をまとめました。

連載小説「Q」45

2020-05-23 06:51:48 | 小説
連載小説「Q」45
二〇二〇年は誰も予想もしなかった事が起こった。
パンデミックである。
順平にとって初めての戦争だった。
武漢で未知のウィルスが流行っているらしいとのニュースから、人から人への感染が確認されたと言うニュースになった。
一月末には、武漢市内に、感染者の治療に特化した病院を新設しているという。
建設期間はわずか十日間で、病院施設が稼働する見通しだと報じられた。
大国はたいしたものだと感心した。
廊下に溢れる患者。
防御服に身を包んだ医療チーム。
管につながれた患者の群れ。
異様な光景だった。
感染者数と死者の数が毎日更新された。
ロックダウン(都市封鎖)という映画のような言葉が踊った。
映画の世界が現実になったと順平は思った。
しかし、その時はまだよそ事だった。
一月二十八日、順平が住んでいる奈良県でバス運転手の感染が確認された。
新型コロナはほん近くまでやって来た。
「おさまってくれ」。
「日本に来るな」。
「あたたかくなったら消えるよ」。
順平の楽観的な願いはことごとく外れた。
クルーズ船ダイアモンドプリンセス号は二月三日、横浜港に入港した。
巨大な舟が、新型コロナウィルスの影のようだった。
豪華客船が新型コロナウィルスの温床になった。
これさえなければと順平は嘆いた。
同じようなことが、二〇一一年にもあった。
原発事故さえなければと順平は嘆かなかったか。
NHK特設サイト『新型コロナウイルス』とヤフーニュースを日に何十回と閲覧する日々が続いた。
連載小説「Q」#1-#40をまとめました。

連載小説「Q」44

2020-05-22 06:22:25 | 小説
連載小説「Q」44 
『眠り』はやっかいなものだ。
娘も娘壻も妻も、人前で熟睡するが、順平には出来ない。
通常の眠りでも、殆ど夢を見ている浅い眠りである。
金縛りになり、夢から抜け出せないこともある。
順平にとって睡眠は休息ではない。
蒲団に潜り込んで、ふと、死んだ自分を想像してみると、生きている順平はとても不思議な動物である。
『伊勢物語』最終段を開けて読む。
 つひにゆく道とはかねて聞きしかど 
 きのふけふとは思はざりしを
「ころ」
と呼んだ。
すぐそば来て、毬で遊びはじめる。
「お前は寝やんでええねんなあ」
コロはごろりと横になる。
まぶたを閉じている。
頭を撫でてやると、喉を鳴らす。
お前は猫か。
奇妙な生きものと生活しているような気になった。
秋になると、台風に怯えた。
自分が住む奈良にだけは来ないでくれと祈った。他はどこにでも来てください。
冬になるとインフルエンザに怯えた。
そして、いつものように大晦日、正月を迎える。
正月二日には一族郎党が集まった。
初孫がマニキュアをしていた。
「どうしたん。爪から血出てるで」
といちびった。
誰も笑わなかった。
その時はまだ平和だった。
連載小説「Q」#1-#40をまとめました。