創作日記&作品集

作品集は左のブックマークから入って下さい。日記には小説、俳句、映画、舞台、読書、など…。そして、枕草子。

物語のかけら⑧

2006-06-28 21:28:58 | 創作日記
イローナは楽譜を胸に抱いて図書館を出た。
「フランソワ・ヴィヨンはお前によって遠い昔から帰ってくる」
顔も知らない詩人がとても近くに感じられた。
森を抜けると、村人が集まっていた。中には拳を突き上げているものもあった。
「国王様万歳!」
「勝利、勝利」
歓喜しているものは少ない。殆どの村人は押し黙ったまま、王の帰還を待っていた。点にしか見えなかった行列がイローナの前を通り過ぎた。馬上の王は眠っていた。馬の首に振り分けにかけた敵将の首が虚空を睨んでいた。行列は城への道を進んだ。辺りが急に暗くなり、城の背後で稲妻が光った。激しく雷が鳴った。

急に辺りが、暗くなった。優はアパートへの道を急いだ。肩を寄せるビルの間の狭い空に稲妻が走った。身体に痛い雨が降り出した。雨を避ける場所を探して、いつもは気づかずに通り過ぎる路地を曲がった。
「時の博物館」~ご自由にお入り下さい~
重い扉を押した。中にはいると、雨の音は消えた。それほど広くないフロア。空中に静止した秤があった。「時の秤」。それは時の重みに微かに傾いでいた。

物語のかけら⑦

2006-06-27 22:13:04 | 創作日記
イローナは図書館の重いドアーを押した。本の匂いがした。イローナの好きな匂いだ。ロレンツォはいつものように本に埋もれていた。本の間からギョロ目をイローナに向けた。
「やあ、イローナ」
「ロレンツォ。楽譜を探しに来たの」
ロレンツォはイローナの差し出したメモを見る。
「形見の歌か、フランソワ・ヴィヨンだね」
イローナは真っ直ぐにロレンツォの目を見る。
「知らないわ。歌えたらいいけど」
ロレンツォは背中を向けてはしご段を上がりかけている。
「人が死んでも書物は残る。歌も残る。だが、イローナ。読む人間がいて初めて彼らは蘇る。歌う人間がいて、初めて彼らは蘇る。永遠の生を授かる。フランソワ・ヴィヨンはお前によって遠い昔から帰ってくる」
その時、書庫の方で小さな音がした。
「誰かいるの?」
イローナが尋ねた。
「いいや、誰もいない。私だけだよ」
ロレンツォは背中を向けたまま答えた。

物語のかけら⑥

2006-06-26 22:14:29 | 創作日記
中学を卒業すると、優は小さな印刷会社に就職した。ろくに漢字を知らなかったから、植字工は無理だった。得意先を回り、印刷物を納品し、注文をとる。六さんと呼ばれる50歳半ばの男が車を運転する。優は助手席に座る。六さんは活版職人だったが、腰を痛めて止めた。活字を使う印刷も減ってきていた。六さんは車を運転するだけで、荷物の積み降ろしから、注文取りまで仕事は全て優にさせた。
六さんは煙草をくゆらせながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。二人は殆ど喋らない。以前は活字を拾った指がハンドルの上に無造作に置かれていた。車は動き出しそうにない。
「ワープロの字なんて、記号だよ」
 突然、六さんがつぶやいた。

物語のかけら⑤

2006-06-25 08:20:15 | 創作日記
1611年。今はヨーロッパ史の中からも消えてしまった小さな村。小高い丘に村を見下ろすようにそびえる城。城の背後は絶壁になり、荒い波が打ち寄せていた。村の近くに深い森があった。つづらおりの細い道が古い図書館に通じていた。5月の森。イローナ。17歳の少女。バラードの楽譜を図書館に取りに行く途中だ。彼女は楽譜を読めないが、彼女に歌を教える盲目の司祭のために必要だった。「その音はどちらを向いている?どこにいる?」年老いた司祭はイローナに聞いた。
イローナは歌いながら道を行く。時々曲にあわせて、踊る。イローナの歌は自然の歌声だった。鳥のさえずり、木々をふるわせる風、清流の流れ、さんさんとふる太陽。イローナはふっと、立ち止まり、手のひらに落ちた小さな花びらにそっと息を吹きかけた。イローナの小さな風に、小さな花びらは、小さな蝶のように飛び立った。

物語のかけら④

2006-06-24 07:32:30 | 創作日記
苗字は山本。山本優。一度だけ寮長に聞いたことがある。「山本って誰ですか?」。寮長はしばらく考えた後、「君だよ」と答えた。ある時間から自分が現れた。それは突然空中に浮かんだ一個のシャボン玉のようだ。一つだけ浮かんでいて、いつはじけるかも知れない。
勉強はまるでだめだった。心優しい同級生が後ろに二、三人いるだけだった。分数は分からない。ただ、教師が黒板にチョークで書く分母と分子は好きだった。分母の上に分子が乗っている。分子が大きすぎると、数字は転げ落ちて家の形になった。
中学生になった。里親の話も養子の話もなかった。四年生の時の事件が影響していたのかも知れない。
休みの日になると、空気をぱんぱんに入れた自転車で坂道を上がる。少しずつに大きくなる空に優は吸い込まれる。消えてしまってもいいとその瞬間に思う。

物語のかけら③

2006-06-23 22:33:38 | 創作日記
朝の通勤電車。いつもの場所。いつもの隣人。「山本優さん」。駅の放送が突然、優の耳に飛び込んできた。ハッとしたとたん、電車のドアーが閉まった。胸ポケットをさぐる。定期はいつもの場所にあった。財布もあった。小銭入れもあった。それ以外に落とすものはない。異人同名だろう。女の人かも知れない。ありふれた名前だから。だが、その時、優は落とし物をしたのだ。左手の小指の影を落とした。誰も気づかない。彼さえも一生気づかない。小さな小さな落とし物だった。
左の小指の影は、入口は針の穴よりも小さいけれども、どこまでも深い宇宙をさまよい、世界の果ての図書館に落ちた。そこには1611年の風が吹いていた。影は古い書物の間に隠れて、優が来るのを待った。

物語のかけら②

2006-06-21 20:57:09 | 創作日記
優(ゆう)。男か女か分からない名前。誰が「優」と名前をつけたか優は知らない。優も聞かない。物心ついた時から、優と呼ばれていた。優は誰とも遊ばない子供だった。いつも部屋の隅っこに一人でいた。隠れ蓑をサーと被ると誰にも見えなくなった。4年生の時、施設に優をいじめる5年生の男子がやって来た。人のいないところで暴力をふるった。顔を殴らずに腹を殴った。プロレスの真似をして首や関節を絞めた。男子がいじめに飽きると優は何事もなかったように自分の部屋に戻った。泣いたり、逃げたりしなかった。興奮すると吃る女の子がいた。男子がそれをからかって真似をした。とてもよく似ていた。周りの子供らもみんな笑った。笑いは次の一瞬、凍りついた。後ろ手にテーブルの上に置いていた男子の手を錐(きり)がまっすぐ貫いたからだった。激痛に男子は振り返った。優はすずしい目で彼を見ていた。そして、くるりと背を向け、ゆっくりと部屋を出て行った。それ以来誰も優にかまわなくなった。

ドキュメンタリーする快楽  

2006-06-17 10:52:17 | 創作日記
「私を撮る」~定年までの1年~
2006/6/15(木)3人の聴講生が一人ずつ企画について原一男監督に課外指導を受けました。
すすめられた傘を拒否して、監督は雨の中を走った。「傘なんかいらん」
最初は私。監督が企画書をにらむ事から始まった。あやふやなところは瞬時に見抜かれる。一般的な指導とはかけ離れている。焦点はその企画がどうすれば生きる(ドキュメンタリーになりうるか)かだ。他の2名の聴講生の場合も含めて、私はそう理解した。私の場合は「あなたのモノローグを撮るドキュメンタリーだ」と明快に答えられた。あなたがカメラを持って回す。自分を吐き出す。すなわち私生活を暴露する覚悟が必要だ。そのためには音が生命線だ。買ったばかりの私のビデオカメラにはマイク端子がついていない。

原一男監督はすごいと思う。いや、怖いと思う。

私の企画はここを左クリックで直接見ることができます。右クリック、ファイルに保存で、ダウンロードができます。
見られない方はアクロバットリーダーのバージョンが下位バージョンなのかも知れません。ここからでダウンロードしていただければ大丈夫だと思います。
まだ、男性のキャストが見つかっていません。ちょっと焦ってます。次の日曜日には滋賀の「演劇友の会」に行ってきます。