ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2012.5.26 美容院に通って思うこと

2012-05-26 19:47:51 | 日記
 今日も仕事が休みだと思うと朝は起きられず。息子の送り出しと、タイマーセットしておいた洗濯を干すのも夫に依存。裏の小学校の運動会の音楽があまりに賑やかで、仕方なくのろのろと起きた。ようやく吐き気が治まってきて怠さだけになった。昨夜の夕食は殆ど何も食べられなかったので、お腹が空いている筈なのだけれど・・・。

 午後は学校帰りの息子と美容院で待ち合わせ。2人でカット。
 かつらのお世話になる日が遠からずやって来る。この美容院に通えるのもせいぜいあと2回くらいかな、と思う。もちろん、いずれそういう日が来ることを覚悟していたのだけれど、やはり人前で髪を切ってもらうことが出来なくなることは哀しい。悪いことをしているわけでもないのに、個室で誰にも会わないように気を使ってもらって、ごっそりと抜けた髪の毛を処理してもらう、何とも言えない切ない気持ちを嫌でも思い出す。
 ようやく髪の毛が落ち着いてきた矢先だ。一昨年の10月にかつらをはずした時は、まだまだうんと弱々しくて、前髪が伸び切らない髪だった。あれから2年もたなかったなあ、とウジウジしてしまう。タキソテールの治療後、かつらのお世話になった時間が丸々1年10カ月、そして自分の髪の毛でいられたのが同じ1年10カ月。
 この後はどうなるのだろう、もう生きている限りはずっとかつらなのかしら・・・と、考えても仕方ないことを考えてしまう。
 いきなりベリーショートにするのも気が早い(第一そんなことしたら、かつらデビューした時にかつらにしました!と言っているようなものだ。)ので、とりあえずいつもと同様、ヘッドスパと延長マッサージをつけてリラックスは出来た。担当さんにもまた当分お休みになります、とお伝えして。

 今度は脱毛する前に、いつもの写真館で自毛の写真を撮ってもらおう。遺影はせめて自毛の写真にしたい、というのは前にもこのブログに書いた。これも後ろ向き発言ではなく、ゲン担ぎ。「お墓を建てれば使わない」、「遺影を準備すれば使わない」ということにしたい。いずれにせよ、来年早々の息子の17歳の誕生日の家族写真は間違いなくかつらだろうから・・・。

 今回、薬のチェンジを決めて、息子にも「卒業式、お母さんは多分かつらだけど・・・勘弁ね。」と言ったところ、「出てくれるならそれでいいよ。」と言われた。「じゃあ、是非皆勤賞で名前を呼ばれて起立してね。」と言うと「頑張るよ。」とのこと。
 まあ、そうに違いない。再発当初、息子の高校の卒業式まで生きていられるかどうかと思っていたのだ。それが、あと2年弱となり、それまでは多分大丈夫、目指せ成人式、とずうずうしくも思っているのだから。
 タキソテール6クールで病変を抑えられた時間は、最後のホルモン剤ヒスロンH開始までの1年2か月。精神的にも肉体的にもあれだけの辛い思いをして、それだけの時間を買ったのだと思う。結局、画像上病変が見えなくなった、ということにはならなかった。消えずに残ったものはやはり手ごわいということだ。されば今回のアンスラサイクリン系の薬で引き延ばしてもらえる時間はどのくらいなのだろう。

 一方、夫は昼食後に義母のお見舞いへ。
 施設に引っ越した当初、食べた物を吐いてしまう、ということで一昨日入院していた病院へCT検査に出向いたが、「どこも悪い所はありません。」と太鼓判を押されたようだ。
 水曜日に義妹から写メで送ってもらった義母は、施設主催の運動会に参加して顔色も良く、車椅子に座って麻痺のある左手を三角巾で吊ってはいたが、それさえ見えなければポンポンを持って帽子を被りお洒落をして、どこも病人には見えなかった。
 そして、今日も夫が持参したお土産の水羊羹を美味しそうに食べられたそうだ。やはりもとは丈夫な人なのだな、と思う。
コメント (4)
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