アフターコロナにどんなふうにお客様をお迎えしようか?
これからはマスク姿でしか接する事が出来ないのならその下の可愛い?笑顔をお見せすることが出来ない。
だけど、マスクの下はニコニコ笑顔なのにな・・・!
そこで考えたのが
『マスクの下は笑顔』バッジを作ろう。
会社のみんなに協力してもらって出来上がったのがこれです。
これを見てお客様が少しでも「ほっこり」して下されば嬉しいなと思っています。
早くお客様にお多福さんみたいな笑顔の私を見て欲しいな(笑)
スタッフ全員でお待ちしておりまーす。
ゆっぴー
今出川通から寺町を上がると阿弥陀寺はあります。
浄土宗のお寺で織田家の菩提寺。
天正10年6月2日未明に起こった本能寺の変。
自刃した信長の遺骸の行方には様々な説があります。
阿弥陀寺の開山、清玉上人は幼少の頃から織田家と縁があり、信長とも親交が深かったそうです。
変の際にはいち早く駆け付けますが間に合わず、近習の武士達に遺骸を託され運んで供養し墓を建てたとされます。
全国には多くの信長の墓所がありますが、大正6年に行われた宮内庁の調査で信長の墓所と認められたそうです。
毎年6月2日には信長を供養する法事、信長忌が執り行われます。
通常非公開ですが、この日は寺宝などが公開され多くの参拝者で賑わいますが、
今年は新型コロナウィルス感染予防のため参拝人数、時間を制限して行われ、ご住職の講話をお聞きしました。
信長の本廟所は本堂裏の墓地にあり、変で共に命を落とした森蘭丸らと眠っています。
墓地はいつでも入ることができます。
京都好き男 細木
6月2日は「本能寺の変」が起こった日という事で本能寺を訪ねてみました。
本能寺は法華宗本門流大本山で、本能寺の変後、秀吉の都市計画で現在地に移転。
境内には室町時代の粋を集めた本堂、信長の三男信孝が建立した「織田信長公廟」、宝物館などがあり、宝物館では現在「信長×光秀」展が開催されています。
9月30日までで700円です。
信長が光秀に襲撃され自刃した「本能寺の変」の舞台となった、信長が京の宿所としていた「本能寺」は、現在地より西、油小路蛸薬師付近にあったとされ「本能寺跡」の石碑が建ちます。
東西150m、南北300mあり堀も穿かれていたと言われます。
「本能寺の変」は戦国時代最大の謎と言われ、なぜ光秀が主君信長を討ったのか。
今でも「怨恨説」、「野望説」、「黒幕存在説」など、研究者の間で議論されています。
大河ドラマ「麒麟がくる」のクライマックスが楽しみです。
寺町を北へ進むと、信長ゆかりの地があります。
今出川を超えると阿弥陀寺。織田家の菩提寺で信長の墓として有力とされます。
さらに、北大路、大徳寺には秀吉が信長の葬儀を盛大に執り行った塔頭、総見院。
西に行くと明治天皇が明治2年に信長を祭神として創建した建勲神社があります。
歴史には謎が多く、空想しながら歩む歴史ロマン。
是非訪ねてみてください。
安全、安心な街、京都。
各自コロナ対策をして文化観光都市、京都を守りましょう。
京都好き男 細木
雨の季節が近付くとシモツケ「下野」が咲きだします。
細やかな花が密集して咲きます
栃木県の下野で最初に発見されたそうです、そこから名前がつきました
<サイダー>