2015年12月23日(水)
月曜日に大岡山のH碁会所でSさんと打ち納めをした。数週間前には満員だった同じ場所が、同じ曜日の同じ時間帯に今日はがらんとしている。僕らの他に3組ほど、いずれも男性高齢者で紅一点は席亭さん、商店街に面した窓からぼんやりと陽の差し込む、静かな師走の午後である。
今日は白番で、二連星・向かい小目・両三々と順に試してみる。3局目を打ち始めたあたりで、珍しく若い女性の二人連れが入ってきた。
「外国の方?留学生なの?棋力はどのぐらいかしら?」と席亭さんが訊くのに、「始めたばかり、初心者です」と滑らかに答えている。一人はインドから、もう一人の僕らと同じ顔立ちは中国系だろうか、オーストラリアからだそうだ。大岡山は東工大があるので外国人は珍しくないが、この二人は他の大学らしい。インド人女性の方が碁に入れ込んでいると見え、13路盤を囲んでルールを説明しながら対局を始めた。がらんとした室内に、歯切れのよいきれいな英語がこだまする。
そのうち、周囲の対局者たちがもぞもぞと話し始めた。
「どこからだって?インドとオーストラリア?ははあ、こっちがインドだな」
人を面と向かって指さすのはどうなんでしょうね、だいいちこの人たち、日本語は相当達者なんですよ、ぜんぶ分かっちゃってるよ。
「オーストラリアかあ、留学してくるなんざ、俺よかよっぽど頭いいんだよなあ、顔はそんなでもないけど」
聞いちゃいられない。よっぽどたしなめたいところだが、これはかなりの難題で、電車の中で立ってるお年寄りに席を譲るよう呼びかけるのとは訳が違う。二人が碁に熱中しているらしいの良いことに、こっちもSさんとの対局に専心する。
小一時間の後、二人が立ち上がった。えいや、と声をかけてみる。
”Welcome to Japan, young ladies, I enjoyed your talking. You're nice friends."
オーストラリアのお嬢さんは目を伏せたまま身支度に余念がない。インドの娘が振り向いて、笑顔で親指を立てた。
"I'll come back."
"Sure, you will."
二人が出て行って、室内に静寂が戻る。席亭さんが誰に言うともなく、
「前はもっと来たんですよ、留学生の子たちが。アルゼンチンとかブルガリアとか、それがまた強いの!」
そうなんだよね、世界的に見れば碁は着実に競技人口を伸ばしている。中国で生まれ、日本で育った、ボードゲームの王者が囲碁である。日本人はそれを誇りにできるのに、何てもったいないことだろう。碁会所に日参するこの人々がほんの少しだけマナーとおもてなし精神を発揮するなら、商店街の2階の小部屋に立派な国際交流の場ができるのに!