2018年10月8日(月・祝)
『西遊記』
日本の子どもなら、あるいは日本の子どもとして育った者なら、誰でも知っている超ベストセラー古典。しかし、実際に知っているのは三蔵法師に孫悟空・猪八戒・沙悟浄らの主要メンバーと、印象的ないくつかの場面ぐらいではないか。
この物語は唐代の僧・玄奘三蔵がはるばるインドへ旅し、貴重な仏典を多数もち帰った史実を踏まえはするものの、史実はその設定までであとは想像自在のファンタジーワールド、物語の主人公も玄奘からシフトしてスーパーモンキー孫悟空に移っている。
西遊記冒頭はその孫悟空の誕生から始まるのだが、誕生の仔細を正確に復唱できる読者はどれほどあるだろう?
「石から生まれた石猿」という表現がくりかえし出てくる通り、石が弾けて生まれたことは間違いないが、問題はこの石の卵の由来である。その仔細が子供向けの『西遊記』にどの程度書かれているか、仮に省略され「石の卵ありき」で始まっていたとしても、あながち非難はできないようだ。原著のその部分は、たとえばこんな風に書かれている。
暗やみに光がさした。天と地のはじまりだった。ひきつづいて世界ができる。
東勝神州(とうしょうしんしゅう)
西牛賀州(さいごがしゅう)
南贍部州(なんせんぶしゅう)
北倶蘆州(ほくぐろしゅう)
これら四つの世界であった。はなしの発端は東勝神州だ。ここには傲来国(ごうらいこく)というくにがあった。まわりが海だ。海の中に山があった。花果山という。てっぺんに大石が転がっていた。高さが三丈六尺五寸、考えただけでも気が遠くなるような大石だ。あたりには陽をさえぎる立ち木は一本もなく、石の根っこに芝蘭が群生していただけである。
石は開闢のはじめから、そこに転がっていた。何百万年、何千万年、何億万年、転がり続けていたかわかりはしない。そのあいだに日にさらされる - というのは太陽の精華を吸収したことである。そのあいだに月に照らされる - というのは月の太陰の精髄を吸収したことである。
いつのまにか石の胎内に『たましい』が宿って、それがだんだん成長した。とうとうパーンと石が裂けた。卵がうまれた。おおきさがバレーの球ほどもあろうか、という石の卵である。まもなくこの石の卵が割れた。猿がうまれた。石猿である。
『完訳 西遊記』(上)村上知行訳 現代教養文庫(社会思想社)P.11-12
(続く)