Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華 番外編3

2024-10-11 14:40:34 | 日記
 寺からの帰り道、何時ものお姉さんと顔の合った智だ。

 「あんた、お寺で何かあったのかい?。」

お姉さんは尋ねた。お姉さんは彼女の家の窓辺に顔を出していた。この窓辺の前を先程史が通って行ったのだ。彼女はその時、史のせいで智が悪影響を受けた、悪い言葉を教えたね、と、窓から罵った。すると史の方も負けてはいなかった。自分は教えて無いさ。智にしても本当の事を言っただけだろう、と、一向に怯まなかった。そうして、あいつは間が悪い奴だから、寺で何か嫌な事に出会して、あんたそのとばっちりを受けたんだろうさ。と悪態をついた。続けて史は、事は昨日の事だったんだろう。丁度寺が取り込んでた時だよ、姉さんはその時、ムシャクシャでもしてた智に出会って、きっと八つ当たりされたんだよ。それだけさ。とにべも無く、彼女は子供にやり込められた。

 「ふん、俺だって忙しいんだ。あいつの面倒ばかりみてられないよ。」

そうあんたの妹の方にも言っといてくれ。史はそれだけあっさり言うと、又足に力を入れて疾風の如く彼女の家の前を駆け去って行った。窓辺には唖然として去って行く子供の後ろ姿を目で追うだけの、彼女の姿がポツンと取り残された。

 「八つ当たりか…。」

彼女は呟いた。それはそうとして、大人を馬鹿にして、あの子、子供のくせに許せない。彼女は頬を朱に染めて憤慨した。寺の方向を見ると、先刻物陰から見送った子供の方は未だ寺から帰て来てい無い様子だ。そう推量した彼女は、『待っておいで、八つ当たりのお返しはするからね。』と、ほくそ笑んだ。友の仇は友で、史の仇は智で、なんて、丁度いい名じゃないか。如何してやろうか、と彼女は思案投げ首となった。

 家の中を覗くと、丁度裁縫中の尺が布の上に置かれていた。妹の物だが、これをちょっと拝借しよう。彼女は取り敢えずそれを手に取ると、寺から戻る智の事を待ち受けた。するとそう長く待つ事も無く、寺の方からぽつぽつ歩いて来る智の姿が見えた。まず何と言って言葉を掛けようか、この窓の下に上手く誘き寄せないと…。彼女は考えあぐねていた。

 「ああ、お姉さん…。」

しょぼくれた智の姿に、言葉を掛けかねていたのは彼女だった。昨日の事が気になっていた智の方は、彼女の家が近付くに連れ、昨日彼女に言い放った言葉が気に掛かって来た。窓辺に彼女の姿を認めてからは、謝ろうかどうしようかと煩悶しながらここまで歩いて来ていた。そこで二人の内最初の言葉を口にしたのは子供の智の方だった。智にしても何と言って良いか分からないので、これはごく自然に出た言葉だった。お姉さんの方は子供が涙で潤んだ目で彼女を見上げて来るし、見ると頬には涙の跡さえ残っている。何と対応して良いのやらと、暫し無言の体でいた。

 「今日は。昨日はごめんなさい。」

子供の方は漸くそれだけ口にした。他に言葉が浮かんで来無い。智はそれじゃあと言う様にこの窓辺から立ち去り掛けた。

 「一寸お待ち。」

彼女の方は漸く言葉を発したと言う感じで、子供を呼び止めた。「御免で済めば何とかは要らないと言うでしょう。」と、この子がきっと知りもしないだろうと思う言葉を口にしてみた。「それ何の事?。」、案の定、子供は彼女の言葉に興味を示して、彼女の言葉に乗って来た。言葉巧みに子供を窓下に誘い込んで、彼女は今しも手にした物差しを子の頭に振るおうとした。その時、

 「それ、私の尺じゃ無いですか?」

彼女の妹の声が掛かった。振り返ると、部屋の入り口には何時の間に戻って来たのか彼女の妹の姿が有った。「当然、するなら自分の物で。さっき子供の方は謝罪していた様だけど、姉さんはそれでもそうしますか。」等々、妹に嗜められた結果になった彼女は、手から尺を離すと、妹から顔を背けた。そうして、バツが悪そうな顔をすると、再び窓辺から子供を見下ろした。妹の方はそのまま彼女の部屋に入り、正座すると遣り掛けていた裁縫の続きをする気配だ。彼女はとんだ邪魔が入ったと気が削がれてしまった。

 窓辺にまで来てしまった子供に、世の中には謝っても済まない事があるのだと、渋々説明する彼女だったが、昨日の言葉なら、やはり意地悪の方だったと妹の声。史という子にも確認したし、智の身近な子や大人にも確認したが、その子はそんな言葉の意味を知らない様だ。そう妹は姉に進言した。

 「気にする事ないわよ。気にすると返って変よ。」

妹はそう言うと、何にしても単なる子供の戯言でしょう、一笑に付してしまいなさいよ、お姉様。と、如何にも落ち着き払い鷹揚な態度だった。子供の方は、訳も分からずにその場に佇んでいたが、姉妹の遣り取りにやはりもう一度謝った方が良いと感じていた。再び謝りの言葉を口にしようとした時、姉の方が先に寺で何か有ったのかと子供に尋ねた。彼女は子の涙の訳を知りたかったのだ。史の先程の言葉も気になっていた。子供は寺で何か有ったのだろうか?。

うの華 番外編2

2024-10-11 10:36:21 | 日記
 さて、暫時遊んでみると、今日もこの境内には誰もやって来無いという閑散とした気配が漂い始めた。もしかすると、と、その静寂を察知し始めた智だった。見ると、何時の間にか本堂の所に居た住職さんも消えていた。『これは帰った方が良いだろうか?。』智は不安になった。

 「こんな所に箒だけ有る。」

本堂の下の踊り場に遣って来た智は、投げ出された様に無造作に放置されている竹箒を眺めた。これは先程住職さんが使っていた物だ。当の住職さんは何処へ行ったのやら、側には影も形も無い。不思議に思い智はキョロキョロと辺りを見回した。それから石段を降りると、智は山門に向かって歩き出した。帰宅するつもりだった。門の外、通りを見晴るかすと人の気配は無い。やはりそうだ、これは来てはいけ無い合図だと、智は八百屋のおばさんの言葉を思い出した。将にこれが寺への立ち入り禁止、延いては家からの外出禁止に当たる、必要不可欠な条件になるのだった。

 『おやっ⁉︎』、道の向こうに小さな人影が見えた。智がその動く人物に注視していると、影は色彩を帯びた。その人物が来ている衣類の色だ。一人の人物が此方へ向かって移動して来る。智がよくよく見ると、それは小さな子供だった。「子供だ!。」智がそう気付くと同時に、向こうも智を認識した様だ。人物は一瞬ハッとした感じになり、続いて確信を持った様で、一目散に智を目掛けてダッシュして来る。『史ちゃんだ!。』こう気付くと、智は嬉しく、頼もしく思った。遣って来る子供は何時もの遊び仲間、史だったのだ。史は智の家へ遊びに行き、もう寺へ行ったと聞くと、「寺へ?」と、不審に思いながら、教えられるままに此処へと遣って来たのだった。

 智に出会って開口一番、寺に来て大丈夫なのか?、と史は言った。勿論と、取り敢えずここ迄無事だったのだからと、智は胸を張って返事をした。

 「そうか、無事ならそれでいいんだ、こっちは偉い目にあったけど。」

智ちゃんのせいで…。史は言葉を飲み込んだ。やや顰めっ面で智の事を眺めて来る史に、「なあに?。」と、何事かと思った智は問い掛けたが、一寸ねと、口止めされていた史はそれ以上多くを語ら無かった。

 「それより、折角寺に来たんだから遊ぼう。」

と、史は智を寺の奥へと誘った。帰ろうと思っていた智は不安になった。今の所は無事で来たものの…だ。智がそんな不安を口にすると、今迄が無事なのだからこれからも大丈夫だ、と、物知り顔で事も無げに史は言った。

 「よし、遊びに行こうぜ。」

史は智を置いて元気よく本堂に向かって走り出した。あ、一寸、でもと、言いながら、釣られて智も今来た道を戻り出した。しかし、『大丈夫かしら?』、小走りに進みながらやはり不安は拭え無かった。

 結局、智の不安は的中した。本堂の外、階段や欄干を所狭しと走り回った彼等は、五月蝿いと叱責されて退散する事になる。

 「誰だ、五月蝿い!。」

一刀のもとに斬り倒された。欄干の上にいた史は転げ落ちた。あ、危ない!。思わず智が声に出し、大丈夫かと声を掛けたが、踊り場に落ちた史の方はそんな智にはお構い無し、直ぐに起き上がると、大丈夫等の返事は何もせず、智にさえ目もくれず、後をも見ずに一目散に寺の外へと駆け出して行った。あれよあれよという間である。後には史を見送って、智だけがポツンと取り残された。

 「ごめんなさい。」

本堂に向かって何度か声を掛ける智だ。中からは何の返事も無い。そんな寺の騒動を聞きつけてか、鐘撞堂の裏手から先程の住職さんが姿を現した。何を騒いでいるのだと、智にやや渋い顔を向けた。すると、智が返事をする前に本堂の戸が開き、「おお、待ちかねたぞ。」と年配の男性が姿を現した。

 「して今日の首尾は?。」

男性の問い掛けに、ままぁまぁです、と住職さんが答えた。すると、今迄真顔だった男性は相好を崩し、上出来上出来を繰り返すと、本堂の奥へと消えた。それを見て外にいる住職さんも笑顔になった。

 それでと、お前何を叱られていたんだ。と、住職さんは自分の傍らで不貞腐れ、目をしょぼつかせている智に声を掛けた。何もしてい無い、遊んでいただけだと答える智。

 「遊んでいた?、遊んでいただけでは叱られる事もあるまい。」

彼はベソをかく子に優しく宥める様に声を掛けた。ふふっと笑う声さえ漏れた。その顔は笑顔の様だ。優しく接しられた子は、妙に涙ぐんでしまった。

 昨日の今日だ、子供は悪い事をした気分だった。しかしその悪い出来事が分から無かった。今も何時も通り仲間と闊達に遊んでいた所だ。間が悪いという事を知らないのだ。

 「何が悪いのか、分からないの。」

とだけ、子供はポツポツ言ってみるのだ。住職さんは、はぁてと、何から教えて良いかと困ってしまった。世の中には「機を見るに敏」という言葉があるが、言わばお前と反対の人物の言葉だなと口にしてみる。子供の方は益々混乱して何が何やら分からず、涙が溢れて来るのだった。

 「ああ、もう、未だこっちは談合中だ。」

再び本堂の入り口に先程の年配の男性が現れた。住職さんの父、先代の住職さんだ。「五月蝿いから、お前、子供の相手をするならあっちで遣っておくれ。」「お前も大概にして、サッサと入っておいで。」、こう注意すると、「やぁ、私はここの前の住職でね、何時も息子が世話になっている様だ、ありがとう。今日はここの寺は取り込んでいるから、明日また遊びにおいで。」愛想よく智に語り掛けた。智は、挨拶して御免なさいとだけ、漸く口にする事が出来た。

 「全く、子供の相手ばかりしおって、大人の相手はさっぱりでしてね。」
 「不祥の息子でして。」

そんな声が中から聞こえて来ると、外にいた住職さんは唇を噛み締めた。彼は俄に景色が悪くなった。傍の子供にもうお帰りと言うと、転がっていた箒を手に取った。