Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

明日から3月

2025-02-28 10:00:52 | 日記
 こう書いて始めると、明日には、今日から3月と書き出しそうです。暇というか、平和ですね。一時の安らぎかもしれません。人生を振り返ると、私の幼少期は昭和30年代、未だ戦争への不安が語られていた頃です。周囲は豊かになりつつも、お金で買えない時代が有った、欲しい物は買える時に買ってやりなさいと、母が祖父から言われていた事を思い出します。それで私は、温泉宿で土産物の黄色いガマ口財布を買ってもらった覚えがあります。普段欲しいと言う殆どの物を買ってもらえ無かった私の事、これは嬉しくて仕様が有りませんでした。祖父のしみじみとした言葉に、幼くても物資不足の戦時中時代を感じた物です。
 それはさて置き、法事を終えて両親の事を想う時、父母の若い時代は激動期で大変だったけれど、その後の社会生活は安定していて、最後は平穏無事に生涯を閉じて行ったのではないか、と、彼等の後半の人生の平和を安んじていました。こんな事を考えるのも、近年の世界情勢、天変地異の激しさを感じるからでしょう。気候一つとっても、気の休まる時が無いという感じです。繰り返しの犯罪、紛争、厄災のニュース、昔からこうだっただろうかと感じる程、毎日の食卓での話題が尽きません。
 2月には節分、立春が有ったなぁと思い出せば、3月は桃の節句です。我が家には卒業や入試に関わる子がいませんから、のんびりと雛祭りや、次の花の季節を楽しみたい物です。天変地異が起こりませんように。


雨の水曜日

2025-02-26 08:02:34 | 日記
 そろそろ花粉が威力を発揮し始めたのでしょうか、朝からくしゃみ鼻水です。雨なのに…、と、不思議でもあります。昨日外出したので、そこでくっついて来たのでしょうか?。
 今朝は氷点下にならず、雨も降っていましたから、雪解けも進むのだろうかと期待していましたが、玄関先の雪には目立った変化が無くややがっかりでした。日差しの方が効果があるのかもしれません。大雪の後は、一日でどれだけ雪の嵩が減るのかと、毎年楽しみにしています。
 さて、昨日の外出で少し疲れたので、何しろ車を出すのに奮闘したので、今日はのんびりと休みたいです。無理しなくても、自然の陽光に雪解けを任せて大丈夫だったのですが、急用が有り焦っていました。内心、そう無理しなくても、取り止めてもいいじゃないかと思いつつ、やはりここは主婦感覚でしたね、一円でも惜しいという感じだったのですね、我ながらお恥ずかしいです。
 巷ではノロが流行り、蒸し牡蠣でノロが出たとか、蒸し方が不完全だったのかしら?、怖いですね。美味しいものは生が怖いです、暫くは十分加熱できる食品を食べて、この時期、冬から春へと無事に乗り切りたいですね。生、半生、御用心です。

お天気回復傾向 

2025-02-24 10:16:30 | 日記
 お天気が回復傾向で、日差しが差し込んでくるのが嬉しいです。明日からは春の陽気になって来るという事で、待ち遠しいです。待ちきれずに車の雪を降ろしたり、少し玄関先の雪を掻いたりしていました。我ながらせっかちな事です。
 連休も最終日、2月ももう終わりの週ですね。冬が去っていくと思うと、早い物だなぁと思ってしまいますが、私の年齢になると、この後はまた暑い夏が来るのだと思ってしまいます。その前に花見や、新緑の季節があるというのに、こちらの感覚もせっかちですね。酷寒と猛暑の合間に、一休みして骨休めする時間を持ちたいと感じています。広い温泉でのんびり、上げ膳据え膳でのんびり、自然に溢れた光景を愛でてのんびり、そうですね、のんびりしたい物です。

連休初日

2025-02-22 11:53:06 | 日記
 今日は天皇誕生日を挟んでの連休初日ですね、時折日差しが差すのでホッとしています。車の屋根雪など降ろしに行こうかと思う晴れ間です。
 今年の雪は、今月初めは重い雪でしたが、今頃になると軽い雪に変わっているので、雪掻きは苦にならなくなりました。その分短時間に除雪できるので、外にいる時間も少なくて済みます。午前雪掻き、午後昼寝、夕方に積雪の具合を見て除雪の補修、というのがここ何日かの雪の日のルーティンです。大雪に備えて、前以て備蓄してあるので、毎日の家事というと雪掻きに除雪、炊事洗濯と、実は掃除には未だ手が回っていない状態です。廊下の端の埃が気になってはいます。掃除機でズイッと撫でて行けば良いのですが、廊下は寒い。外よりはマシなのに、何故家の中の廊下に出る気になれないのか、我ながら不思議ですね。

毎日が雪

2025-02-20 08:51:21 | 日記
 久しぶりのような気がする連日の雪の日。この久しぶりというのは、私の人生の中ではという意味です。冬らしい冬を過ごすという感覚が、小学生の頃、校舎の中から眺めていた雪の日を思い起こさせるからです。また今日も雪、どのくらい降るかな、あまり積もらないといいな。そんな事を考えて窓外に降り落ちる雪を眺めていました。
 子供時代にも除雪作業はしましたが、お陰で少しは雪掻き出来ますが、子供の頃と大人になってからは作業に対する要領というか、勝手というか、作業をする感覚に違いを覚えます。子供時代は10分も雪を掻くと既にヘトヘト、雪かきが重労働に思え、遊びというよりも仕事、冬の必要な家事という物であり、家族や家への責任感に突き動かされて渋々動いた、という面も無きにしも非ずでした。
 後年になると、体力的に無理せずということを学んだ後々の事、肘や膝、痛めれば完治まで数年掛かる、今やもっと掛かるだろう事を知っている年齢です。少しずつ無理無く、と、昔取った杵柄の思いで除雪作業に取り組んで来ました。すると、ポツポツと、雪を開けてみると、気が付けば1時間以上はザラ、2時間も外にいる事があったくらいです。我ながら不思議でした。家に入れば、汗だらけな事に気が付き、弾む息にもこんなに作業したのかと驚きを隠せない程、真冬のシャワーで汗を流すと、寒さも吹き飛ぶ冬の日差中。夏でも無いのに日中の湯浴みです。しばらく暖房の部屋で軽装で休憩です。その後はできるだけ除雪しないよう、体が冷えないようにと風邪をひかないよう気をつけた物です。
 が、これも、高齢者になる以前のこと、ここ迄来ると、重い雪の除雪にミシ、という我が身の音や、腰の負担、肩や腕の筋肉の張り、色んな体のサインを気に掛けながら、更に無理無くと除雪作業に取り組むのでした。そうです、取り組むんです。放って置けない状態の我が家事情です。雪掻きが好きな訳ではありません、念の為。