橋長戯言

Bluegrass Music lover, sometimes fly-fishing addict.
橋長です。

EHAGAKI #343≪ことばの起源≫

2016年10月24日 | EHAGAKI
言葉の使い方、常に変化するものとはいえ「変だなぁ」「汚いなぁ」と実感する今日この頃であります
空気を読み「いいね!」と褒め合うかと思えば、違う意見には炎上!

ことばの起源は、噂話を通じて互いの安全を確認、群れを作るとそれは、集団の掟を確認しあう役割となった、とか
個人よりも強固な集団を優先するのは、古来から人間の本能かも知れません
特に“世間”というものを気にする日本人、行き過ぎないことを願うばかりです

さて、今回のお題は「ことばの起源」であります
 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

◆言葉とは「毛づくろいの代わり」であった
色々事情があって、人類は毛を脱ぎ捨てたので、毛づくろいが出来ない  それで毛づくろいの代わりにしたのが「喋る」「世間話」ということ
実にあっけない結論  言葉というのは初め、遊具・オモチャであったという結論 以下、類証・例証を集めながら説明

◆ダンバー曰く、言葉は所詮「仲間内の噂話をするための道具だ」
コミュニケーションは、二人で語り合って何かを結論を出すために語り合うのではない コミュニケーションは、ずっと話し続けるために語るもの、それがコミュニケーション(内田樹氏)
結論を出すとそこで終わり  「君と話したくない」という代わりに「君の言うことは分かった」という

◆人間は生後18ヶ月で言葉を話す  
2歳で語彙数がゆっくり増えるが、50あまり 3歳で千、そして単語を繋げて文にし、話し始める 6歳で1万3千語 18歳では普段使う言葉6万語以上
以後の人生で毎日平均で10個、90分に1つのスピードで新しい単語を覚えていく 「こんな言葉知らない」ということが何歳になってもある  人間は、言葉というものを、死ぬまで覚えていく

◆社会では?
言葉を売っている新聞 イギリスの例)
「ロンドン・タイムズ」、タブロイド版の「サン」の二大紙
ロンドン・タイムズ 政治経済が記事全体の57%、人物・ゴシップが43% 政治経済面と、ゴシップ記事がほぼ半々
サンは政経は22%、ゴシップは78% (78%の中には文化とかイベント等々も含む)

「豪栄道優勝」というよりも、どのくらい今まで駄目だったかとか、決定戦の夜は眠れなかったとか、そういう「まつわる」情報を知りたがる

◇情報だけボンと出すと?
新幹線の車内に流れるあの電光ニュース あれ見てイライラしませんか?
「今月7月は降雨量が先年の50%しかなかった」 それ読んで「だから何が言いたいんだ! お前は」みたいな
背景とかドラマ、「裏」を知らないと我々はその話題を楽しめない そういう事情・状況が言葉として伝わってこないと、情報だけでは耐えられない
やはりゴシップ好き

◆変化は1千万年前の頃にやってきた
気温が下がり、アフリカの森林がだんだん枯れ始めた 海水温度は、なんと10度も下がった 森の木の実が減り、食料不足になった
こうなると森に住んでいたサル、特に類人猿は困った 先祖の類人猿は青い木の実を食べる能力がなく、熟れた実しか食べられなかった(タンニンを解毒する能力がなかった為)

ヒヒ等は青い実を食べる能力を育てて、森に踏みとどまる 類人猿たちは700万年前、森を出て草原に向かった
熟れた実を探すサルの一団になった、そして草原では、恐ろしい事が次々起こる 草原には剣の歯を持ったトラ、ライオン・ヒョウ・ハイエナ・リカオン、等々恐ろしい肉食獣たちが待ち構えていた

おそらく人類は、群れ全体の20から40%が襲われて死亡 絶滅の危機に瀕する この絶望に類人猿は2つの偶然を活かす
1つは、身体を、食べられにくくするために、とりあえず大きくした  そしてもう一つ  遠くが見えるように、草原の中で立ち上がった
四つ足を、前二本を諦めて、立ち上がり背伸びして遠くを見る  安定が悪く、スピードが落ちるが二本足で移動した  移動する時に、群れで生活をし始めた

襲ってくる獣はそれぞれ攻撃距離がある
チーターはスタートから数秒後で時速100キロになる だから60mが危険距離 60m以上離れておけば、とりあえず逃げられる可能性が出て来る
ライオンなら30m離れておけば大丈夫 ヒョウで10m 安全を測る距離が、解ってくる
その上に群れで行動すれば、誰か一匹が見つければ伝えられる 「危な~い!」

◆群れを作る時に最も重大だったのが「毛づくろい」
毛づくろいのコミュニケーション 「やってくれたら、やってあげる」 「私の背中を掻いてくれたなら、あなたの背中を私は掻きましょう」
これが毛づくろいの鉄則

もちろん、その中身は、虫・汚れの除去等々であるが 毛づくろいの間は「敵が来たら私が教えてあげるから」という約束事が含まれている それ故、リラックス出来る リラックスした瞬間にエンドルフィンという脳内合成麻薬が出て、ストレスが激減する 1回エンドルフィンが出ると、次の日に「またエンドルフィン出したいなぁ」となる この「快感の交換」、これこそが群れを作るという動機を励まし、類人猿の生き残りの協力者となった

◆祖先は草原で生き抜くために群れを作る
その群れが大きくなったが故により多くの食料が必要となり、そのためには遠くまで歩き始めた 人間が最も安定した集団を組みやすいのが、150人 200人になると阻害というか、意思疎通が上手くいかなくなる

◇アマゾンにいるベルベットモンキーは、仲間に危険を知らせるため鳴き方を使い分ける
地を見ろ・木を見ろ・空を見ろ 「大地を見なさい、ヒョウが近寄ってる」 「木を見ろ! ヘビは上から狙ってる」 「もっと頭上を見ろよ! ワシが狙ってる」 それぞれ見る場所の注意・警報が異なる

◆祖先は、その鳴き声を聞き分ける耳を持たねばならなかった
熟れた果実しか消化出来ないから採取する季節を記憶しなければならなかった そして「色」 人間は熟れた実だけしか食べられないから、熟した色を見分けなければならなかった  色を見分ける、鳴き声を聞き分ける等、そういう情報を入れる度に脳の進化が始まった

◇長距離移動で、汗をかく
汗をかくと、着ている毛が邪魔になってくる、そして捨てる 「裸の猿」 マダガスカル方面に向かって歩き続けた草原のサルは、ついに海に達する 海に入って逃げない貝等を食べ始めた、上手に追い込んで、魚を食べ始めた そうすると、ますます濡れた毛が邪魔になる

◇海の中に腰まで浸かって歩くうちに、歩き方がどんどん上手になっていった、という説もある 海が歩行器の代わりになって直立歩行を助けた
集団としては150頭前後いる だけど毛が無くなった 毛づくろいをすることが出来ない 「毛づくろいの代用となったのが言葉の誕生である」という説

◆最初は150人という集団のゴシップだったはずだ、と
「あの男には気をつけるのよ」  「ちょっかいだしてくるからアイツ、嫌いよ!」  そういう仲間たちに伝える集団共有の掟、出来事の報告等々  そして下世話な話題、そういうものがコミュニケーションに使われ、言葉はゆっくり膨らんでいった

◇夫婦間で同調するのも、人の悪口を言う時
「そうでしょ? 私もねアノ人はそういう人だと思った」とか 真面目な話はしない 「良かったよなー、ロシアと上手くいって」「TPPは」なんて話さない  「アイツさ、アブナイらしいよ」「やっぱりね!」とか

◆毛づくろいの代用で言葉は生まれ、発達した
発達していくうちに、人の脳は、その人が話す言葉の意味よりも、その言葉の裏側に隠していることを知ろうとする 「彼は何が言いたいのか」、それを懸命に探すようになる 会話はどんどん複雑になってゆく この言葉を膨らましたのは、仲間内のゴシップ 仲間の噂話等々無責任に語り合うことは、集団にとっては重大なことであり、それを語り合うことによって集団の目に見えない掟を確認し合うことになる

◇最近のテレビ、在京テレビ3局は同じような内容
実はそういう噂話が集団の掟を確認するための遠回しの儀式ではないか?

『他人の浮気など別にガタガタ言う必要は無いと思うんでありますが、「ガタガタ言わなくてもイイんじゃないの?」つうと大変非難が集まったりする。非難する人が集団全体の掟を確認するために、という。ですからドンドン掟が一般化していくというね。スペシャルを絶対認めない』 武田鉄矢

◇今問題になってるのは、言葉の中で「言葉が一種の裏切り者をあぶり出す手段」として用いられている
ゴシップを語り合って、そのゴシップのやり取りの中で「あれ? コイツこんなこと考えてんのか。群れ全体にふさわしくないなぁ」というあぶり出しの「センサー」として言葉が使われている

◆ロード・レージ (Road Rage)とは、普段は温厚で人当たりの良い人物が、運転中に他車の割り込み、クラクションなど些細な事で人格が一変するかのように激高する心理状態
相手が目の前に居ないネットでの会話・交信は、ロード・レージ同様、罵り言葉が常軌を逸したものになる  相手が見えてないと罵る言葉が極端に汚くなるという傾向がある

◆進化とは「やり繰り」
現代、言葉を巧みに使う人間 ブログやらライン、SNS、これも一種の「毛づくろい」 遠くの仲間と交信するのは動物の快感
この様な毛づくろいは仲間に対する自己宣伝でもあり、露出によって「俺は沢山の人に知られているんだ」という快感 また炎上等々の個人攻撃も、一種毛づくろいの快感の名残り

ダンバーは繰り返し言う

進化とは、何か大きい目標に向かって生命が大躍進を遂げたような響きがあるが、そうではない 進化とは、とどのつまり、「やり繰り」のことである
先のことを考えたんじゃない 「今日どうする?」っていうやり繰りから工夫していったものが進化になった

毛がなくなった、じゃあどうするか? 「鳴き声でお互い鳴いてみよう」  鳴いてるうちに安らぎが生まれて、それが言語になった

◆言葉は重大な瞬間、役に立たない
言い訳や弁解がすらすら言葉として語られると、その言い訳や弁解は言葉としての信用を失う この辺が言葉の難しいところ

◆言葉の生まれた理由
群れでしか生きられない毛のない猿の必死のやり繰りであった 毛づくろいの安らぎの代理が言葉であり、その中身はほとんどゴシップであった  
 最後に著者:ダンパーはこんな例で言葉の本質を語っている↓

◆無駄話の効用
150人規模の組織を動かしているある女性プロデューサー(テレビ局)
会議室を設けて、娯楽室を潰した するとその150人規模の組織の制作能力が落ちた 視聴率・聴取率が真っ逆さまに落ち、全くヒット作品が生まれなくなった

危機を感じた女性プロデューサーは慌てて社内に飲み物コーナー、小さな小部屋、喫煙コーナーをつくった
すると、新企画が次々生まれるようになった  

これが、「無駄話の効用」
無駄話をすればするほど、新企画が生まれ、会議室を立派にすればするほど、新企画は生まれなくなった

※元ネタ
文化放送「武田鉄矢・今朝の三枚下ろし」を耳で聞いたメモ、ネット上にある書き起こしを参考にしたものであります(参考図書は読んでおりません)

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

ということでした

「不適切な言葉」が問題になり非難する、その発言の前にも「不適切な言葉」があったとして非難する
発表される見解について非難する  それぞれの非難にはしばしば「不適切な言葉」が用いられる

それぞれ非難する人はどちら側かの立場でしょうが、問題の本質についての賛否が語られることは少ない様に思います

意味のある言葉、柔軟で寛容な言葉、批判的でも心ある言葉を使いたいものです
それを妨げる要因は、日本独特の「世間」かも知れませんが

ではまた