碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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もう一つの大河ドラマ「やすらぎの刻(とき)~道」 

2019年05月12日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 <週刊テレビ評>

もう一つの大河ドラマ

「やすらぎの刻(とき)~道」 

 

4月にスタートした、倉本聰脚本「やすらぎの刻~道」(テレビ朝日系)。このドラマは、一昨年に放送された「やすらぎの郷」(同)の単なる続編ではない。老人ホーム<やすらぎの郷>に暮らす人たちの“その後”が描かれるだけでなく、筆を折っていた脚本家・菊村栄(石坂浩二)が、発表のあてもないままに書き続ける“新作”もまた映像化されていく。倉本はこれを、菊村の「脳内ドラマ」と名付けた。

ここでは現在の菊村たちの部分を「刻」、脳内ドラマを「道」とするが、後者は戦前から始まり現代に至る、まさに大河ドラマだ。倉本は、「この脳内ドラマの方は僕の<屋根>っていう舞台がベースです。あの芝居では明治生まれの夫婦に大正・昭和・平成という時代を生きた無名の人たちの歴史を重ねていったんですが、いわばその応用編ですね」(倉本聰・碓井広義著「ドラマへの遺言」)と語っている。

物語は昭和11年から始まった。主人公は山梨の山村で生まれ育った、根来公平(風間俊介)だ。貧しいながらも養蚕業で平穏に暮らしてきた村に、戦争という激しい波が押し寄せる。すでに小学校の先生が思想犯として特高(特別高等警察)に逮捕された。公平も、家族も、悪がき仲間も、公平が思いを寄せる娘・しの(清野菜名)も戦争の影から逃れられない。菊村が書いている脳内ドラマの現在の時間は昭和16年だ。公平の兄・公次(宮田俊哉)は兵隊にとられ、村全体も満蒙開拓団への参加をめぐって騒然としている。倉本が描こうとしているのは、どこまでも庶民の戦争であり、国家の運命に翻弄されながらも必死に生きようとする市井の人たちの姿だ。

こうしたドラマが、終戦記念日の前後に放送されるスペシャル番組ではなく、連続ドラマとして毎日流されるのは画期的なことだ。とはいえ、現代編の「刻」と比べると、「道」は地味で、暗くて、重いと感じる視聴者も少なくないだろう。しかし、地味で、暗くて、重い時代が確かにあったこと。そんな時代にも人は笑い、歌い、恋をし、精いっぱい生きていたことを、このドラマは教えてくれる。

まだ脚本を執筆中だった頃の倉本と対談を行ったことがある。その際、「ここだけの話ですが」と前置きして、「やすらぎの刻~道」で本当に書きたかったのは、脳内ドラマのほうではないのかと質問してみた。倉本は笑いながら「実はそうです。ここだけの話ですけど」(日刊ゲンダイ、2018年6月20日付)と答えていた。あの時代の社会と人間の実相を伝えようとする執念。確信犯である。

( 毎日新聞 2019.05.11夕刊)

 

 

 

 


NHK朝ドラ「なつぞら」 北海道から好スタート

2019年05月12日 | 「北海道新聞」連載の放送時評

 

 

NHK朝ドラ「なつぞら」

北海道から好スタート

 

4月にスタートしたNHK朝ドラ「なつぞら」を、毎日、気持ちよく見続けている。

北海道十勝から始まったドラマの冒頭で、冒頭で18歳の奥原なつ(広瀬すず)が登場し、アニメーターとして歩んだ自分の半生の物語であることを見る側に伝えていた。

またスピッツの優しい歌声が流れるタイトルバックは、朝ドラとしては珍しいアニメ仕立てで、このドラマ全体を象徴する見事な演出だ。

前作の「まんぷく」では、主演の安藤さくらを延々と見せる映像と耳にキンキン響くドリカムの歌声が、正直言ってやや鬱陶しかった。今回は爽やかなオープニングで助かっている。

開始からしばらくは、なつ(子役の粟野咲莉)が十勝で暮らし始めた昭和21年が舞台だった。なつの父親の戦友で、彼女を連れて北海道に戻ってきた柴田剛男(藤木直人)、妻の富士子(松嶋菜々子)、富士子の父である泰樹(草刈正雄)、そして子供たちなど主な登場人物の顔見せにもなっていた。

中でも強い印象を与えたのが泰樹だ。初めはなつを邪魔者として扱うかのように見えたが、実はなつのことを親身に思うからこそだった。牛の世話をする大人たちを観察し、自分も一人前の働き手になろうとするなつに向かって泰樹が言う。

 「ちゃんと働けば、必ずいつか、報われる日が来る。自分の力を信じて働いていれば、きっと誰かが助けてくれるもんだ。お前は、この数日、本当によく働いた。お前なら大丈夫だ。だから、もう無理に笑うことはない。謝ることもない。堂々と、ここで生きろ」

大森寿美男(朝ドラ「てるてる家族」など)の脚本と、草刈正雄の説得力のある演技ががっちりと噛み合った名場面だった。

現在、物語の時間は昭和30年。農業高校の3年生になったなつは演劇に取り組んだだけでなく、9歳の時に戦災で別れた兄との再会も果たした。さらにアニメの制作会社まで見学してきた。

やがて卒業すれば、1人で東京へと向かうはずのなつ。懐の深い豊かな自然と、おおらかで温かい人たちに囲まれた北海道時代が、もっと続いてほしいと思ってしまう。

この朝ドラは100作目であり、おかげで「ひまわり」の松嶋菜々子や「おしん」の小林綾子など歴代ヒロインの顔が並ぶ。安田顕、戸次重幸、音尾琢真といった北海道勢の好演も見ものだ。

とはいえ、主演の広瀬すずの存在に優るものはない。作り物ではない天性の明るさと無敵の笑顔は、朝ドラヒロインの真打ち登場と言えそうだ。

 (北海道新聞「碓井広義の放送時評」2019年05月11日)