碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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『ドクターX』が今回も「快進撃」を続ける理由

2019年11月01日 | 「現代ビジネス」掲載のコラム

 

 

米倉涼子主演『ドクターX』が

今回も「快進撃」を続ける理由

 

第6シーズンとなる、米倉涼子主演『ドクターX~外科医・大門未知子~』(テレビ朝日系)。「失敗しない」どころか、今回も快進撃が続いている。それを可能にしているのは、一体何なのか。

ヒットシリーズが衰退する要因は、皮肉なことに、「長く続いた」がゆえに生じるものが多い。しかし最も怖いのが、制作側とキャストの「慢心」だ。レギュラー出演者やスタッフの緊張感が緩み、ストーリーはワンパターンとなり、視聴者は飽き始める。シリーズ物こそ、現状維持どころか、「進化」が必要なのだ。

ただし、ベースとなる「世界観」は変えずに、細部は時代や社会とリンクさせながら、柔軟に変えていく。つまり「流行と不易」のバランスである。それをしっかり実現しているのが、このドラマなのだ。あらためて、近年の軌跡を振り返ってみたい。

2014年〜病院が舞台の「仁義なき戦い」

「国立高度医療センター」という新たな舞台を設定し、手術室などの施設や設備を含め、病院としてのスケールをアップさせたのが、5年前の第3シーズンだ。

また、そこに居並ぶ面々も豪華だった。いきなり更迭される総長に中尾彬。入れ替わる新総長は北大路欣也。そして次期総長の座を狙うのが古谷一行である。

ライバル関係が続く外科部長は、伊武雅刀と遠藤憲一。また、前シリーズで帝都医大を追われながら、しっかり西京大病院長に収まっている西田敏行も“健在”だった。

しかも男たちの権力争いは、往年の「東映やくざ映画」のようにむき出しで、遠慮がなく、分かりやすい。すべてはヒロインを引き立てるためであり、おかげで実質的「紅一点」としての大門未知子の印象が一層鮮やかになっていく。

舞台の病院が変わろうと、男たちの争いが激化しようと、大門=米倉は決して変わらない。超のつく手術好き、天才的な腕前、少しヌケた男前な性格。このブレなさ加減こそが、このシリーズの命だ。

2016年〜「権力とビジネスの巨塔」大学病院

第4シーズンでの進化は、「登場人物」だった。アクが強く、アンチも少なくない、あの泉ピン子を副院長役に抜擢したのだ。「権力とビジネスの巨塔」と化した大学病院で、副院長と院長(西田敏行)の脂ぎった対決が展開された。

また、米国の病院からスーパードクターとして戻ってきた、外科医・北野(滝藤賢一)の投入も有効だった。

さらに肝心の「物語」も進化していた。たとえば第7話では、当初、耳が聞こえない天才ピアニスト・七尾(武田真治)が患者かと思われたが、七尾は中途半端な聴力の回復よりも、自分の脳内に響くピアノの音を大事にしたいと手術を断ってしまう。大門はその過程で、七尾の女性アシスタント(知英)の脳腫瘍を見抜き、彼女の命を救っていく。

この回の寺田敏雄をはじめとするベテラン脚本家たちが、「必ず大門が手術に成功する」という大原則を守りつつ、より豊かな物語を模索していたのが印象的だ。そうした努力があるからこそ、『ドクターX』一座の興行は継続可能なのだ

 2017年〜「女性リーダー」「ゆとり世代」も取り込む時代性

第5シーズンの冒頭、舞台となる東帝大学病院に、「初の女性院長」である志村まどか(大地真央)が登場した。

彼女のモットーは、某都知事がアピールしていた「都民ファースト」ならぬ「患者ファースト」。医学界や医師たちに清廉性を求めることから、「マダム・グリーン」ならぬ「マダム・クリーン」のニックネームがついていたりして、しっかり笑わせる。

結局、初の女性院長は、キャスターも務めるジャーナリストとの不倫問題で首を切られてしまうが、シーズン開幕のインパクトとしては十分だった。

普通なら、この女性院長を数週間は活用するところだが、わずか1週で舞台から下げたことも驚きだ。「もったいない」と考えるより、優先したのは「贅沢感」。そして「スピード感」を大事にした、余裕の構えだった。

また、このシリーズから、「ゆとり世代」の若手医師たち(永山絢斗など)が入ってきた。その中のひとり、伊東亮治(野村周平)は、自分の母親(中田喜子)の難しい手術を担当して、自らの力不足を痛いほど思い知る。

もちろん大門の活躍で母親は命拾いするのだが、この「ゆとり君」は医師をやめて、なんとミュージシャンを目指すと言い出すのだ。初回の大地に続き、好演した野村も1回限り。あらためて贅沢感とスピード感を見せつけた。

一方、ブレない大門はもちろん、「あきらさ~ん!(by 大門)」こと神原晶(岸部一徳)、仕事仲間の麻酔科医・城之内博美(内田有紀)、院長に返り咲いた蛭間(西田敏行)とその取り巻きたち(遠藤憲一など)といった面々の“変わらなさ”に、見る側はホッとした。

 2018年〜『リーガルV』というトリッキーな戦略商品

すでに忘れている人も多いのではないかと思うが、1年前の2018年秋、米倉涼子主演の連ドラ『リーガルV~元弁護士・小鳥遊翔子(たかなし・しょうこ)~』(テレ朝系)が放送されていた。

このドラマのことを知った時は、ドクターXこと大門未知子先生が、副業で弁護士事務所でも開いたのかと思った。手術続きで、さすがの天才外科医も疲れたのか。それとも同じ役を続けてイメージが固まることを主演女優が嫌ったか。

おそらく制作側が提案したのだろう。「今度は医者ではなく弁護士です。ただし手術室ならぬ法廷に立つ必要はありません。なぜならヒロインの小鳥遊(米倉)は弁護士資格をはく奪されてますから」とかなんとか。

弁護士ドラマの主人公が、弁護士として活躍できない。この一見矛盾した「異色の設定」こそが、『リーガルV』の面白さを支えていた。

本人は「管理人」という立場で、法律事務所のメンバーを集める。それもクセのある人物ばかりだ。

所長の京極(高橋英樹)は法学部教授で法廷の経験はない。大鷹(勝村政信)は大失敗をして検事を辞めたヤメ検弁護士。そして若手の青島(林遣都)は、まだ半分素人。パラリーガルも現役ホスト(三浦翔平)や元ストーカー(荒川良々)といった問題児たちだが、小鳥遊は彼らをコキ使って事実を洗い直していく。

このドラマは、「チーム小鳥遊」とでも呼ぶべき集団の活躍を見せる群像劇になっていた。そこにはスーパーヒーロー型の『ドクターX』や、バディー型の『相棒』との差別化を図る効果も織り込まれている。
 
また、大門の神技的外科手術と組織内の権力闘争などが見せ場である『ドクターX』と異なり、『リーガルV』では訴えた側、訴えられた側、それぞれの人間模様が描かれた。まさに人間ドラマとしての見応えがあったのだ。

たとえば第3話では、裁判の行方を左右する重要証人、被告の恩師(岡本信人)の偽証を見事に覆した。夫の浮気に気がついていた妻(原日出子)の応援を得た結果だ。

そして第4話では亡くなった資産家(竜雷太)の莫大な遺産をめぐって、死の直前に入籍した若い女(島崎遥香、好演)と一人息子(袴田吉彦)が対立する。遺産目当てと思われた結婚の背後には意外な真相があった。

大事な局面では直感と独断でしっかり存在感を示すヒロイン。小鳥遊はドクターXの不在を埋める「もう一人の大門」であり、いわば戦略商品だった。しかし、その後、続編とかシリーズ化という話は聞かない。視聴者はやはり、「もう一人の大門」より、「本物の大門」のほうを求めていたのだ。

 2019年〜「流行と不易」の見事なバランス

今回の第6シーズンでも、大門未知子の「目ヂカラ」と「美脚」と「手術好き」は、2012年の放送開始当時と変わらない。いや、ますます磨きがかかっている。

舞台は東帝大学病院。人事にも「流行と不易」のバランスが見える。ニコラス丹下(市村正親)という投資・再生事業のプロが、院長代理として辣腕を振い始めた。また総合外科部長の潮一摩(ユースケ・サンタマリア)、総合内科部長の天地真理ならぬ浜地真理(清水ミチコ)といった新顔たちも、何かと大門を圧迫してくる。

そうそう、蛭間院長(西田敏行)の筆頭家老だった蛯名(遠藤憲一)は、ヒラの医師に降格。逆に「腹腔鏡の魔術師」加地(勝村政信)のほうは、部長に昇格している。このあたりも、「知った顔」を変えないだけでなく、視聴者を飽きさせないための細かい工夫だ。

物語においては、最新AI(人工知能)が手術の現場を仕切っている。執刀医たちはAIの指示に従って動くロボットのようだ。しかも、AIの言いなりになっているうちに、患者の命が危うくなる。それを救うのは、もちろん大門だ。

第2話では、2人の患者に対する肝臓移植をダブルで行う、「生体ドミノ肝移植」という荒業も披露された。しかも、治療で優遇される富裕層と、病室から追い出される貧困層を対比させ、「命の格差」をしっかり描いて秀逸だった。

AIにしろ、格差社会にしろ、今どきのリアルを巧みに織り込んだ物語展開。そして視聴者が見たい、大門の変わらぬ天才外科医ぶり。2つの面白さが両輪となって、この鉄板ドラマをぐいぐいと推し進めていく。

おかげで、いまやエンディングの名物である、晶さんの「風呂敷メロン」と「高額請求書」と「ひとりスキップ」を、今回もまた毎週楽しむことができそうだ。