katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

オンラインのサークルとDucatiのモザイク

2020-05-20 23:44:29 | モザイク教室
今日は午後からオンラインで、高洲のサークルをキウイとのりちゃんで開催。それまではDucatiのモザイク。

まぁ相変わらず進まない事・・・ちなみにこれは夜までやった分。サービスでアップも・・・

そんなこんなでオンライン教室。まずはのりちゃん。次回の話でバックは?となったので、こんな説明をしたのね。

まずはぺきぺきには水色が3色あって、既に窓に一番薄い色が使われているのね。それを前提に、空と海がある・・・何しろこれが1cmなら、色数も多くバリエーションも多いけど、ぺきぺきはたった3色。だからこそ、選択が重要になるのね。その時に、ついつい空はどうしようか?海は?と全て単独に別々に考えてしまうのね。

そこでこんな事をアドバイスしたのね。例えば、既にやってある一番薄い水色で窓を見ながら、一番多く使われると思われる空の色を窓と同じ色を使った場合、中間、濃いの・・・と比較した場合、被る事は無いか?・・・になると、薄い水色は窓が吞まれてしまう感じがするのね。つまり窓の側には入れない方が良いので

は・・・。ただそれもテクニック次第で方法はあったりもする。それはなるべく、薄い水色を窓の近くで使わずに、1色では無く2色でやるとすると、例えば、空2色で1色は窓と一緒、海も2色で1色は窓と一緒なんて言うやり方もあるだろうし、参考にするのは達郎さんのジャケットを描いた人の絵がかなり近いと思うのね。あれを見つつやると、かなり好みに近くなると思うのね。そんなこんなのキウイは・・・

2人共言っていたのは、サークルよりも進むって。そうなのね、それは当たり前の話で、それは例えば仮に1人で自宅で進めるとすると、この時間を自分の為だけに使えるか?となると、かなりハードルが高くなる。それは学校に行かないで、勉強をするって言っているようなもので、もっと言えば学校なら、自然なプレッシャ

ーも掛かるが、お母さんの趣味・・・これでは、やらなきゃ・・・って感じにはなりづらい。それがこうして集まるとなると、時間になった・・・って集まろうとするし、のりちゃんに至っては、お引越ししたから、高洲に電車で来ないとならないのだから、往復の時間がいらないオンラインは都合が良い。つまりのりちゃんには条件が

良くなっている事になる。更にお引越しで回りに知り合いもいなければ、こうして顔見知りと会えるのは楽しい時間になる。その環境や状況、条件が揃っていて、尚且つ切る事に困らないから、唯一困るのはタイル。こればっかりは頼まれたものしか送れないし・・・変更が利かないし、必要な量を間違えれば足りなくなる。

そんな事がマイナスになるけれど、気分的に楽しいし、話せる相手も3人だから、適当な持ち時間の話になるから、適当にやる時間があったりする。これがサークルだと、みんなが話す時間も増えるし、会話が弾む・・・なんて言葉があるように、弾めば手も止まりがち。こんな事から、いつもよりも長い時間やった事になる。

まぁここの所のキウイの作品を見れば、物凄い早さで終わっているし、更にこんなのを見せられたら、俺も・・・って刺激になるのね。

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Ducatiのモザイクの後輪

2020-05-20 07:33:17 | モザイク作家
今日はまた丸々1日Ducatiのモザイクの後輪。まだ張り出して2日目なんで比較して貰えば判るだろうが、11時間ちょいやってもこれ位しか進まない。そうなると、タイヤ1個1週間掛かるって事になる。しかも前輪はもっと複雑で一回り小さいとなると、これと同じようには出来ないから、再現出来ない部分をどうやるか?って

事も必要になる。いずれにせよ、それも踏まえて、ここは見せ所部分だから、より繊細な方が、インパクトがあるとは思うけれど、まぁ進まない。ただ時間は掛かっているが、仕上がりは中々だと思うんで、果てしなさと報われ感はまだイーブンな気持ちをキープ出来ているのね。これが時間は掛かるわ、質が思ったよりも上

がらないわでは、割りが合わなくなる気持ちが勝ってしまうと、気持ちが乗らなくなって来る。けれど乗ったら乗ったで、能率効率重視になりがち。そうね、例えばパズル。ワインでも片手に、あっ入った・・・って言うのが理想。つまり夜のお遊び的に、忙しい人がのんびり・・・って言う時間の過ごし方って感じになるが、それを

買って来てから外側の平らの部分はこれ、四隅はこれ、次は色分け・・・あっこれ繋がるじゃんなんて、やってしまうと、目的が何だったか?そのパズルをどうするつもりで買ったか?になる。それが暇な時間にゆっくり・・・なら、能率効率は最低限にしないと、せわしくなるし、逆に早く飾りたいのなら、能率効率重視にならな

いと。早くって気持ちに結果が付いて来ないと、今飾りたい・・・だけだから、それを過ぎてしまうと、どうでも良くなる気持ちになる。こんな事が普通に起こり得る事。だからどちらでも良いが、丁度良い自分を探さないと、大体がどっちかになる。だからこそ、今回の案件はこっちより、あっちよりと基準のような事を決めて進

めると、少なくとも大きく外す気持ちにはならない方向に向かえるが、それとて所詮気分。見込み違いも生まれるし、けれど、何も無しでは、ラッキーと、どうしてこんな事に・・・の繰返しになる。それを予定した中で、質も時間も予算もその中で・・・って言うのはかなり難しいもので。しかも毎回慣れる事は無く、常に新しい事

だったりする。そんな事が毎日続くって、自分がそんな道を歩くようになって判るのは、クリエーターの人達って言うのは、これでヒットを生まないとならず、1発のヒットが欲しいと努力を続け、出せないで終わる者、仮に出せたとしても1発屋で終わる者、それをずっと続けて行ける者・・・様々であり、こんな事をしていたん

だな・・・と改めて思ったりもする。それが不安になって、このままいつまで続くのかな?と思った時もあったり、何で?どうして?を繰り返していると、結局辞める選択が無い以上、やるしか無いかっ・・・ってやっていたりする。少なくとも、消して楽しいって制作では無いもので。ただ、何でも続けるって言うのは、必ず上手くな

る。そうね、月並みだけれど、腕は裏切らない・・・って言うのは、その日々の繰返しで得たものなんだろうな・・・けれど、その先。確かに技術と言う面なら、その繰り返しだけで良いが、オリジナルを作りたいって言うのなら、発想やアイデアって技術が重要になる。いかにそこも腕に負けないように反復出来るか?なんだけれ

ど。そんな中、朝ドラで古賀政男さんと古関裕而さんの話。良くこんな話があると、普通は主役に感情移入したりする。けど、この仕事になってからは、そう言うのは無くて、ある意味全部だったりする。例えば、古賀さんはヒットメーカーだから、小室さんとか米津さんとかと思えば良いんだろう。そんな人が同じレコード会社

で、ライバルとしていて、同じようにヒットが出ずに苦悩している・・・2人共、その先に成功する事も知らずに。でも、一緒になら安心みたいな気持ちになったりもする中、独り者の古賀さんは大衆に寄りそう音楽でヒット連発。そうなると焦りも出るし、プレッシャーも掛かる。しかも既婚者。対比としては十分過ぎる。ただ結

果として、阪神タイガースや読売ジャイアンツや、オリンピックに早稲田の応援歌を作った人になるのだから、流行歌では無いが、ずっと残る曲を作った事になる。しかもスタイルって言う部分では、大衆音楽の古賀さんはリサーチする為に呑みに行く。しかし古関さんは自宅に帰る。更に寄り添うってスタイルは、今そこに

いる人達に向かて・・・だから、まるで自分の事を歌っているように聞こえる。所が古関さんは結果として応援歌のような歌になるのだから、個人個人に合わせに行くんじゃなくて、我ら・・・なのね。団結って言うか、一緒って言うか・・・。しかもマーチだから、軍歌のようでもあり、勢いとでも言うか、戦国時代の太鼓みたいな

役目にも聞こえる。その時代を担った人達ではあるけれど、役割が全く違うのね。しかしながら、その結果を知らずに進む若者2人の気持ちで言ったら、既婚者で先を越されて、結果が出ず、その音楽が鼻に付くとまで言われれば、打つ手なしの気持ちになったろうな・・・とも思うし、じゃ売れたら売れたで、そんなに楽か

な?と思えば、必ずヒットになる保証は無いのだから、それはそれは大変だろうなとも思うし、周りの人も手のひらを返したように、変わって行く姿は若き古賀さんには、どう写ったのだろうか?なんて思うし、支える奥さんにしても、手伝える訳も無く、まるで子供でも見守るような気持ちなんだろうし・・・。そんな事を随時掘り

下げて、自分に当てはめて、もし成功するのなら?どっちよりのスタイルなのかな?・・・みたいに。いずれにせよ、古関さんは早稲田の応援歌で変わって行くように、売れる人には必ずターニングポイントがあったりする。ずっと言い続けている、落語の、はたののりゆきでは、観音様を彫って。そこに共通するのは、最初は我

を通すスタイルだった事。古関さんは、こんな所で・・・とレコード会社の否定までして、自分自分と言い続ける。落語のはたののりゆきも、先代と比べられるのが嫌だからか?オリジナルが作りたいのか?は描かれていないが、いずれにしてもスタイルを変えない。それを落語では母の頼みで1度だけ変える。それが観音

様。今まで作って来たものとは全く違って、かっぱだか、タヌキだか判らないもの・・・から、観音様では、観音様なら誰もが判る。ならば腕のみが試される。それで開花した。ならば古関さんは?考え方が変われば、実力者なのだから・・・でも誰が変える?って奥さんなんだろうね・・・プリンスも言ってたし。あなたが全てって。

最初の古関さんは音楽を始めてから、音楽で何一つ困ってはいない。困った事は全て生き様。ある意味、レコード会社に入ってから、初めて音楽に困っている。当たり前なのね、プロとしてお金を貰うのだから・・・だから初めてのプレッシャー。それまではタダだったから、みんな喜んでくれていたとも取れる。勿論、結果

が判っている事だから、そうじゃ無いんだけれどね。むしろ独り者としては、古賀さんはどうやって切り抜けたんだろう?に興味が沸くが、大衆に寄りそうって考え方は、その人達がどんな想いで・・・と見て、聞いて、反応を見て・・・になるだろうし、逆に古関さんの応援歌は、団結みたいな事だから、我らと思える提案をしな

いとならず、しかも我らは、神々しくもあり、格式や品位なども問われる。まぁどれもこれも俺には無いものばかりだな・・・と思ったりもする。とは言っても、大衆って言う広いくくりも、これまた大変で、ただそれでも依頼品としては、個人のその人へ・・・って作り方としては、割と成立していたりする。ただ売れるって言うのは、

いずれにせよ、広いくくりを相手にするものだから、個人的な依頼の中では、感情移入をみんなにして貰いづらいものだったりするだろうし、見るモノ全てがかっぱダヌキにも見えるだろうし・・・そう言う意味では、このDucatiのモザイク。そのバイクに似せるって言うのは、観音様を作っているようなもの。誰もが判る。終

わった時に、このグレードが保てれば、今までのかっぱダヌキとは違う作品になっていたら?何かが変わるのかな?・・・・


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デイサービスとDucatiのモザイク

2020-05-19 08:19:01 | モザイク作家

今日は午後からデイ・サービス。7名。今回は下地そのものは100均だったが、タイルにちょっと工夫があって、予め切ったモノをミキサーを回してわざと欠けたりさせて、レトロ感を出したのね。つまり張るだけなんだけれど・・・ちなみに全て終えたのは2時間半。しかもヘルパーさんが付いて・・・。まぁ目地に時間も掛かる

し、片付けやら、事務的な事に30分は掛かっているだろうし・・・ただ当日渡しとなると、中々の忙しさ。とは言え、逃げ切れたのだから何より。それと、ちょっとしたアドバイスとしては、1つのやり方として、サンプルの真似をする。これは何でも最初は真似から入るって言うのは基本だったりするんだけれど、これが真似出来

るか?となると、難しいのは、予めランダムで切ってあるタイルでは、同じ大きさの同じ色があるだろうか?となると、それを探している時間の方が長くなるし、微妙にずれれば、もう1つ入れられちゃったり、入らなくなった時に、どうして良いか?判らなくなる。つまり真似する事が一番難しいと言う事なのね。だから、困った人

の為には、隣り合わせに同じ色を入れない・・・。こんなルールでやると、1つ決まりを作った事で、ルールを守る・・・そんな進み方できっかけになる。でもこれの欠点はランダムで良いが、ランダムな癖にみんな同じように見えてしまうのね。所がそれでも人とちょっとでも変えたい・・・いわゆる個性なんてもんを望むのなら?

またルールを作れば良いのね。今の1つ目のルールは全部の色を使って、隣り合わせに同じ色を入れない・・・そんなルール。それを例えば薄いのを1つ抜く。仲間外れを作る。じゃどいつを仲間外れにするか?となった時、薄い癖に誰とでも馴染み、都合の良い色・・・って事で白にしたとする。そうすると自然に色合いは濃

くなる。ただルールが2つになった。つまり好きな色を使うのは1つ目のルールで良いのだけれど、白は使わずに、隣り合わせに同じ色は使わない・・・。と変化した。これでランダムの人とは違って来る。更に変化。って人がいるのなら、逆も真なり。じゃ隣り合わせを違う色にして、更に白も使っちゃおう・・・ってなると、ピン

ク、白、青、白、黄色、白・・・ほら、隣り合わせが違って、全部の色が使える。これでもまた人と違う事になる。更に古典的な市松。2色選んで、互い違いに入れ替える。これも1つ。更にさっきの仲間外れ的なやり方で、薄い奴、白を抜くやり方はいじめられっ子的な奴を抜く考え方だから、逆にいじめっ子を抜くやり方として

は、濃い色を全て抜く。紺、緑、黒、茶・・・こんな主張の激しい奴らはいらない。とすれば、ボヤっとした雰囲気になり、困った時は白・・・ってやれば、かなり薄味になる。こうやって色んなやり方があるとして、全てはこんなルールを自分なりに決めて進めば、あっているか?どうか?は別にして、何かしらの根拠がある事で、適

当にやっている事では無くなる。ただその自分の作ったルールを忘れてしまうと、それが全体に渡ってならともかく、1か所間違った・・・は目立ってしまうのね。そんな諸注意があるとして、じゃこれらのやり方の根本は何か?となると、何を抜くなのね。足し算じゃ無くて、引き算。絵もそうで、精密にやろうとすると、線を増や

したくなる。けれど、それをどんどん減らして行くと、究極なのは丸3つで誰でもが判る、あのでっかいネズミのキャラになる。デフォルメね。ただの丸3つがネズミに見える。このデフォルメ的な考え方が複雑さを押さえて行く要素になるのであれば、味付けなんて言うのも、やはり五感の話なんで、シンプルなんて言う、最小

限な味付けと、何が入っているか?判らない足し算的な味。いずれも、どっち寄りの考え方か?であって、足し算好きか?引き算か?みたいな話なのね。それでここまでが考え方の説明なんだけれど、今度は上級者へのアドバイスね。じゃこのデイ・サービスの人達を見て、これに負けない作品にして見て?ってお題で作ると

して、でも技術として切る事を封印されてしまうと、飾り包丁禁止になる所か、包丁禁止。だから張るだけ・・・そうなると、今の話の応用を使わないとならなくなる。じゃ仮に何かしらの応用を使って仕上げたとする。勿論上級者なのだから、お婆ちゃん達のよりも、誰が見ても上手く見える作品になっているはずだよね?・・・ど

うかな?実は余程の事をしない限り、百発百中じゃ無いのね。つまり切る事が上手くなるって事がある程度上手くなったら、いかに切らずに表現出来るか?が勉強な場所で、それがアイデアって言う話なのね。けれどアイデアって言うのは、見れば簡単に盗まれるもの。生み出してもはかないものだったりする。そこを人と

より違う・・・って行為が、切るって技術になるんだろうね。それはアイデアのように、感で乗り切れる事は無いから。技術って言うのは反復練習あるのみだから。だからこそ、上手くなった人はアイデアの反復も必要になる。同じ事を繰り返す古典落語、常に新しいものを・・・の新作落語。肉じゃがって昔からある料理と、創作

料理。規定演技に自由演技。どれも対比な場所にあるものだと思うのね。おっと話が反れて、要するに自信のある切るって行為を無くすと、例え俺のサンプルを中にしのばせても、これが先生の・・・って判る人は少なくなる。しかもちゃんと目地の幅を揃えても、斜めに欠けたものがあるし、それを避けてもキチンとならな

い。それでも、目利きな人は、外側だけは合わせようかな?・・・みたいにまたさっきの自分ルールを1つでも作っていたら?ここもまた数は少ないけれど、これかな?と選んで貰える技術になり得るのかもね・・・。ただ、余程の目利きじゃ無いと、見つかんないかも。もしこれが普通のタイルだったら?目地幅や水平垂直は大

きく問われるだろうけれどね。いずれにしても、こんな事が、ただ張るって言うのにも、違いがある・・・って話。そんなこんな戻ってDucatiのモザイクって言う前に、そう言えば、デイ・サービスに向かう道中にDucatiのショップをまた見つけたのね。あっここにもある・・・って。まぁそれはそれとして、まだティーアートさんからタ

イルが来ないので、アトリエにあるものからスタートになった。

まぁ初日ならこんなもんかな・・・。


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Ducatiのバイクの下絵写しとバック

2020-05-18 00:08:54 | モザイク作家
昨日遅かったんで、少し遅めなスタート。そんな中、同じお客さんにまた小物作品を購入して頂いた・・・随分と気に入って頂いたみたいで・・・何よりな話。そんなこんなで昨日残したバイクを写し終えて、バックのデザインとなる。先日も説明したが、バイクは画像を送られたもので、ここは似ているかどうか?の規定演技な

んだけれど、バックは和風と言うご希望で、そこは自由演技の場所。勿論額にしても和風色を更に出したければ、木を選ぶなんて選択は普通にある。そこで仮に杉なんか使って焼き板にしたりすると、和風感が一層増す。こう言うのは作詞から?作曲から?って話と一緒で、バイクはメインと決まっているから、名前からして

和風じゃ無い。つまり大部分が洋風になる。それを巻き返すように和風にしたい訳で。その時に額で絵を囲む・・・と考えるのなら、国盗り合戦やオセロのように、囲んで包囲し・・・ってあの考え方で、和風で洋風を囲むとなる。そもそも前回の5mもあるモンゴルの額でも幅は15cm。今回は2m弱で10cmの幅、いかに額の威

力があるか?は判って貰えるだろう。その威力を持ってして、バイクの洋風を何処まで追い込むか?みたいな話なのね。そこで更に出て来るのは、0か100か?みたいな単純な2択もどきでは、やるか?辞めるか?みたいになり、じゃ無難に・・・になるし、それが嫌なら無謀にやる・・・しか無くなる。それが0か100か?の考え方な

のね。しかも、100は無理をする事になるし、0は消極的に安全と思われる事の選択になり、無難になる。それを47にするか?63にするか?が微妙なさじ加減って話になるのね。良く半々みたいに50を選びたい人がいるんだけれど、それは理想であり、一番難しい事だと思うのね。例えばこのバイクの作品の半々って言う和風

洋風ってどんな感じ?そもそも昨日だったっけ?糖度の話。そりゃ機械で測れば一目瞭然で数字で判る。でも感じるって言うのは曖昧で、個人差がある。五感なんてそんなもん。つまり仮に50,50の半々があったとしても、そんな微妙では人に寄っては48と52に見えるかも知れないし、もっと言えば、そんな微妙な違いが判る

方が不思議な話だったりして・・・そこで考えたのが、47か63か?の差。これならどっちか寄りになるから、微妙では無いが、差がハッキリする分、判りやすい。これを文字として表現すると、味覚なら、わぁぁぁぁ甘いぃぃ・・・と言うなら、100に近い数字に思えるから、これを下げると、甘いね位になると、80とかかな?

それを割りと甘いね、なんて言うと、もう少し下がって70とかみたいに。それを甘いかなぁ?ってハテナが付いたりすると、もはや甘いとは思えないとは言えないけれど・・・となり、甘味としてボケている感じに聞こえる。こうなると半々より下がった感じがして来る。こんな事を気にしつつ、やってたりするのね。

ただ今回の場合は、バイクのスペースは多く、しかもバイクありきの依頼だから、バイクに和風は負けるべきなのね。つまり仮の数字で言うのなら、67がバイクで47が和風になる。その時に47分のいくつを額にする?って使うと、残りの数字分がバックにいくつ残っているか?みたいに考えたりする。

その時にもっと難しくなると、このバックの線がどっちの味方になる?なんて言うのもあったりするのね。国盗り合戦なら味方か敵か?で状況は変わって来る。その時に模様として和風の仲間だけれど、これがバイクがある事で、坂道のように見えてくれると、どっち寄り?になり、微妙ぉって感じになれば、その曖昧さが半々

に見えているのか?それともどっち寄りになっているか?ただ、完全にこっち・・・では無いと思うと、もう少し和風入れるか・・・とか、じゃ少しって後どの位?・・・って話になる訳で。もし更にと言うのなら、ここにバイクに付いている桜の花びらを散りばめれば、もっとになるし、それが数なのか?色なのか?大きさなのか?となり、

100個?50個?って数で違って来るし、色ならコロなら、薄めだし、1cmなら照りも加わり存在感は増す。大きさと言うのなら、チップやリップルを使うと、花びら1枚の大きさが他よりも大きく1枚で作れる。これで更にさじ加減の幅は広がる訳で。いずれにせよ、まずはこれが通ると、先に進めるんで、通れば次は額の杉かな?

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デイ・サービスのサンプルとDucatiのバイクのモザイク

2020-05-17 01:28:32 | モザイク作家
今日は月曜日のデイ・サービスに持って行く来月分のサンプルを作らないとならず・・・どうしても今日中なのね。明日は日曜だから、音の立つ下地作りはね。所が若干、雨が降って来て・・・何しろトリマーで彫るだけ彫れれば、糸鋸とかペーパー掛けなら、最悪明日でも・・・・と軒先のひさしのある所で何とか逃げ切り、ま

だ大丈夫と、ペーパー掛けを残しアトリエに戻ると、数分後には本降り。助かったのね。ここまで来れば、ペーパー掛けをして、ニスを塗り、乾くまでの間はDucatiの下絵の続きをして・・・

カーボン紙で写したんだけれど、これからバックとか描き込むと見ずらいかな?と、結局またサインペンで上からなぞったのね。そんなこんなで、ニスも乾けばタイルを張るって事になれば、そっちはね・・・一番無難に出来るから問題無く、その後は目地をして完成。まぁ一人で行っても何とかなるサンプルになったと思うの

ね。こんなサンプルが出来ると、こんなのが数年前に出来ていたとしたら?もっと垢抜けた出張教室になったんだけどなぁ?って思ったりして。中止になってしまったけれど、コープみらいなんて、こんなのがあったらかなり良かったと思うんだけれどね・・・。残念なのね。まっ、その内に。そんなこんなでまた下絵に戻るんだけ

れど・・いざペン入れとなると、気になるから立ててなるべく離れて様子を見て、位置を決めようと寸法を測って・・・ただ小さな写真の時もタイヤの大きさが違うのに気が付いてはいたけれど、拡大したら誇張されて見えるから、かなり前のめりに見えるのね。だから気になって前のバイク屋さんに聞きに行くと、あぁこれは

レース仕様にカスタムされているから、道路並行に配置すれば前のめりになりますよ・・・との事。なら単純に測ったままで良いのね。こんな事1つでも気軽に聞きに行けるのは有難いのね。そんなこんなで立てたついでに、暫定バックの模様も鉛筆で入れたんだけれど、その模様の意味は、出来たらレース仕様って事を

踏まえて、単なる模様じゃ無くて、峠のカーブの道みたいに見えたらとか、走っているように見える線とか、そんなイメージで、そんな線が更にブロックごとに分けられる線になったら、場合に寄っては、和風の模様の色んなのを入れられたら良いな・・・なんて感じがイメージなんだけれど、それにしたって、まずはバイクと

額。それにどの位時間が掛かるか?で決まっちゃうんだけれど・・・。何しろ限られている時間と予算の中での順番があるから、バイク、額とやった順に残った時間の中で何処まで出来るか?って事になる。決まれば手持ちで張り出して、ティーアートさんのタイル待ちって事なんだけれど・・・。そんなこんなしていたら、でんで
んむしの針が示す通りに、もう12時・・・帰らなきゃとなったのね。

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新モンゴル日馬富士学園の額の追加分納品とDucatiの下絵写し

2020-05-16 02:58:53 | モザイク作家
今日は午後から美術会社の方が、新モンゴル日馬富士学園の額の追加分を引き取りに来てくれる事になってて、それまでの間は昨日の続きで、Ducatiの下絵の写し。何しろかなり細かいのでそう簡単には終わらない。


そんな中、いよいよ納品。2人でいらして、3人で庭に出して、まずは写真を撮って・・・その後、2人が梱包している間に、繋ぎ目のタイルや目地の準備。そんなこんなで、頂いた差し入れを飲みながらのアトリエは、とてつもなく大きい下地・・・それを見るなり、凄いぃぃ・・・って。どうやらバイク好きのようなのね。反応が良いも

の。楽しみです、一体先生が作るとどんなモノになるのか?って言ってくれたんだけれど、こうしてお金を支払ってでも、額の依頼をしてくれているのだから、評価をされての事であり、その評価は単なる額では無く、美術の会社としての・・・なんで、そこの評価でもあり、更に個人的にもバイクが好きって事であると、単なる

額も、単なるバイクであっても、美術としての評価をしてくれてもいるのね。まっ確かに、バイクのモザイクって言うのも、そうそう見るもんじゃないけど、更に言えばDucatiって言う車種を限定する所か、カスタムされたものなんて言うモザイクは、恐らくこの世に果たしてあるのだろうか?となったら・・・価値って意味でも評

価してくれている。そもそも依頼された額に興味を持ってくれるのは、会社の人として仕事だから、って事もあるかも知れないが、これをブログで見られますか?とまで、言ってくれた事は、制作前に士気が上がる・・・そんな気持ちにさせて貰ったのね。そもそもが、バイク屋さんと良い、大家さんと言い、この美術の人と言

い、このバイクは有名なのね。言い方を変えれば、作れない人達が詳しくて、作れる人は知らない・・・そんな話な訳で。だからより詳細が知りたくなるのだけれど、画像では限界もある。更に言えば、絵では無いから、モザイクはタイルを切って作るもの。だからここまで拡大しても、タンクのDucatiの文字以外の小さい文

字は、描けない可能性が高い。けれど、モザイクをやっている人なら誰でも判る事が、バイクの詳しい人達には判らない。つまり簡単に言うと、出来た作品を似ているか?似ていないか?だけの評価の場合には、評価は低く、モザイクである・・・と評価してくれようと見た人は、最低でも絵や写真とは比べてはいないのね。

まぁ、依頼された方がどう取ろうが、作り方は変わらないし、常に金額の限界の中での制作であり、もう無理だな・・・と言う所まで。そこまでやれば、評価はどうであろうが、見た人の評価であり、良いって言う人もいれば、そうで無い人がいても良いと思う。ただ、今日もつくづく思うのは、落語のかっぱダヌキの話。はたのの

りゆき・・・かっぱだかタヌキだか判らないものを作った時は評価は無く馬鹿にされ、仏像って言う規定演技を作った時に、仏師として認められる話。これは全て比喩だから、かっぱタヌキって言うのは、オリジナルの自由演技の事。つまりその評価は判って貰えなかったが、誰でも知っているものを作って評価を得た。そん

な話。けど、本当に下手だったら、規定演技なんて見るに堪えない事になるはず。つまり単なる元々の評価が低かった事になる。そうね、俺の場合なら、力士の額がかっぱタヌキであれば評価が低いはずなのに、既にお金が発生しているし、一般の方の依頼でも無いから、かっぱタヌキの評価では無いのね。だから判りづ

らいのね。そして今回のバイク。この場合、似ていなければ、Ducatiに似ているか?の前に、バイクとしてもへっぽこになるだろうし・・・。けれど、問題なのは彫刻としては、誰でも知っている前提の落語と、モザイクって誰もが必ず知っている分野では無い話とでは、ハンデは背負っている感じはある。ただね、本当に良いモノは

別に音楽だろうが、美術だろうが、車だろうが、何でも一緒で、人の感性に触れると、何か判らないけれど良いね・・・って所にはたどり着くものだったりする。五感なんてのは、そう言うもの。ただ五感なんてものは、良い事と悪い事は背中合わせで、糖度みたいな話で曖昧なのね。数値として測れば一緒でも、メロンやリ

ンゴ、ブドウやイチゴの甘さと、トマトのような野菜では、数値は一緒でも果物の方が甘く感じたりして・・・つまり感と言うものは、それぞれだったりする。だから、ここに評価があっても、あそこに評価が無くても、いちいち気にしているとキリが無いのね。けれどエゴサーチでは無いが、作り手はついつい評価を気にしてし

まうし、それによって救われたり、それによって、へこたれたれもする。まっ、いずれにしても、結局常に出来る所は、いつも通りであって、特別な事なんて別に無い。また淡々とやっていれば、いつか終わりが見えて来るだろうし。そしてまた人から批評され、またがあるのか?無いのか?ってだけの事。なるべく一喜一憂しな

いように・・・ただそれだけ。そんな後は、来週のデイ・サービスに持って行く来月分のサンプル・・・どうしようか?になる。一応、ザックリと時計・・・とは決めていたんだけれど、モチーフが決まったんで、木が欲しくなり、またコーナンに。その後はまた下絵の写しだったけれど、8割位終わったのかな?先は長いし、まだまだ根

を詰め過ぎてもね・・・だから目安としては11時までには帰ろう・・・そんな感じ。




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Ducati(ドゥカティ)バイクのモザイク

2020-05-14 23:33:13 | モザイク作家
今日はかぐやとかぐやの娘が準備してくれたんで、まずはコンビニでコピーからのスタート。A3って言ったっけ、一番大きいサイズ?それを16枚合体して。それを昨日トリミングしたりサイズを合わせてくれて、ここまではお陰ですんなりだったんだけれど、それを合わせて1枚に張り合わせるのが中々の一苦労で、それでも何と

かかんとか終わって・・・ただこれだけ拡大すると、やはりどんなに画質を良くしても、少しブレるのね。そこで、ペンではっきり描き直しをしたのね。ここまでですっかり夕方。更にそれをトレーシングペーパーに写し始めたんだけれど、これもまた大変なのね。そんなこんなの1日だったが、バイクと景色の境目が判らなくて、前のバ

イク屋さんに聞きに行ったんだけれど、戻る途中で大家さんに会うと、持っていた資料を見て、ドゥカティじゃん・・・って。判るんだね、昔バイク乗りだった人は・・・。やはり相当有名なバイクみたいなのね。昔、いつかはクラウン・・・なんて言葉があったが、あんな感じのものらしいのね。ただ今の俺じゃ、いつかはアドヴァンの目地

って感じに、小さい話になっちゃうね・・・。話は戻して、それと同時にティーアートさんに注文を入れて・・・いずれにせよ、写し終わらないと先には進めないし、ただ1回目はコピーに、2回目はトレーシングペーパーに、そして3回目は木に・・・とこれを3回やるのかぁって言うのは、結構果てしない気になる。

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オンラインのキウイ教室と新作の準備

2020-05-13 23:12:00 | モザイク教室
今日は午後からキウイのオンライン教室。それまでの間に新作の準備。実は次の作品がイタリアのDucati(ドゥカティ)って言うバイクで、画像を頂いているのだけれど、逆光で見ずらい所があって・・・そんな中、かぐやが近くにドゥカティショップがあるとの事。そんな訳で行って見ると・・・

それはそれは何だか、しっかりしたお店で・・・恐る恐る入って、名刺を渡して、その旨を伝えると、

カタログを頂いて、少し説明して貰えて・・・車種は違えど、生で色合いや雰囲気を見せて貰えたのね。だから、タイヤの溝やマフラーとかの金属の色の違いとか・・やはり写真では判らない事がいっぱいあって・・・とは言え、頂いたカタログは生に近い臨場感もあり・・・いずれにせよ、ご親切にして頂いたので資料はバッチリ。

その後に今度はコーナンに木を買いに行ったんだけれど、ほぼ日曜日並み。駐車場は満車に近く、やっと停められて、木はその割にそんなに並ばずに買えたんだけれど、カットするのに並ぶ事10人・・・でももう買っちゃったし、でもいつになるのかな?では、昼食後にはキウイ教室だし・・・冷や冷やもんで、何とかかんとか

切って貰って、さて積み込みって時に・・・あっ、入らない。後10cmは切らないと車に入らない・・・そんな訳で戻ってまたカット・・・ただ、さっき混んでいたのは無くなってて、すんなり終わり、何とか昼抜きで戻れたって訳。そんなこんなのキウイのオンライン教室。このコロナの中、随分と進んでいるのね。何か完全に終わり

が見えて来た感じがするのね。ただここまでの大作だから、本当は実物を前に教えたい所だけれど、逆にここまで出来るのだから、口出し無用な感じもする。なら、せめて気分良く出来る手助けでも出来たら良いな…と思ったりして。そんな後は、かぐやが拡大コピーの準備をしていてくれて、娘も手助けしてくれたらしく、

何とかメドが立ち、明日にでもコンビニに行けば、手に入りそうなのね。だから上手くすれば、明日木に写す事が出来るかも・・・。そうそう、もう1つあった。用事を終えてアトリエに戻った時に、前のバイク屋さんにご挨拶すると、あっドゥカティ・・・って、カタログの袋を見て判ったのね。流石バイク屋さん。すると豆知識を授

けてくれて。まずは、このバイクは街乗りでは無くて、レース用みたいなもので、走り屋さん的なものらしく、更に高級車。確かにカタログには高いモノだと、500万超えだったのね。こんな立ち話で得た事が、デザインのきっかけにもなったりするものなのね・・・。まっ何しろバイクを写さないと先に進めないのね。


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新モンゴル日馬富士学園の額の追加分完成

2020-05-13 07:34:34 | モザイク作家
今日は残りのペンキ塗りをして、2枚を張り付け、それで昼過ぎ・・・その後、大家さんが後ろの木を切ってくれたんで、更にそれを取り付け・・・

後に番号を振り、とうとう完成したのね。どちらが付くのか?は判らないし、もっと言えば、コロナが終わらないと何も始まらないし・・・ただ、いつ開催でも準備は終わった・・・って話。いずれにせよ、連絡を入れたんで、引き取りに来てくれる段取りとなったのね。その後、次の作品作りの段取りとなるのだけれど、かなり大き

いもので、1000x1500mmなんてサイズ。通常では大抵の作品は900x1800mmの木を買えば良いのだけれど、この木の上となると、いきなり1400x2400mmだったかな?そんな木になってしまうのね。しかもこの木、いつ何処でも売っているようなものでは無いのね。ただ確かunidyにはあったんで、行って見ると・・・無く

て。それじゃと、近くのコーナンに行くも、到着するなり、カットはコロナの影響で出来ない・・・って。それじゃ、もうジタバタするより電話確認って事で、いつものコーナンに問い合わせ・・・すると、在庫はあるらしく、ただカット出来ないと、そんな大きさでは持ち帰れないし・・・するとカットも出来るとなるのだけれど、5時ま

で・・・もう時間が過ぎているって事で、取りあえず今日は断念。それと同時にかぐやに拡大コピー屋さんを探して貰って・・・・それが以前から行ってた所が無くなってしまったんで、大きい作品だから・・・一体何処にあるんだか?それと顔見知りになってたから、色々と相談にも乗って貰っていたのね。何しろ中には6000円っ

て言う値段を提示されたらしく、流石にそこまで出せないから、他を当たると、他では値段を抑える提案もしてくれたらしく、一度分割したコピーをやって、どの程度になるか?見てからに・・・と、時間も時間だったらここで断念。まぁ、それならそれで、構想なんてのは何も動かなくて出来るので・・・今回の作品って言うのは、

バイクなんだけれど、外国のバイクでカスタマイズされているのね。これをモチーフに和風に・・・って依頼なのね。こんな話だと、まずこだわりのバイクなのは、すぐ判るでしょ?カスタマイズだからね。つまりここは規定演技であり、なるべく忠実に・・・となる。だから和風に・・・って部分はバックや額縁って事になるだろうな・・・

と。そもそも例えば、ウチの犬とか猫、金魚でも良いけれど、こんな依頼の時に、柄を変えるなんてOK出るはず無いでしょ?って話で、それは規定演技として、決まりありきの依頼だから。これとは対極にあるのが自由演技とするのなら、katsuのモザイクが欲しい・・・って言う事であると、依頼の形としては、犬を飼っているん

だけれど、それをモチーフに何か作って下さい・・・的な。ここで違いを考えないと、一緒じゃん・・・と思われがちなのね。所がここからが大きく違うのね。どんな品種か?となり、例えば柴犬だったとする。ここからが自由演技の違いになるんだけれど、例えば柴犬の輪郭だけをその犬の色で縁取りを回したとする。その時に、

犬種さえ合っていれば、柴犬?秋田犬?くらいの雰囲気にはなる。そうしたら、中身も景色として描いたとしたら?例えばその人の自宅をバックにとかね。好みかどうか?なんて話じゃ無くて、これじゃ無きゃって言う規定演技と、そんな雰囲気を残して、それっぽく・・・って言う自由演技では全く違うのね。つまりその違いを説明

しないとならないのね。例えば一般的なフルカットのモザイクの値段って言うのが、大体1000x1000mmで25万~30万なんて言う価格だったりするのね。メーカーや商社さんのカタログではね。所がウチの生徒さん達は、えっ?って言うのね。このリアクションは高い・・・って言うんだろうね。それはそうね、だって慶應の初

めての子達だってあのグレードなんだから、自分の方が・・・と思っても仕方無い。つまりその位、時間を掛けた作品って言うのは、商業ベースのモザイクとは意味が違う質になる。この時点でも大きく食い違う話になるのだけれど、更に値段には施工は入っていないものなのね。勿論、額も送料もね。けれど、果たしてそん

な額支払ってもやりたい?って話になったら、まず無理だね・・・って言うのが普通。だけど、こちらとしては腕が良いか?悪いか?と見せるには、やるしか無い訳なのね。だから常に何をやってもギリギリスタートなのね。もっと言い方を変えれば、モザイクが欲しいと依頼されて、作っても額無しだったら、額をオーダーする事

になる。じゃその値段は?となったら、恐ろしい金額になるだろうね・・・もはやモザイクじゃ無くて、額を買ったみたいにね。所が額にしても、普通に四角に作るにしても、何かしないとならないし、普通なら額屋さんと比べて見劣りする。当たり前なんだけれど、でもお客さんはそれを求めようとしたりするもので・・・。まぁ大

抵は常識の中でやっていたら、恐ろしい金額になり全て無くなるだろうね・・・そもそもがモザイクって言うのは高級品なのだから。けれど、どんな世界にもピンからキリまである。食べ物だって松竹梅とあるのだから。でも肥えないと何にも判らない。舌が肥えるとか、目が肥えるとか・・・ね。まっ五感の話ね。そしたら、良いモ

ノに越した事は無いんだけれど、楽な訳も無いし、何をやっても簡単なものは無いのね。じゃどうする?ってなった時、お客さんの言い値なのね。大きさも内容も値段も決められた中、果たして出来るかどうか?・・・ってね。結構危ない橋を渡ってやっているのね・・・良く毎回死なない程度で済んでいるとは思うけれどね。

いずれにしても、それでも限界があって、今回の場合なら、送るにしても大きいからいつもとは違って万円の値段だろうし、木も当然高い。額縁を作るにしても当然材料代もいつもとは違うし・・・決められた金額から引き算して行くスタートになる。そこに大型コピー代・・・無理だなって感じになるでしょ?まだモザイクに入

る前からの出費の多いのは・・・出来ればタイルを買いたい訳で。更に言えば規定演技は似ているかどうか?の腕であり、和風チックに・・・の曖昧な表現は自由演技の俺が問われる部分なんだけれど、一体その規定の部分に何日掛かるの?って判る人いるのかな?って言うと、もしこの時点で自由演技の下絵を提出して

しまっては、地獄を見る事になり兼ねないし、逆にただのクラッシュで良く見えるか?となると、それは最悪な場合であり、出来ればもっと良くしたい気持ちはあっても、バイクと額をやった様子なのね・・・。でもきっと下絵を見たいだろうし・・・まぁ毎回悩む問題なのね。いずれにしても、大きさは決まっているので、まずはバ

イクに関する事と、額縁の提案から。

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新モンゴル日馬富士学園の額の追加分の目地終了

2020-05-12 07:31:52 | モザイク作家
今日は新モンゴル日馬富士学園の額の追加分の黄色と黒色の方の目地を外で。こっちはこっちで目地がやりづらくて、これが全面平らで張ってあるのなら、タイル屋さんが使っている目地ゴムってコテで入れる事が出来るが、こんなに狭い幅は続くわ、立ち上がりは1cmだわって事では、クリームなんかを塗るキッチン用品の

方が便利ではあっても、ちょこまかやらなきゃならない分、当然時間が掛かる。そうなると、入れる事に手間が掛かるのなら、拭き取るにも時間が掛かる訳で。そうなると、目地を入れる、スポンジで拭く、今の状況で2工程の手間が増えている。更にそれが乾くと、すすけて来るので、それを手ぬぐいのような布で拭き上げていくの

だけれど、それと同時にタイルの表面に付いているボンドを落として行くのだけれど、タイルの数が少ないから、確かにその分は早いが、吹き上げる時に布が引っ掛かり、場合に寄ってはタイルが剥がれたりもするから、それも障害になる。これが全部張ってあれば、剥がれる事は無い訳で。そんなこんな工程があって、何とか

夕方までにはそこまで9枚を終えて、それ以降は、合体させると理想なら合体させた隙間にも目地をしたいが、入れづらいわ、拭き取りづらいわ、白目地を汚すわとなると、やる前から良い事が無いので、こうして分割させた訳なんだけれど、当然、良い事があるのなら、悪い事がある訳で・・・。つまり本来目地をしなきゃならない

下地の部分の木が見えちゃう訳で。そこに黒いペンキを塗らないとならないから、全ての下地のはめ込む外側1周を9枚分・・・また。と言う訳で、3枚残ってしまったのね。ただ明日、大家さんが裏の木を切ってくれるから、順調ならいよいよ完成予定。


これはまだ置いてあるだけ・・・組み立てなきゃならないのね。

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