
立待岬公園より

石川啄木一族のお墓

小さく見えるのが啄木の像 歌碑には 潮かほる北の浜辺の砂山のかの浜薔薇よ今年も咲けるや

西条八十が啄木に捧げた歌碑

大森浜の日没
二日目の夕方、石川啄木ゆかりの場所を訪ねて函館山の南端にある立待岬へ向かいました。立待岬に着いた頃には暗くなり始めていましたが観光バスが何台も停まっていました。道が狭く一方通行になっていてアクセスの悪いところですが下北半島と津軽半島が見えるビューポイントなので観光コースになっているようです。この岬には啄木とは交流のあった与謝野鉄幹と晶子の歌碑もあり近くには啄木一族の墓もありました。啄木が函館で暮らした期間はわずか132日間のみ(1907年)でしたが晩年「死ぬときは函館で死にたい」と手紙に残したほど函館を愛していたそうです。そこを後にして20分ぐらい走った大森浜には啄木の像と歌碑がある啄木小公園がありました。この場所は啄木が好んで散策した所だそうで歌の題材にもなって残っています。歌集「一握の砂」の中の”東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる”の東海はここの大森浜のことらしいです。
秋の声ライン描きし夕茜