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ごっとさんのブログ

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   薬と猫と時々時事

学生運動 続

2015-01-05 12:14:17 | 時事
今日から巷では仕事始めで、正月も終わったことになりますが、私は変わらずのんびりしています。
昨日は学生時代の思い出の、学生運動について書きましたが、この時期に多くのことを学んだような気がします。

当時の全共闘闘争は、もともと仲の悪いいろいろなセクトが集まっていましたので、内ゲバが常に起きていました。この過程で、私の麻雀仲間が学生運動の責任を取らされて、退学処分になってしまいました。このときはまだそれほど運動は激しくないことでしたので、大学もこのような処分をしたのでしょう。当然これに反対し、学内でデモなどしていました。その時反対から別のグループのデモが来ました。当然合流するものと思っていましたが、どちらからともなく、先頭の集団が歓声を上げて突っ込み、内ゲバが始まってしまいました。このように毎日いたるところで小競り合いが起きていました。なおこの退学処分の友人は無事取り消され、卒業しました。

だんだん活動が激しくなるにつれ、各セクトが特徴的なヘルメットをかぶり、構内外で目立つようになってきました。私の学部でもストライキに突入し、当然すべての講義はなくなりました。暇になった時間は、もちろん麻雀をやったりしていましたが、同級生が自然に集まったり、寮に行っていろいろ議論していました。それでもいろいろあるセクトが、どこが違うのかは最後までよくわかりませんでした。このころはデモに行くにも、最初からヘルメットと角材が準備されていました。それでも私のような一般の学生は、大学の自治に守られ、構内には警察は入れないという、甘えの中で活動していたような気がします。結局学生運動自体も、学生がやっているからまあいいかという、当時のおとなの容認があったから成立したような気もします。

しかしこの学生運動が、アットいう間に全国的に広がり、一部の高校まで巻き込んだ運動につながりました。当時は当然と思っていましたが、このエネルギーがどこから来たのか、あとから考えると不思議な気もします。
この時期に多くの仲間と徹底的に討論し、現状をただ受け入れるだけではなく、問題点があれば声を上げるということが、自然にできるようになったことは、その後のこの世代の行動に大きな影響を与えたのだと思います。
どんなことでも、本当にこれでいいのかと考えてみるという、私の性質もこのときにできたのかもしれません。
こういう時期を経て、私も4月下旬とやや遅くなりましたが、勉強もせずに大学を卒業しました。