日本語を母語とする者ゆえに感じられるニュアンスもあるから、それを伝えるのもミッションの一つかなと思い、たとえほんのわずかでも原文に触れる時間を「現代文学」の授業では設けている。
受講しているのは学部ニ年生だから原文を読ませるのはまだ難しいのだが、それでも原文に直に「触れる」ことではじめて感じられる感触があることは間違いない。
喩えて言うならば、眼の前にいる動物の体のほんの一部に一瞬触れるだけでも、その動物の動画を百回見ても伝わらない感触が得られるくらいの違いがあると思う。
その感触を目で追う活字からからだけでなく、言葉の響きからも感じてもらうために、必ずまず原文を朗読する。それから一字一句説明していく。数行であっても、そのように解きほぐしていくと、あたかも新鮮な果物の皮を剥いたときに立ち上る芳香のように作品の香気が教室に広がっていくような気がするときがある。
気がするだけで確かめようもないし、私だけの錯覚にすぎないということも大いにあり得る。たとえそうであったとしても、朗読し解説している私には少なくとも何かが感じられていることだけは確かである。
この授業で一番恩恵をこうむっているのは教える立場にある私だということかも知れない。
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