12.本願寺国府別院
親鸞聖人が「竹之内草庵」から移り住んだといわれる「竹之前草庵」があったところといわれる。
この草庵で恵信尼公と結婚生活を営まれたといわれている。
聖人が東国へ旅立った後、草庵は荒廃したが、
その後、本堂が建立され、
1871ら西本願寺が土地を買い求め、「本願寺国府別院」として今日に至っているそうだ。
因みに西本願寺は金150両で買い求めたそうだ。
本願寺国府別院でも本堂に上がって説明を受けたが、
ここは他のお寺さんと異なって、西本願寺から配属されたお坊さんだろうね。
最初に若いお坊さんが讃佛偈というお経を一緒に同唱した。
光顔巍巍 、威神無極 、如是焔明 、無與等者 、日月摩尼・・・・・・・
「仏説無量寿経」の中にある偈文で、浄土真宗では日常のお勤めによく用いられるそうだが、
漢字を追いかけるだけで精一杯だ。
終えると、一段上の?
お坊さんが挨拶と労いの言葉を掛けてくれて引き下がってしまう。
その後由来などの説明を先ほど坊さんがしてくれて、終わりごろにもう1人の坊さんが布施をお願いに来た。
寒さで身が凍りそうだったが、説明は滑らかで明快だった。
帰り際天井を見上げたら、思徳発信場の額縁と天井に描かれた絵が見事だった。
親鸞聖人が「竹之内草庵」から移り住んだといわれる「竹之前草庵」があったところといわれる。
この草庵で恵信尼公と結婚生活を営まれたといわれている。
聖人が東国へ旅立った後、草庵は荒廃したが、
その後、本堂が建立され、
1871ら西本願寺が土地を買い求め、「本願寺国府別院」として今日に至っているそうだ。
因みに西本願寺は金150両で買い求めたそうだ。
本願寺国府別院でも本堂に上がって説明を受けたが、
ここは他のお寺さんと異なって、西本願寺から配属されたお坊さんだろうね。
最初に若いお坊さんが讃佛偈というお経を一緒に同唱した。
光顔巍巍 、威神無極 、如是焔明 、無與等者 、日月摩尼・・・・・・・
「仏説無量寿経」の中にある偈文で、浄土真宗では日常のお勤めによく用いられるそうだが、
漢字を追いかけるだけで精一杯だ。
終えると、一段上の?
お坊さんが挨拶と労いの言葉を掛けてくれて引き下がってしまう。
その後由来などの説明を先ほど坊さんがしてくれて、終わりごろにもう1人の坊さんが布施をお願いに来た。
寒さで身が凍りそうだったが、説明は滑らかで明快だった。
帰り際天井を見上げたら、思徳発信場の額縁と天井に描かれた絵が見事だった。