土屋昌巳さんの新譜が、昨年11月に発表されていたことを知り、先日購入した。
しかし、モノを手に入れても、なかなかそこに着手しないのがクセの自分。
新譜を聴くには、何かのキッカケ・導火線が必要なのは常である。
この1ヶ月以上続くクビと背中、腰のコリ。。。というより痛み。
それが、上にまで昇って、頭痛にたどり着いたのは、この2週間。
頭痛にまで来たのは久しぶりなのだが、必死にストレッチをするものの、容易に癒えない。
クスリを出来るだけ服用しない意志はあるが、リンラキサーを1つだけふだんより多めに服用するのだが、それも効き目がない。
要因を、持病の頚椎ヘルニアや仕事と結び付けて考えようと思うが、どうもそうではない。
そんな折におとずれた「春分の日」の祝日・休み。
土屋昌巳さんの新譜「スワン・ダイヴ」を開ける。扱いずらくて嫌いな「紙ジャケット」仕様。
朝に、2回繰り返し聴いた。
まだまだ、そんな程度では分からない。それはLPレコードを買った70年代末と変わりはない。
写真を撮りに街へ出て歩く。それ以外に、肉体運動をしないのは、もう十年以上。
朝、外の空が鮮やかだったので、むずむずして、珍しく計画を立てて、それを実行に移す。
神田に向かい、街を撮る目的と共に、「あんまさん」にマッサージしてもらうこと。
神田駅に降り立ち、適当に路地に、オモテ通りに、と繰り返し迷走する。シャッターを切りながら。
光と影が織り成すエクスタシー。
そして、マッサージに向かう。
施術をしてもらった方「相当ひどい状態でしたね。一時間の間に、やっとコリの塊がほぐれましたが。
右半身が前に出て、いがんでいました。」
自分「ふだんは、歩き回っているのですがねえ。。。」
施術をしてもらった方「いったんカラダの歪みにクセが付くと、後はその延長線上になって、進みます。
自己補正が利かなくなるので、来てもらって良かったですよ。」
、
横になって、気持ちよくて、時折眠りに堕ちながら、気付いた。
自分で自分を責めこみながら、小難しいことばかりを考えていたこと。
帰ると、再び「スワン・ダイヴ」を聴く。
はっきりしたことは言えないが、6曲目最後の「スワン・ダイヴ・パート2」が、自分の中に引っかかる。
スローな響きに始まり、土屋さんのギターが出て転調し出すときに、ついキング・クリムソンがよぎった脳裡。
鳥たちが空を舞っている。その声。
そういう今夜は、起承転結パターン化されていることが、自分に安堵を運ぶ2時間サスペンス。
ウソで塗り固められた偽装放送としてのテレビ番組。それをまともに見なくなって久しい。
そんな中でも、録画した2時間サスペンスは、最初から前提がフィクションであり、ゆるくて、心地良い。
昔も今も好きな、このチープさ。
何かを深く考える必要の無い時間。
それが、今の自分には必要なのだ。